恋十夜 第三夜


「そろそろ飛ぶ練習を始めるか」ある日、父さんが私にそういった。
「あらぁ、この子ももうそんな年頃なのね」母さまは感慨深げだ。

 人間って飛べたっけ?と私は首を傾げたが、両親がそういうのだから飛べるのだろう。
 その日のうちに飛ぶ練習が始まった。

「走れ!走れ!!今だ!蹴り上げろ」

父さんの言う通り思い切り走り、地面を蹴り上げた。

ふぅわっ

なんなく体が浮く。地に足が付いてなくて不安定だけど、父さんが近くにいてくれるから怖くない。

「浮く時お腹がヒュッとした」

 そう言うと父さんは笑った。

「さあ、前だけ見て上に進むイメージをしてごらん」

 父さんの言うとうりイメージすると、ぐんぐん上空へと昇った。


 空を飛ぶ練習を終え、旅立ちの日、両親は私に袋をくれた。
 袋の中をみると種が半分ほど入っている。

「半分は私達からの贈り物、もう半分はあなたが見つけた種で満たすのよ。くれぐれも飛べなくなるほど袋いっぱいにしない様にね」

 私は頷き家を出た。今日から世界樹を探す旅が始まる。

世界樹の木は移動する不思議な大木。移動するからなかなか見つけられない。
世界樹の木なんて存在していないと考える人はたくさんいる。でも間違いなく世界樹の木は存在している。だって、父さんと母さまはそこで出会ったのだもの。

世界樹を探す道中、知り合った人と行動を共にすることもあった。しかし、いつかは別れが来る。例えば、世界樹の木を探す事を諦めた人たちが作った街での出来事。

「世界樹?どうせ見つかりっこない、早い所諦めて身の丈にあった生き方をする方が現実的だ」
「若いから夢見るのは自由だがな、まぁせいぜい頑張んな」
「世界樹の木なんて存在しないのよ。もっと現実を見て生きなきゃダメじゃない」

 街の人たちは世界樹を探すことを諦め、自分の選択こそが正しいのだと思い込んでいた。タチの悪い事に、お前もそうするべきだという一種の同調圧力まで渦巻いている。私はその考えに吐き気を催したが、何人かは「それもそうね」と世界樹の木を探す事をやめ、その地に住み着いた。そんな出来事が何度もあった。

           *

夜がきて朝がきて出会いと別れを繰り返し、何年も経ったある日、ついに世界樹にたどり着いた。

 世界樹の麓には巨大な街が形成されていて、人も多く活気があった。

「世界樹の木の攻略法」なる塾があったので見学したところ、講師の誰も世界樹の木を攻略しておらず呆れた。
途中の町で出会った人たちと考えが似ているな。と、吐き気をもよおしたので、早々に世界樹を登る事にした。

世界樹の木に挑戦するのは若者が多いけれど、中年も老人も幅広い年代の人たちがいた。おかげで珍しい種を手に入れられた。将来どこかに落ち着いたら大事に育ててやろうという楽しみができた。

世界樹がどれだけ高いのかは誰も知らない。
それはゴールがどこか誰も知らないという事を意味する。それでも私は気にせず登り続けた。登ることだけに集中した。         

 ついに次の枝が見えない場所まできた。枝は睡眠や食事など休憩するために重要な場所。次の枝が見えないというのは、ホテルの予約もせずに海外旅行へ行く事に等しい。とはいえ、一日中飛べば次の枝に辿り着けるだろう。そんな軽い気持ちで翌日を迎えた。

巨大な幹に沿って上へと飛ぶ。昼が来て夕方になり、ついに夜を迎えた。
一日中跳び続けて疲れたけれど、体を休める場所はどこにもない。
眠たいけれど、ウトウトしてしまったら途端に浮力を失い、墜落する。
死にたくなければ緊張感を持って飛び続けるしかない。

 ヒュン!

 すぐ横を何かが通り過ぎた。

(人だ!)

 おそらく夜通し飛ぶのに疲れ、睡魔に負け浮力を失ってしまった人だろう。

(こんな高いところから落ちたら、あの人死んじゃう!)

一瞬躊躇ったものの、すぐに助けに向かう。受け止める事は無理でも、葉が生茂る枝の上に落とすくらいなら何とかできそうだ。身体を重くして落ちていく人へと近づく。

どんっ

体当たりした…が、勢い余って今度は自分が浮力を失い空中から落下する。
ぶつかった衝撃で胸にしまっていた袋が飛び出し、両親からもらった種も、自分で集めたお気に入りの種も落ちてゆく。

あっという間に近づいてくる地面にもうダメだと目を瞑った。
ところが次の瞬間、ふわりと身体が受け止められ、地面への衝突は免れた。

助けてくれてありがとう

声の主は私と同じくらいの年齢の男性、彼が世界樹から落ちてきた人。

世界樹の木は消えていた。
代わりに私が落とした種が芽吹いて森が、畑が、花が咲き乱れる庭ができていた。

(なるほど、そういうことか)

両親もこうやって出会ったのだなと悟った。


第三夜 終


#眠れない夜に

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