211-220|#140字小説

211 / 2019.01.10
ぎんいろの光がねむるきみの髪を攫う。寝顔を眺める月と私。頬を突けば、きみはうにうにと唇をうねらせた。月が綺麗だね。幸せな空耳に、この夜に理由をしるす手つきで窓の滴を拭う。濡れた指、ぎらぎらと光り合う私たち。瞼裏のような暗闇はきっと愛の終末で、ねむり続けるきみが少しいとおしかった。/ 花を摘む夜のこと「瞼」「終末」

212 / 2019.01.12
すこし弛んだきみの腹の、手術痕をなぞる。皮膚は横に臓器は縦に切るらしいと聞いたとき、ひそやかな十字架だと思った。けれど、つめたい、と身をよじるきみは何も背負っていないふうで。紅茶の湯気を吹いて、視界を明確にする。きみの祈りであれますように、と曖昧なミルクティーの水面を飲み込んだ。/ 花を摘む夜のこと「指でなぞる」「紅茶」

213 / 2019.01.14
道端の無口な花や電柱も、今日だけは名残惜しくて、きみが先に嗚咽した。ぎゅ、と触れあっても、きちんと立ち止まってしまう、遮断機の前の私たち。結末や終幕は、そばにあるほどまぶしくて怖かった。どこにも踏み出せない私たちの間を踏切音が行き来する。拍手喝采だね、ときみに笑ってやりたかった。/ 花を摘む夜のこと「そばにあるほどまぶしくてこわいもの」

214 / 2019.01.17
入り混じりに降る雨に、どこにもたどり着けない滴はあるのだろうか、と思う。ベランダに出て目を凝らしても、見つけられないその行き先。ふいに視線を落とした。丸い植木鉢には私が好きな花の名の札と、煙草の吸殻が刺さっている。埋めたはずの種は芽吹かず、やはり行方のわからないものばかりだった。/ 花を摘む夜のこと「雨」

215 / 2019.01.18
不器量なくじらの置物が、わたしのことを見つめていた。愛してやまない故郷の土産らしい。わたしは行ったことがなかった。共に暮らす部屋には、燃えるのに、捨てられないものばかりが増えていく。不安を呑みこむように、きゅ、とつよくビニール袋を結ぶ。捨てるものだけが必要ないのだと信じたかった。/ 花を摘む夜のこと「燃える」

216 / 2019.01.21
「愛のある別れだよ、これは」ざらついたきみの声が耳奥で再生される。あの決別の日から、洗濯物も溜めていないし、爪だって伸ばしていない。随分とおだやかに暮らせるようになった。愛とは生きやすいことを言うのか、と思う。あの正しい決別の日からのろまになった時計の針を、深爪の指先ではじいた。/ 花を摘む夜のこと「時計」

217 / 2019.01.22
いくつもの光源がただよう暗闇に絶望する。ーーああ、どんな真夜中も光るのか。ふたりで見つけた清く短い夜は、決して唯一ではなかった。呼吸が切迫して、心臓の在り処がくるしい。痛みによってその場所を知ってしまい、からだの左側がふるえる。目を凝らして、少しでもくすんだ夜の一角を探していた。/ 花を摘む夜のこと「短い」

218 / 2019.01.24
『わたしたち、ずっと一緒にいられるよ』まるい筆跡が誇らしく紙にのる。言葉は軽薄すぎるから、文字にするのが丁度よかった。『ありがとう』きゃしゃで角ばったきみの文字。似ても似つかないふたつに筆跡に差す、祝福のような光。きみの笑窪にも光。その窪みを指で埋めれば、過不足ない口づけだった。/ 花を摘む夜のこと「**たち、△△一緒にいられる」

219 / 2019.01.26
不在のひとの気配が、なま温くわたしの充足を蹴散らしていく。ねえ、あなた。死に損なってはいませんか。どうかさっさと生まれ変わって、知らぬ誰かと不幸になってくださいね。愛したことを否定して、無言の壁に寝返りを打つ。もう二度とあなたとともに生きたくなかった。終わりない永遠の哀惜はもう。/ 花を摘む夜のこと「永遠」

220 / 2019.01.28
「また来たのか」億劫な顔で扉を開くこのおとこに、どうすれば侵入できるのだろう。「痛、」散らかった部屋で踏み付けたのは差し込みプラグ。曲がってしまった先端を、上手に差し込むことができない。ひそやかな拒絶がここにもあって。「おれ、おまえに無感情だよ」おとこの穏やかな襟足を眺めていた。/ 花を摘む夜のこと「襟足」


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