ずっと健常者でいたかったな

今の僕は、誰が見ても車いすに乗っているし、言葉も遅いし、手が動きにくい.etcで障がい者だと思います。

でも、僕は心の奥底で健常者としての自分を持っていて、時にはそれが出てきてしんどくなることがありました。

それは何故か、6歳まで普通に歩けていてサッカーもしていたという紛れもない事実があるからです。たったそれだけですが、そこらへんの記憶は意外にも鮮明に残っていて、確かに歩けていました。
これについて何があったかはまた書こうと思います、

それが、心の根っこにあり、障がい者として、23年間生きてきたのですが、まだ、障がい者として人に頼る、行動するのにどこか抵抗を感じていました。だから、自分を本当の意味で認めることが出来なかったんだと思います。

ですが、尼崎で働くようになり、ほんと色々な介護職の方々や健常者、障がい者の方々、はたまた、東京の方々と出会い、どの方も障がい者としての自分を迎えてくれて、それが居心地良い原因だということに昨日気づいて、はっとしました。

大阪での僕は、健常者の中に居すぎて、無理して健常者でいようと肩ひじはって動いていました。だから、昔の友人と会うのも躊躇する、家以外で安心できる場所がなく、大阪ではそんなに動かない、動きたくなかったんだと思います。
昨日、電車で尼に入っただけで、かなりの安心したからね、もう、肩ひじはらなくていいんだと。それだけでかなり心が安らぎました。涙がちょろっと出るくらいです。

書いていておかしな話だというのは重々承知ですが、学生時代や社会人1年目などを振り返っても周りにはほぼ健常者で介護関係の人とも接点はない、目指すべき障がい者像もない、から健常者として振る舞うことしかできなかったんだと思います。

でも、障がい者として扱われる葛藤か目に見えなく、見ようともしなかったです。

ほんと社会人になってからは辛かった〜

まぁ、その話は追々書くか誰かに伝えるしれませんがおいといて笑笑

今も健常者になりたい欲求はわずかではありますが、それはもう120%不可能なので、その希望は捨てて障がい者として地に足をつけて行きます‼️

ここで、諦めるなとかはなしです笑笑笑
それをいうと、そこにこだわる自分がいるのでね。こだわり出したら、それしか見えなくなるのでね(><)今までと変わらない

ここが新たなスタートと思って動いていきます。どう変わるのかは全く決まっていなく、ブレブレなので、助けてくださいね。お願いします。