191-200|#140字小説

191 / 2018.11.27
温めたぎゅうにゅうは膜が張って、剥がせば真っ新の水面がひとつ。この膜、たんぱく質なんだって。へえ、じゃあおれそれでよかったのに。「人間より、感情があるたんぱく質の塊より全然いい」軽率なきみは服を脱いで、陶器のような素肌を生み出す。どんな物質でもよかった。不服だけれど、きみならば。

192 / 2018.11.29
数学のプリントに唸るきみ。「わからないの?」「もう、無理」きみは筆記具を机に放った。それを手にして、諦められた二次方程式を解いていく。「賢いおんなはいいねえ」まばゆいほどの金髪をゆらすきみ。私はきみの方が羨ましいよ、とは言わなかった。判別式、小なりゼロ。答えがない問題もあること。

193 / 2018.11.30
まっすぐなその背骨に触れる。同じ温度になるまで、きみが溶けるのを待った。きみはねむっていて、でも、狸寝入り。手のひらには微かな震えが伝わっていた。もう、泣き縋ってほしい、と思う。けれど、さびしさは背骨の延長上に空を伸びて、伸びて伸びて、私には届かず。きみはひとり、こどくの銀河へ。

194 / 2018.12.01
波打ちの薄泡をきみの喉に縫い付けようか。水際を掬い飛ばせば、「うつくしい歌を唄ってやるよ」人魚みたいに。と、音痴なきみが笑う。眩いきみに嫉妬をする光粒は水滴に溶け込んで、結局きみを照らす。皮肉なものだ。「きみには目が眩むね」砂浜の影をレースのように揺らして、ゆっくりと目を細めた。

195 / 2018.12.01
冬の空はあまりに遠く、きみの背中はあまりに近く。無味無臭の帰り道、ふいに涙を流してしまう。一緒に帰る場所がある。きみはこれを奇跡と呼ぶだろうか。どうしたの、と振り返り、見下ろすきみ。その後ろでは月が浮かんでいる。重力があってよかった。涙は落ちるものだから、私の涙できみは濡れない。

196 / 2018.12.03
きみの布団に侵入して、冷たい足を絡ませてやる。温められた空間を台無しにしても、私を邪険にしないきみの体温を抱きしめた。このまま私が死んでしまったら。きみを好きなままで化石になるから、どうかきみが発掘してほしい。「あと一万年は生きてね」つよく抱擁して言えば「まかせとけ」と、きみは。

197 / 2018.12.05
ずぼらなきみの踵に穴がひとつ。肌がまるくのぞいている。小さなほつれがふっくらと伸びてしまったもの。かさついた踵にふれると、それは月だよ。きみが言う。「お月なの?」「そう、三日月から満月に育った」今夜が見頃です。と、おどけた調子できみが言うから。脱がせた靴下を繕って、名月は新月に。

198 / 2018.12.05
傾けすぎたアポロがざらざらと散らばり、制服のスカートに小宇宙を作り出す。きみがひとつ取って、「甘すぎるね」とつぶやいた。ひとつで十分なのに、もとの箱には戻せなくて、甘い、甘い、と口に含む。元に戻せないものもあること。アポロ、フリスク、散った恋、心。歯が痛くなるような放課後だった。

199 / 2018.12.08
きみはまだ押しボタン式と気づかずに、横断歩道をすぎる車をながめていた。世界は今も、さやさやと進んでいる。待つしかできない数分間を噛み締めれば、点灯する青光。やさしい色だった。むぼうびな耳朶に「すきよ」と詰め込んで、白線を渡る。指先を夜空に高く伸ばせば、堂々ときみを愛すようだった。

200 / 2018.12.09
「逃げてもなにも変わらない。だったらもう、逃げたっていい」ぼくより泣きそうなきみは、泣くくらいならここだけ見てなよ。と、広すぎるぼくの世界を狭めてくれる。あまい花香に目眩がして、膝がふるえた。きみに口付けたのはごまかし、そっと花野に泣き崩れる。ぼくの世界はきみだけ。ただそれだけ。

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