心のゆとり(近況報告)

どうも、てふです。
毎年恒例の繁忙期に胃と肩と腰がやられておりましたが、それなりに元気です。後数日頑張ればお休み。

さてさて、今回のnoteは久々にお笑いのこと。
ちょこちょこ呟いてもいましたが、最近書いていなかったなーと思いまして、今の心境と合わせてぽつりぽつりと。


まず、以前と比べて、見取り図に対する熱というのはだいぶ穏やかになってきました。
冷めてきたのではなく穏やか。キャンプファイヤー並に燃え上がっていた炎が、暖炉で粛々と焚かれている炎に変わったような感じ。
一挙手一投足に一喜一憂してアワアワするのではなく、後方で見守りながら心の中でガッツポーズをする授業参観スタンスに落ち着きつつあります。アクセル全開で突っ走っていましたが、ようやくブレーキを覚えて、峠攻めから周りの景色を楽しむドライブに変わったのだと思います。
(そんなことを言いつつも、ゴチの新メンバーに選ばれたのを知った時はびっくり。また学ランに袖を通しているのを見ると、ろくミトが脳裏を過ぎって懐かしく感じました。それにピアスもピアスですごいことになっていますし……!)

彼れ此れ1年半。もうちょっとで2年。この界隈にいてようやく自分の無理の無い範囲での応援の仕方、もとい線引きができるようになったのだと思います。

ポッセの開設だったり、毎週金曜日のポッドキャストだったり、全国区の番組に出演する頻度が高くなったりと、見取り図が活躍している様子を様々なメディアで観れたり聴けたりできるようになったのも要因かもしれません。
完全に上京する前はゲストでの登場が多かったりしたけれど、今はMCとかレギュラーとかの割合が高くなってきているので、安定して観れるようになった気がします。
TVerの見逃し配信の対象になる番組も多くて、いつでも観られるのは本当にありがたい。そのいつでも観られる環境があるから、「早く追い付かなきゃ/観なきゃいけない」っていう焦りが無くなって、余裕ができてきたのだと思います。逆に全部追おうとするのが難しいくらい。「これは見逃したくない!」というものをあらかじめ決めておかないと忘れてしまいそうなほどです。時間や日程のやりくりを間違えると、1日中見取り図メインになってしまうので、そうならないようには気を付けないといけないなーと思っています。
それもそれで楽しいんですけど、依存しすぎも気を付けないと。自分が自分らしく息抜きできる場所を色んな方面に増やしておかないと、視野も世界も狭めてしまう。他の趣味の時間を潰さないよう、程良い塩梅も大事。

何れにせよ、見取り図の新しい一面や最近の出来事を伺い知れる機会が多くなって、心が満たされているのだと思います。
今日1日辛かったなー大変だったなーっていう時に、何某かの更新の通知が来ていたら、「今日も1日お疲れ様」と缶ビールを差し出されるような幸せを感じることが多くなりました。
胃を痛めるくらい忙しくても、毎日の残業が辛くても、ちょっとした日常の1コマにクスッと笑いが込み上げてくるのです。
このために頑張ったというわけではないけど、疲れている時に与えてくれるパワーの強さに、明日も頑張ろうというやる気も一緒に漲ってきます。

毎回同じような内容で、大袈裟に捉えられるかもしれないですが、本当に見取り図には感謝でいっぱい。毎日、悲しい気持ちや疲れた気持ちだけで終わらないで過ごせるって本当に幸せなことなんだなって心から思えますし、そんな日々に変えてくれたことに心から感謝。
最近は見取り図以外にも興味を持った芸人さんも増えてきたし、見取り図中心だった世界がより拓けてきたことも、心持ちの変化に少しばかり影響しているのかもしれません。またいつかライブにも行きたいなぁ。

ひとまず穏やかな感じで書いていますが、きっとまたピアスみたいに何かイベントがあったりサプライズがあったりすれば、後方から身を乗り出してくることもあるかもしれません。暖炉の炎だって薪を焚べたり燃料を注いだりすれば一気に燃え上がりますし。
現状はこんな感じです、とだけ記しておきたいと思います。


あと、最近ハマっている方々についてもチマチマと。ほぼYouTube中心の語りですが。


◯金属バット
敗者復活戦に初進出した頃から知っていましたが、巧妙な知性と話術のセンスに惹きつけられました。「赤=左」なんてギリギリな掴みも彼らだからなんとなく許されるワードチョイス。友保さんの気怠げかつ自然体な喋りと小林さんの先の読めないハラハラさに、これからどんな展開が繰り広げられていくのかワクワクしてしまう。更にその期待を超えてくる面白さに、ただただ圧倒されます。
以前は「ネタパレ」とかテレビでもネタ披露されることがあったけれど、最近はあまり観る機会が少なくなったので、今1番ライブで観てみたいコンビです。劇場だと内容も更に濃くなっていそう。

