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卵のクチュクチュ

関東圏では、概ね卵焼きの味は甘くて、半熟的なやわやわフワフワではなく、きちんと中まで火が入っていて、どちらかというと硬い焼き上がりだ

京都出身の大学サークルの先輩が、それを、至極嫌っていた

大学のサークルでは、那須にあったリゾートホテルに泊まり込みで、そこに宿泊するお客さんに、有料だけど似顔絵を描いて、その分をアルバイト代としてもらえる依頼があり、行くとそれなりのバイト料になった
ボクも夏休み期間に行っていた
ただ、そこでは社員寮に宿泊するのだが、社員食堂の食生活は貧しいというか、つまりまずかった

だから時々トッピングをするのだが、その先輩、ある朝、卵焼きのトッピングを注文した時に驚いたそうだ
卵焼き、甘くしますかと聞かれたらしい
甘い卵焼きが、おかずになるわけないだろうと思って憤慨したらしい

確かに、関西の卵焼きは、ほとんどが、いわゆるだし巻き卵焼きで甘くはない
その相違にイラついたらしい

関東でも、今では、だし巻き卵焼きを出すお店は普通にあるが、ボクが子供の頃は珍しかった

子供の頃、夏休みの大半は佐野市にある母の実家で過ごすのが毎年の恒例行事だ

母の実家からは、その頃、東武鉄道網が充実していて、東京へのアクセスが楽だった
それで、よく母方の祖父に夏休みに東京に連れて行ってもらった

大体いつも、銀座に連れて行かれる

銀座に着くと、まずは木村屋のパン屋さんに行って、そこでアンパンを一つ買ってもらう
それをお店を出た傍で立ち食いをする
当時としては、かなりの無作法だ

祖父は、向かい側、銀座三越の2.3軒隣にあったタバコ屋さんに用事があったらしい

祖父は、ボクがアンパンを食べ終わる頃に、そのタバコ屋さんから出てきて木村屋の傍に戻って来て、さぁ行こうかと言って、京橋方面に向かって行く

すると、松屋デパートの向かいあたりに、道幅の狭い路地があって、その奥にあるお店での昼食となる

そこは居酒屋なのだが、いろいろな定食もある
定食の中で好きだったのが、卵焼き定食だ
その卵焼きはだし巻き卵焼きだった
甘くはないが、ふわふわしていて、出汁の味が極めておいしい
祖父に、この卵焼きはなぜ甘く無いのにおいしいのかと聞くと、だし巻き卵焼きだからだよって言って、それから関西圏では、お出汁を卵と混ぜて焼くのが一般的だというような事を教えてくれた

卵を焼いて作る料理、卵焼きもそうだが、オムレツも両方とも、半熟焼きの場合、食べようとして割ると、生卵をといた時の生卵のような汁が出るお店とそうでないお店がある
その生卵のような汁は、あまり好きではないけど味の違いがない

社会人になって、30歳代後半に入った頃、たまたま銀座近くで朝から長い打ち合わせの仕事があり、12時前くらいに、その打ち合わせが終わった

それで、子供の頃、母方の祖父が連れって行ってくれたその居酒屋を思い出し、そのお店に入った

相変わらず、卵焼きはあるのだが、残念ながら卵焼き定食は無い
それで、せっかくの居酒屋なので、昼間からお酒を注文して、つまみとして卵焼きを頼んだ

その卵焼きの味の出汁の味がする滋味深い味は、子供の頃の記憶と一致した味だった
とてもうまかった

そのお店は厨房前から壁側から外が見える道路側まで、この字型の長いよく拭き磨きした白木のカウンターが主に一人客用にある
もちろんテーブル席もある

そのお店は相変わらず、昼間から呑み客で満員だった
それで厨房近くのカウンター席しか空いてなかったので、そこに座って軽く呑む事にした
そこは、注文された料理を出すところの近くなので、割と慌ただしいので、できれば避けたい席なのだが、そこに座った

その卵焼きは、箸で割った時に出る生卵のような液体が出ない

厨房前の席なので、調理風景が少し首を伸ばすと見える
首を伸ばして見ると、そこで焼いている卵焼きは、銅製の四角い卵焼き専用の器具だった

専用の器具を使うと、あの卵焼きとかを割った時に出る生卵のような液体がでないんだと思った
ただ気になったのは、その銅製の卵焼き専用の器具の焼く面、つまり内側が銀色に見えた
たぶん特別製なのだろうなと思った
だから、あの生卵のような汁は出ないのかとその時は、そう思った

あと何やら小さなガラス製の器の中の白い液体のようなものを右手の指でクチュクチュしてから、卵が攪拌された銀色のボールに中に入れていた
何の調味料かはわからなかった

やがて40歳代になり、その頃、海外からのお客さんの観光のガイド役になる事が多かった

皆さん、日本観光には慣れていて、東京とその近郊、例えば鎌倉とか浅草とか東京タワーとかには、既に行ったいた
その海外からのお客さん達のほとんどが、かっぱ橋商店街に行きたがる
それで、その日もアメリカからのお客さんを連れてかっぱ橋商店街に行った

皆さんのお目当ては、蝋造りの食品サンプルだ
あと、包丁店も人気がある
まるで日本刀のような長い、主にマクロを解体する時に使うながーい包丁を見たいそうということだった
どうも、どの英語の日本観光のガイドブックにも、この長い包丁の事が書いてあるらしい

その後、日本の調理器具を見に行く
海外からのお客さんは、日本独自の調理器具にも興味津々だった

そこで、あの内側が銀色の銅製の卵焼き専用の四角器具、卵焼き器という方がよいのかな、それが売られているのに出会った
すず引きの銅製玉子焼き機と、値札に書いてある
すず引きという事は、銅製の玉子焼き機の内側に、銀色の金属のすずがメッキされているのだろう
お店の人に尋ねたら、そうですよと答えてくれた
それと銅製だけだと、熱の伝導率が良いので、卵がふんわり焼けるが、銅に油を染み込ませないと、つまり使い込まないと焼くときに卵がくっつくが、すず引きだとすぐに使っても焼き焦げが発生しないそうだという事も教えてくれた
ただ、お値段も随分高かったと記憶している
これだけ高い器具だから、それで作った卵焼きから、生卵のような汁は出ないのだろうなと得心した

ところがである
記憶というものは、おかしなものだ
その時、子供の頃によく見ていたNHKの今日の料理という番組で、麻婆豆腐の作り方を教えていた
調理の最後の頃に鉄製のオタマに水溶き片栗粉を入れて、右手の指でクチュクチュしてから鍋に入れていたのを急に思い出した

あれは、あの居酒屋のだし巻き卵の焼く前に入れていた白い液体なのではと

そう言えば、同じNHKの今日の料理にて、子供の頃見たオムレツの作り方を教えていた時、といた卵に水溶き片栗粉を入れると、食べる時に生卵のような液体がでないと言っていた

そうだ、答えを既に知っていたのだ

だし巻き卵焼きも、甘い卵焼きも、オムレツも、水溶き片栗粉を少し入れると、食べる際に割っても生卵のような汁は出ない

ほんの少しの工夫で、料理は大きく変わる
これは、料理だけではなく、いろいろな事にも同じような事があるのではないだろうか
そんな学習機会を、期せずして教えてくれる事になった祖父に感謝だ
ではまた

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