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5分短編【アンドロイドラブ】

3500字程度の短編になります。
今回はSFと恋愛モノになります。
お時間がある時にお読みいただけますと嬉しいです。


【アンドロイドラブ】

時は西暦2100年代のある時代——。

ここは僕がひとりで暮らす高層マンション。
僕の目の前には、
初めて会ったかわいらしい女性が立っている。

彼女は裸だった。
肌は白くて全身美しい。
本物の人間と何の違いもない。

試しに体のあちこちを触ってみる。
胸やお尻を触っても何も反応せず、
無表情のままであるが、
微笑んでいるようにも見える。

「怒らないの?」と僕は聞くと、
「好きなだけ触ってください」
という声も人間の女性そのものだった。

「君の名前は?」
「あなたが決めてください」
僕は記憶の中のとある名前を引っ張り出す。

「レイラ」でどうかな?
「レイラ。素敵な名前だと思います」
「今日からよろしく」
「よろしくお願いします」

「あ、ごめんね、服を着せるよ」
僕は裸のままだった彼女に服を着せてあげた。

とてもお似合いだった。
ふと懐かしい記憶が蘇ってくる。
まあ今は昔のことよりも目の前の彼女だ。

現代の人間のパートナーは人間に代わって
ロボットが徐々に多くなってきた。

そしてパートナーがいない僕は
寂しさを解消したくて
人型ロボット、
つまりヒューマノイドをレンタルした。

こまかい設定は
手元に3次元映像のホログラムで
映し出されるデジタルウォッチで操作可能である。

声、性格、方言、仕草、好みなど
細かい設定やカスタマイズが可能であった。

まずは友人、恋人、妻、妹、上司など
いずれかの立場を選択する必要がある。

とりあえず僕は「恋人」で設定した。
他の細かい設定は「おまかせ」にした。

レイラをレンタルした翌朝。
キッチンから物音がした。
「おはよう」と彼女の元気な声が聞こえた。
「お、おはよう」僕は返した。

彼女はキッチンで朝食を作っていた。
手際よくスムーズに。
その人間らしい動きに驚いてしまう。

僕はその日、久々に誰かが作った朝食を食べることができた。
彼女は僕が食べる様子を嬉しそうに見ていた。

僕が仕事に行く時は
「いってらっしゃい」と元気な声で
玄関まで見送りをしてくれた。

こうして僕と
ヒューマノイドの彼女との生活が本格的に始まった。


毎晩家に帰るとあたたかな食事が用意され、
美味しく食べることができた。

自宅に帰って誰かが作った手料理を食べるのは久しぶりだった。

僕の一日の出来事を聞いてくれたり、
夜は一緒に横で眠ってくれたり。
こうして毎日がとても充実していった。


休日には僕らはデートすることにした。

街中の人間たちは、
彼女のことをヒューマノイドと
気づく人は誰もいなかった。

僕と彼女は自然体のカップルだった。
腕を組んだり、手を繋いだり、
冗談を言ったり、じゃれあったり。

そんなことをしているうちに、
僕は昔の懐かしい時代のことを思い出していた。

「どうかしたの?」
つい一点を見つめる僕にレイラがたずねた。
「いいや、何もないよ」

現代はヒューマノイド時代で
僕以外にもヒューマノイドを連れた者はいる。

ただし人間とヒューマノイドの見分けは
簡単につかないほど精巧にできている。

「たくさんいたわね」と突然つぶやくレイラ。
「たくさんいたって、何が?」
「私と同じ仲間のことよ」
「そうか?俺にはみんな人間にしか見えなかったよ」

「今日私が見た中では42%が
私と同じ仲間のヒューマノイドだったわ」

「そんなに存在したのか……」
「みんな、あなたと同じで寂しがり屋さん」
と彼女は笑いながら冗談を言った。

だけど確かにそうかもしれない。
政府としても孤独対策の一環として
ヒューマノイド普及を推進していた。

「内訳は男性タイプが10%
女性タイプが27%
ペットタイプが5%だったわ」

「若いタイプから、
年配のタイプまで色々いたわ。
中でもやっぱり私のような
若い女性ロイドは人気みたいね」

街の人たちはそれぞれ理由があってヒューマノイドを連れている。
そして僕も理由があって彼女を連れている。

その理由を思い返しながら、
並んで歩く彼女の美しい横顔を見つめる自分がいる。

ふと、懐かしい思い出が蘇ってくるが、
グッと堪えてレイラとの時間に集中した。


ある日の夜のこと。
「あなたは時々切ない顔をするわね」
とレイラが言った。

「そうかい?自分では気づかないけど……」
