11-20|#140字小説

11 / 2017.10.22
恋人はアンドロイドで、息をしているはずのその腰にはバーコードがあった。防水加工の恋人はシャワーを浴びている。その小さな雨を掻い潜り、黒い線をなぞる。くすぐったい、と、わらった。人間のようだった。果てしなく、可哀想になって、くちびるを合わせる。アンドロイドの唾液は、すこし、にがい。

12 / 2017.10.27
初めて自分で交換した電球は余りに白くて、眩くもないのに目を細めた。夜になると部屋を出て、何者でもないふりをして行く先もなく歩く。早く朝になれ、と。誰もが等しい光に包まれる朝が好きなのだ。街灯がちらつき、橙色のにぶい光が恋しい、と、見透かされてる気がして、身をよじるような、薄い夜。

13 / 2017.11.08
字幕を外した洋画は、何も聞き取れなかった。おんなが喚いたり、おとこが泣いたりするその様を、暗い部屋でじっと眺める。いつか怒った君も、こんな気分だったのかもしれない、と思った。耳をすべり抜けるだけの音を私はぶつけていたのだろう、と。後ろで、冷蔵庫がにぶい音で鳴いて、耳の奥が、痛い。

14 / 2017.11.10
踵のヒールを三回鳴らしてみた。裏のゴムが取れたのか、無愛想なつめたい音が鳴り響く。できそこないではあるけど、それでも少女ではなくて、もうおんなであるから、その行為が何の意味も為さないことを知っていた。わたしは自分の足で帰るしかなくて、そして、帰る部屋もひとつしか持っていないのだ。

15 / 2017.11.10
シーグラスに触れると、熱い温度とともに、懐かしいきおくが注がれる。かけがえのないものだと思っていたのです。ただの破片を。あれはまだ、わたしがヒレのない、沈むしかできなかった魚だったころ。硝子に刺さったわたしを、熱い手で掬い上げてくれたのがきみでした。今なら言葉があるから。すきよ。

16 / 2017.11.11
コンビニの最前列にたくさんのポッキーが並んでいる。ポップには「ポッキーの日」と書かれていた。そうか。あれからもう一年も経つのか。去年、ポッキーがなくて代わりに胡麻スティックパンを取り出したわたしを、大きな声で君がわらったのが始まりだった。その隙間から覗くがたがたな歯がいとしくて。

17 / 2017.11.12
あなたの笑窪が好きです。声が、指が、高い身長が、本当に全部好きです。でも、違っていてもいいんです。身長が低くても、あなたがあなたである、それだけで。私はあなたが、『好きなんです』文末にいびつな丸を震える指で添える。涙が止まらなかった。初めて全部言葉にできたのは、卒業式の夜だった。

18 / 2017.11.17
過ぎゆくひかりの粒を眺めながら、高速道路には信号がないのだ、と今更ながらに気づく。目を細めれば、ひかりが歪んで、睫毛に水滴がついているみたいだった。海に浮かぶようにゆったりと進む車内。「起きてたの」「起きてないよ」隣にいるあなたの横顔がこんなにも安心するものだと、はじめて知った。

19 / 2017.11.26
きみがたくさん買ってきた林檎を、消費することは不可能で、すこし怒りながら夜中にジャムを煮詰める。おまえが喜ぶかな、って、ただそれだけだったよ。そんなこと言われたって食べなきゃ林檎は腐るし、夜の時間は進んでいくし、ふたりの間も煮詰まるし。どばどばと砂糖を入れて、鍋の中を睨みつけた。

20 / 2017.12.02
週末に晩ご飯を食べる。その約束だけを持った、はりぼてのような二人だった。会話もない空間を、あなたの咀嚼と声が遮る。「彼女がさ、にんしん、したかも」ふと、殺してやろうか、と思う。わたしの凶器のような感情をあなたは知らない。途轍もない激情で、あなたのことが好きなことも。あなたは何も。

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