そして、去年の秋頃からYouTubeをやっていることに気付きました。肩に力を入れない2人のやりとりが好き。のんびり駄弁っていたり、息の合った悪ノリだったり、その内容の密度に時間があっという間に過ぎてしまう。
特に『無問題』のクリスマス回はめっちゃ笑いました。かなり疲れていた時に観たのですが、そのはっちゃけ具合に逆に癒されました。私の心の声くらい叫んでくれていて、なんだかスッキリしました。

◯男性ブランコ
フォロワーさんが推していたり、ラヴィットにちょくちょく出ているのを見たり、色んな芸人さんからイジられているのをよく見たりしていました。
熱が上がったのも本当に最近。ニューヨーク不動産の浦井さんのお引っ越し企画で、ステンカラーコートの浦井さんに「ん?」と何かしらのセンサーが反応したのがきっかけ。バスタブでベースを口ずさむ横顔に「んん?」となり、平井さんとのわちゃわちゃした展開に「……はっ!」となり、気付いたら男ブラを目で追うようになりました。ほのぼのとした優しい空間と両者の個性溢れる人柄、知れば知るほど好きになっていくし応援したくなる。私の中で急上昇中コンビ。

トレンドに入ったアメトークもゴッドタンも視聴済み。女装する平井さんのキリッとした気高さも、心撃ち抜く浦井さんの一言にもやられました。なんて単純なのだろう私は。
Zidolも黒推し。文豪と称される浦井さんのどこか優雅さを感じるダンスと高音も低音もいける歌声が好き。『today is まにまに』のMVも何回観たことだろうか。
配信であったトークライブも購入。しっかり者だと思った浦井さんが意外とはっちゃけた方だったり、平井さんの方が実はちゃんとしていたり、そのギャップにびっくり。漫才もコントも十二分に面白いのに、トークも面白いなんて一体何刀流の使い手なんだろう。
ラジオうどんのためにradikoにも登録。「おしえてブランコ」もリアタイ済み。平井さんのBGMとボイパとモノボケのセンスに腹筋が痛い。睡眠時間が足りていないゆえにポンポン出てくる言葉にツッコむノリノリさんも面白かったです。
気付けば1ヶ月も経たぬ内に男ブラで周りを固めている。なんて単純なのだろう私は(2回目)。今、見取り図を知った時とほぼ同じ轍を踏んでいます。

YouTubeにあがっているコントも時間がある時に観ています。独特な言葉の言い回しや不自然さを感じない伏線。面白い以外にも心の柔らかいところに残る不思議な感情。一度観ただけでは気付けない、二度三度と観ることでようやくわかるネタの秀逸さ。単独ライブを生でも観たくなるし、配信でも何回でも観たくなってしまう。昨年の月一ライブとか水族館とのコラボライブとか観ていなかったことが非常に悔やまれる。円盤発売とか再配信とか無いかな。
ちなみに好きなコントは『授業参観』と『消しなさい!』。

あと仕事柄、浦井さんの免許取得は心から応援しています。本当に何故マニュアルを選んだのか。まずは仮免まで無事に取ってほしい。そこから仮免入所すれば、なんとか期限は延びるから……!!

◯空気階段の『十七歳』
男性ブランコを追っていくうちに、空気階段のコントも発見。その中でも『十七歳』の斬新な内容に笑いが止まりませんでした。まさかのオチに呆気にとられ、ずっと笑いっぱなし。どうやったらあの発想が出てくるのかすごく知りたい。
空気階段は、もぐらさんが演じる奇抜なおじさんが注目されがちですが、かたまりさんが天才肌なサイコキャラを演じているものが割と好きなのかもしれない。タイトルは忘れてしまったけれど、かたまりさん演じる犯罪者が事件現場から色々と推理していくコントも好きです。



すごい文量の差。
でもこの新たな出会いがあったからこそ、忙しい時期を乗り越えられたのだと思います。「仕事が終わったら新作の動画観よう」とか「あのライブ気になるなぁ、買おうかなぁ」とか、今までもそんな風にプライベートでの楽しみを考えてきたけど、興味のあるコンビが増えたことでその楽しさも倍増。逆に何から観ようか迷ってしまうくらい。

きっとこれからも色んな方々と出会って、毎日笑って、面白かったことや印象に残ったことをnoteに綴っていくと思います。
今後も読んでいただけると、すごく嬉しいです。