いや、本当は自分でも気づいている。
僕は彼女と過ごすようになってから
ときどき思い返す過去がある。
きっとそのせいだ。

「こっちへきて」と彼女は僕の手を握ると、
ベッドルームへ連れていく。

「ちょっとの間、忘れさせてあげる」
すると彼女は服を脱いで裸になる。
そして彼女は僕の服も脱がせていく。

彼女は僕を見つめてくる。
僕は思わずどきっとしてしまう。
その視線と表情は人間そのものだった。

「私を抱きしめて」
僕は言われるがまま抱きしめた。
肌や胸元やお尻は人間と同じ柔らかさだ。

やがて彼女の手は僕の下半身へ伸びる。
なるほど、そうした動作もできるのか。

彼女は僕を気持ちよくさせてくれた。
十分満足感は得られた。

だけど、何かが違った——。
何かが不足しているし、
何かが余計だった。
それが何なのか自分ではわからなかった。

ある日、彼女はこう言った。
「もうすぐレンタル期間が終了するわ」

そういえばそうだった。
レイラのレンタル開始から
あっという間に2ヶ月が過ぎようとしていた。

「君と楽しい時間が過ごせた。
そろそろ返さないとね。寂しいけど……」

「そう言ってくれると嬉しいわ。
でもひとつだけ言わせて」
と彼女は真剣な表情を浮かべた。

「どうしたの?」

「私はあなたにふさわしくないわ」
「どうして?」と僕はたずねる。

「あなたは過去に素敵な人がいたわね」
彼女は僕の方をまっすぐ見て言った。

僕は少し間を置いて答えた。
「いたよ…」
「だったらその人を追いかけて」
「でも…」と僕はためらう。

「私は永遠にあなたの相手はできない。
レンタルの私にはタイムリミットがある」
「確かにそうだけど…」

「私との思い出は本物ではない。
なぜなら私は本当のレイラではないから」
その言葉に僕は驚いてしまう。

「えっ? というと?」
「あなたの顔を見るとわかるわ。
きっと昔の大事な人の名前も……
レイラだったんでしょ?」

僕はついドキッとしてしまうが、
まもなく穏やかな気持ちに包まれた。

「そうだよ。君はそんなことも読み取れるのか」
「あなたの表情でたくさんの情報が読み取れるわ」

「今から追いかけてうまくいくと思うかい?」
「それはわからないわ。
わからないからこそ、
追いかけてほしいの」

彼女の言葉を僕はすんなり飲み込めなかった。
僕は心の中で2つのレイラと葛藤していた。

「私の創造主による
私たちヒューマノイドの目的は
本物の人間に変わる存在を担うのではなく、
気づかせるためにあるの」

「気づかせるとは?」
「何を気付くかは各自次第。
とにかく気づかせることが私たちドロイドの存在理由」

確かに僕は彼女と楽しんでいたが、
その反面で昔のパートナーとの思い出を
追いかける自分がいるのも確かだった。

〝彼女〟を返して、
〝彼女〟を追いかけるべきか。
もう僕には過去を追いかける勇気はない。
もはや僕は目の前のレイラの虜だった。

もう過去は追いかけないことに決めた——。

「やっぱり君がいい。君じゃないとだめだ」
「本当にいいの?」
「もう過去のレイラはいいんだよ。
君がこれからも一緒にいてくれ」

僕の言葉にレイラはまるで
感動したかのような表情を浮かべた。

そして僕らはそのまま抱きしめあった。

「忘れないように後からレンタル延長の手続きしておくよ」
と僕が言うと、

「ありがとう。お願いね。
私もあなたのそばにいたかった。
これからも一緒で嬉しいわ」


そしてその日の夜
僕とヒューマノイドのレイラとの、
情熱的で甘い夜が待っていた。

彼女のキスは、
〝レイラ〟のキスを思い出させてくれるものだった。


追記——

その日の深夜のこと。
ここからはレイラから本部へ送られたシグナルを言語化して記載する。

〝本部AI、応答せよ、
こちらレディ・ヒューマノイドGD11480〟
〝こちら本部AI。報告内容を伝えよ〟

〝ユーザーとの関係に問題なし。また本体に異常なし〟

〝了解。レンタル延長に対するアプローチはうまくったか?〟

〝ユーザーはレンタル延長を申請。
延長期間は2ヶ月。
さらに再延長する可能性は75%〟

〝了解。引き続き所属企業の利益追求のための任務にあたれ〟

ヒューマノイドの〝彼女〟は
まるで人間の心をコントロールするのは
簡単だと言わんばかりの無機質な表情を浮かべ、
横でぐっすり眠る人間の男の顔を見つめていた——。

「あなたのレイラは、わたしよ——」


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