181-190|#140字小説

181 / 2018.11.09
あなたが死んだ後を空想する癖があった。ひとりのままの私、ひとりではない私、いろんな場合を考えて、どれもやはりかなしかった。遅起きなひとが挨拶をしながら私を抱きしめる。どうして生きているの。そう言えば「ごめんね」と笑われる。あなたがいる、まぼろしのような当然に、ぎゅ、と目が眩んだ。

182 / 2018.11.11
きみが死んだら花となって、隣で咲ってあげる。戯言だった。けれど、ぐったりとしたきみを揺さぶろうとも、葉が揺れるだけで。からだはもう茎となっていた。きみが弱々しい指で私の髪を引き抜く。力なく落とされた花弁は淡い菫色。ーー美しすぎた。動かないきみの傍で泣いて、その塩分は私を枯らして。

183 / 2018.11.13
ぎゅうにゅうを温めて、ねむれぬ夜を過保護にしてやる。シナモンにはちみつ、乱暴な甘さが口内に膜を張り言葉を濁す。静かな寝息は遠くの潮騒。息を吹きかけ、波打つカップの表面を眺めた。あなたはひとりでねむっている。やさしいのは湯気だけ、なんて、孤独の海にしずむ私は今夜もねむれないままで。

184 / 2018.11.13
あなたから貰った言葉を、標本にすることにしていた。とくべつな液に薄葉紙を浸せば、文字だけが浮かぶ。瓶が並ぶ戸棚。手前のものはきらめいていて、けれど奥に行くほどその水は深く澱んでいる。どれほどいつくしんでもあなたの言葉はすぐ腐ってしまう。代わりの言葉を貰わなくては、と溜息をついた。

185 / 2018.11.14
狭い湯船の中で、あなたは私の乳房に頭を凭れさせた。見下ろすあなたの幼いこと。睫毛を濡らしてやれば、やめなさいと笑って、あなたはねむりの舟を漕ぐ。「死ぬよ」「きみがいるから平気」と、無防備な寝顔を見せつける、その信頼を壊してみたくて、首筋に指を添えた。口づけるように子守唄を口遊む。

186 / 2018.11.15
他のおんなを愛でる手つきを想像して、ピオニーのクリームを練りこんでやる。ゆび先まで丁寧に塗れば、おんならしい香りが、ずんぐりとしたおとこの手に染みつく。この花香に、どこの誰かが顔を顰めるのだろうか。礼を言うひとの愚かさ、私がおまえにすることは、すべていやしい心に従ったものなのに。

187 / 2018.11.16
風呂場は不可侵な場所だった。だれかを傷つけたくなると、私はそこに逃げ込む。すべてお見通しの彼の背中の影が、扉越しに透けていた。朧げな距離。浴槽の薄闇に座り込む。乾燥した壁に囲まれて、ひとり。けれどふたりきり。呼吸の音だけがする。森閑を守り合う私たちは、きっと、どこまでも清いまま。

188 / 2018.11.21
白い夢を見た。顔が靄がかったひとと、砂浜を歩く。風音も、太陽も、月も。何もない世界で、ふたり分の足跡だけ増えていく。まるで死後を歩いているよう。目がさめると、魘されてた、と心配そうに見やるきみ。生きている内はどうでもいい。黄泉の世界で待ち合わせて、ずっと一緒に彷徨っていたかった。

189 / 2018.11.22
服の繊維にひっかけて、ささくれの存在を思い出すような。あなたと一緒にいることはその感覚に似ていた。触れ合っては傷つき、また寄り添う。惰性の日々。あなたは罰だと笑った。けれど、私は今あなたと生きていることこそが罪なのだと思っていた。罪と罰が立ち込める六畳間で、どうにか息をしていた。

190 / 2018.11.25
透けてみえる紺青の、十一月の空にオリオン座が貼りついている。砂時計みたい。つぶやいた声は、だれに聞かれることもなく消えた。忍び込んだ深夜のプールに浮かんで、私はどこまでも自由をゆるされて。秒針の正しさのように星屑がきらめく。夜のこどくが過ぎ行く時間も、めばたきが数えてくれたなら。

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