ここからは蛇足。
自分への言い聞かせと言うか、感情の整理と言うか、気を付けないといけないと思ったことを連々と。




言葉って毒みたいなものだなって思うことが結構あるのです。
緩やかに侵食していくものもあれば、触れただけでズシリと響くものもある。耐性があれば何とも感じないし、アナフィラキシーショックのように耐えられずに病んでしまうくらい強力な毒もある。そのくらい重いものだと感じることがここ数ヶ月多くなりました。

好きなものを好きだと伝える自由。
燃え上がるくらいに熱を帯びたものから、水面に波紋が広がるような静かなものまで、色んな角度の好きが世の中には点在している。
その様々な好きに、羨望してしまいそうなほど眩しく思う時があったり、あまりの熱量に慄く時もあったり、反対にその静けさに我に帰る時もあります。

その中でも、盲目的な好意や行き過ぎた善意の中にある微量の毒が非常に厄介。喉に小骨が刺さったようなチクチク感が付いて回るのです。
アンチのような傷付けたり不快にさせる言葉は相容れないのが前提にあるから無視できます。でも同じものに同じ感情を持っているはずなのに、考え方や見方が違うだけで、その発する言葉の端々に心がジワリと痛むことがある。
同じ『好き』のはずなのに、表現の仕方ひとつでこんなに違うのかって。魅力的な部分を伝えてくれているのだけれど、使う言葉の毒々しさにやられてしまう。
見なかったフリ。知らんぷり。人それぞれ。自分の中に取り込まれた毒を理由付けて浄化していくけれど、チクリと刺された時の感触は消すことができなくて。完全に払拭するには何事にも動じないような強いメンタルを持たないといけないなって思うことが増えました。
(メンタルが本当に豆腐くらい脆くて崩れやすいから、ただ過敏になってるだけなんだとは思うのです)

だからこそ。
自分の発する言葉。文章。記事。
自由に甘んじて表現してきたものが、誰かの毒になっていないか不安を覚えたりもします。
傷付ける意図や悪意を持って書いたわけでは決してないけれど、線引きも客観視もできるようになってきた今だからこそ、盲目になっていた時期を省みて、「おや?これはイタすぎやしないか?」と思うようにもなったのです。

誰かに見ていただけるということは、その方の感情に何か影響を与えてしまうこと。プラスなこともあれば勿論マイナスなこともある。
自分の考え方が必ずしも正しいわけではないし、間違ったことを伝えてしまうことだってある。受け手の捉え方次第もあるけれど、発信するからにはそれなりの責があると思います。考えなしに吐いた言葉はいつか自分さえも侵してしまうこともあるのだから尚の事。
この蛇足よりも上の文章で長々と好きなコンビを語っている奴が何を言っているんだと思うかもしれませんが、実はかなり気にしていたりします。溢れ出る感情を押し留めながら書いたつもりでも、自分が気付いていないところで、何かやってしまってないか。記事をあげる手前までハラハラしていたりします。

そんなこと言っていたら、SNSで発信しないで、日記帳でも買って勝手に綴ればいいだけの話なのでしょう。
でも、それをしないのは一人では抱えきれない思いを閉じ込めてしまえる場所が欲しいから。折り合いをつけた思いを誰かに共感してもらいたいから。抽象的だけど「私が此処にいる/いた」ということを残しておきたいというエゴゆえなのです。

何が好きで何が苦手か。
何が嬉しくて何が悲しかったか。
どんな思いがあって、何を感じたのか。

そこら辺にいるただの一般人が言うのも烏滸がましいのかもしれませんが……毒が薬や酒にもなるように、私の言葉が傷を付けるだけのものではなく、誰かの元気の源になれたら嬉しいとも思うのです。
過去の文章を読み返して、間違っていた考えや偏った見方に気付かされたり、恥ずかしくなったりして消したくなることもあります。
でもその時に持っていた感情は嘘ではなかったし、改めて見返すことでそれを自戒として受け止めることもできますし、誰かの反面教師にもなれるかもですし……あえて残しておこうという結論にいつも至ります。

ただただ、ごちゃごちゃ難しく考えているだけかもしれません。「好きなものは好き」、「苦手なものは苦手」ってシンプルでいていいんだと思います。誰かも知らぬ誰かのことも考えていたら、余計に何も語れなくなることもわかっているのです。
読み手も書き手も自己責任!しっかり自衛して!って割り切りたい。でも、やっぱり自分の言葉で誰かに不安を与えてしまっていたら悲しく感じます。
うーん、我ながら面倒臭い性格。

自分に足りないのはいつも自信。節度。我慢。
この辺りのコントロールができたら、きっとクヨクヨ考えないんだろうなあ。
雄弁は銀。沈黙は金。言葉って本当に厄介。そろそろお口チャックしよう。


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