201-210|#140字小説

201 / 2018.12.10
きみは海が好きなのか。@マークより前の「sea」をなでて、今更にメールなんて送ってみたら、メールなんかが返ってくる。〈海が好きなの?〉〈海も好きだよ〉〈他には何が?〉〈明日会ったら教えるね〉いつまでも、Re:Re:Re:と繰り返される鳴き声は真夜中の産声。過不足なく、ふたりで続ける真夜中の。

202 / 2018.12.11
深夜と深海の深さはきっと同じで、湿った空気をさけるようにビニール傘をさして歩く。ぼよんと透明な膜を上下させれば、水面に近くようで。ここは深海、私はくらげ。脳みそも心もないから傷つかなくてもいい。好きに生きて、死んだらもっと透明になるから。きみは知らずにいて、と夜の海を泣き泳いだ。

203 / 2018.12.11
先生はいつも微糖の珈琲を飲んでいて、それくらいの砂糖じゃ足りない私は微炭酸のソーダを手にする。微かなおそろいを手にして座れば、危うくゆるむプリーツ。微炭酸が奥ではじけた。気だるくて面倒で、ちょっと知らない自分に出会うような。きっと、熱におぼれた恋の味。そうだと、思いたかったのだ。

204 / 2018.12.16
あなたは炭酸水を注ぎ、これは海、と私に笑う。「海は泣き場所がないひとのためにあります」窓の外は濡れていて、響く雨音はしだいに私の嗚咽となった。氷が音をたてて、いっとうやさしい速度で泡が飛び出す。気泡の隙間はなみだの滴で埋まって、私が海を作るよう。何にでも意味をくれるあなただった。

205 / 2018.12.18
これはすみれの花。私の青い痣にふれて、あなたはやわらかな眼差しをくれる。「どっちみち、百年経てば誰もいない。だから好きなように」小春日和ですね、とあなたが微笑む。生きることは諦めることと思い込んで、きっと覚悟が足りなかった。百年を引き出しにしまう臆病さで、あなたにそっと口づけて。

206 / 2018.12.25
ちらちら降るきらめきは沫雪、私の代わりに、きみの涙をとめるつめたさで。寄り添うしかできない私は不必要なのかもしれない。見下げたまっさらなスカートに、するすると落ちる白い花びら。重力があって、地球に吸い寄せられているこの身体。何もできない私が必要だと、抱きしめられているようだった。

207 / 2018.12.27
深夜の秒針は羊払いの音。うるさくて、数えるための羊も逃げるから、あなたに手紙を綴ることにする。『おまえのことが好き。』濃紺の、まぼろしのような文字、上から目線であいしてやる。ねむれぬ夜はわたしの味方。いっとう勇ましくしてくれる。夢では会ってやらないよ、と額縁で笑うあなたに触れて。

208 / 2018.12.29
自分を傷つけたい夜、きみは私をプラネタリウムに連れ行く。暗闇できみは見えず、手だけが繋がる半球体の膜の中、夜明けのうつくしさを繰り返した。「あの闇にも、光る星はあるらしい」ただ見えないだけで。そんなことをきみが言うから、にせものの星光が潤む。手のひらの重なりが熱くて、やさしくて。

209 / 2018.12.31
手渡された花束は二輪だけの薔薇。うつくしい薄紙に包まれたその根元は、ぎゅ、とつよく括られて、あまりにきゅうくつそうで。縛られても足だから呼吸できるよ、ときみが笑う。二本の薔薇、この世界はふたりだけ。抱き合うほどの息苦しさで、同時に枯れる速度で、きみと寄り添いあっていくようだった。

210 / 2019.01.06
ひそやかに夜のブランコを漕ぐ。手のひらの鎖の冷たさも、ふれる風の角の丸さも、ねむれぬ私のことも、きみは知らず。力強く宙を蹴れば、次第に月の模様に近づいて、取り込まれていくようで。このまま私は月に代わるから、欠けゆく私を惜しんでね。錆びた鎖を手放して、いっとう高い空から羽ばたいた。

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