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山王戦だけ映画で観させられたスラダン初心者の話


どうも、てふです。

2月某日。観てきました。
『THE FIRST SLAM DUNK』。

2時間で喜怒哀楽、持ち得る感情を全て揺さぶられながら観ていました。
初めて観る人でも置いてけぼりにされず、観終わった後には充実した満足感を得られる。逆にどんな漫画なんだろうとスラダンに興味を持てるような映画でした。
今年に入って1番感動したかもしれない。

タイトルにあるように、スラダンのことを詳しくは知らないそんな私が、紆余曲折あって映画を観ることになったのですが、近況報告(愚痴)も兼ねつつ、その経緯を書いていきたいと思います。
ネタバレも含みますので、これから鑑賞される方やスラダン読む方はご注意ください。



正月休みの約束

正月休みの最終日。
突然の友人からの呼び出しから始まった。

手渡される紙袋。そのズシリとした重さに何だろうと中を見れば、数十冊もの漫画本。
『SLAM DUNK』。その見覚えのあるタイトルに思わずぱちぱちと瞬きをした。
はて。何故これを私に持ってきたのだろう。

「読み終わったらLINEして。映画観に行こう」

こちらの反応など露知らず、淡々と告げられる言葉。紙袋の中を凝視していた目を友人に向ければ、相変わらずのポーカーフェイスが映る。

映画が公開されることは、以前から知ってはいた。原作者が監督・脚本まで務めることも、声優陣が一新されていることも、色んな有名人から絶賛されていることも、SNSを通して目にしてはいた。
まさかそんなお誘いが来るとは思わず、どうして私なのかと考えたが、そうだ。此奴も私しか友達がいなかった。類は友を呼ぶというが、こんな強制的な誘い方を私はしたことないぞ。

「この量、読み終わるの時間かかるんだけど。冬忙しいの知ってるじゃん」

「てふのスピードならすぐ読める。読んだら絶対に行きたくなるから」

「できれば今月か来月がいいな」と外堀を埋めていくように約束が取り付けられる。私の意見などガン無視だが、基本的に誘われない限り外出しないことを友人も知っているから、出かける口実としては実はWin - Winの関係だったりもする。
こんなやり取りなんて何年もやってきたことだから、お互いに慣れてしまった。

「行けたらね」

もしものことを考えて、絶対ではないことを伝える。友人の真一文字だった口元が緩やかに笑う。この時、友人の中ではきっとファンファーレが高らかに鳴り響いていたことだろう。
そして今の私にとっても、この誘いに乗って大正解だった。むしろ断っていたらすごく後悔していたと思う。
友人から紙袋を受け取り、私の正月休みは幕を閉じた。


1月の荒波

友人からスラダンを手渡されて約3週間。日々の仕事に忙殺され、紙袋から取り出されることはまだ無かった。
仕事が繁忙期に入ったからというのもあったが、急遽人員が減ってしまい、業務過多に音を上げる毎日を送っていた。
せっかくの休日も寝て終わり。ロングスリーパーな体質と、疲労からくる無気力感が布団からなかなか起き上がらせてくれない。漫画を読む気力すらも無くなっていた。

仕事から帰る度、布団から起き上がる度、目に入る紙袋に申し訳なさを感じていた。友人には事情(という名の愚痴)を話していたが、『無理はしないで』という優しさに薄っすら涙が出そうになった。
元は友人の勝手な約束だが、その友人の楽しみを奪ってしまっていることが無性に悲しくて、そんな思いをさせる会社の自転車操業よろしく無謀な経営スタイルが非常に腹立たしかった。

その悲しみと怒りをバネにして、『これ以上人員が減ったらやっていけねーよなァ?困るのはそっちだよなァ?』のスタンスで1月後半は仕事に取り組んだ。
時には幹部陣に面倒臭い仕事を押し付け、時には役員からの無茶な要求から逃げるためにプチ逃走中in社内を繰り広げた。すごく端的に書いているが、良い大人は決して真似しちゃダメだぞ。お局様の地位にまで近付いている私まで抜けたら、会社にとって大打撃なことを知っているからこそ出れた行動である。
全ては自分と友人の安寧のため。ただ充実した生活を送りたいがために、今まで築き上げてきた信用を笠にして我が儘を押し通してきた。

そして、胃と肩と腰を痛めるほど忙しい中、月に1回いただける2連休を死守できたおかげで、ようやく漫画を読める時間がとれた。「遅いぞ」とイマジナリー友人が横でせせら笑っているような気もするが、こっちはお前のために頑張ったんだぞと突っぱねてやる。
やっと手にした年季の入った単行本。色褪せた具合と手に馴染む感覚は電子書籍とは違った味を感じる。

『スラダン初心者』とタイトルに書いていたが、正確に言うと、一度だけ読んだことがある。大学の頃に付き合っていた彼の本棚に入っていたのをパラパラと捲っていた程度であるが。
湘北のメインキャラの名前はわかるけど、ポジションとか相手校の名前とかは全然覚えていない。どんな試合展開を繰り広げたのかなんて勿論忘れている。
唯一知っているのは三井と安西先生の体育館でのシーン。アニメの名シーンを集めたテレビ番組で取り上げられることも多いから、スラダンで連想されるものといったら真っ先にその場面だったりする。

内容は語るまでもなく、これぞ定番のスポーツ漫画といった流れ。
バスケと縁が無かった主人公がヒロインに一目惚れして、ヒロインのために頑張るが、いつしかその頑張りはチームの勝利のための努力に成り変わる。まさしくジャンプが掲げる三原則『友情・努力・勝利』を体現している内容。
でもこの王道を作り上げた原点はきっとスラダンなのだろう。どこか見覚えがある場面に記憶を辿れば、それは『Mr.FULLSWING』だったり、『ハイキュー!!』だったりと、ジャンプで掲載されたスポーツ漫画にスラダンの要素が随所に散りばめられていたことに気付く。そのオマージュの多さに、ジャンプの黄金期を支えていた一角なのだと胸を衝かれた。

気付けば、あっという間に読み終わってしまった。1巻から25巻。紙袋の中は空っぽ。
台詞が少ないからサクサク読めることはもちろん、試合の迫力とスピード感に圧倒され、白熱する展開に早く次も読みたいという欲求が抑えられなかったのだ。
夢中になったら抜け出せない。友人がすぐに読み終わると言っていた意味がわかった。

けれど、借りていた巻数では、話は途中で終わってしまっていた。
相手は最強と称される山王工業。その試合が始まったあたりからの続きが紙袋の中には入っていなかったのだ。
もしや、と思いつつ読破報告も兼ねて友人にLINEする。

『読んだよ』
『あと、途中までしか漫画入ってなかったよ』

送って数分。通知が鳴る。

『了解』というスタンプ。
『次の休みっていつ?』

いつものお決まりのパターン。こちらの質問にはスルー。でもこのやり取りで映画の内容はわかった。
映画では山王工業が試合の相手なんだ、と。

来月2月。珍しく日曜休みの日があったため、あえて詮索はせずに、その休みだけを伝えると『OK』とすかさず返信が来た。
何ともまあ乙なことをしてくれる。


2月の邂逅

怒涛の2月も荒れに荒れ、会社ヘイトを抱えながら休みの日まで何とか乗り切った。

役員陣からご機嫌伺いによく差し入れをいただいたが、私にはそれが全て人参に見えた。人参をぶら下げておけば走る馬のように、ちょっとお高いお菓子を与えておけば頑張るだろうと思われているように感じ取れたのだ。
だいぶ捻くれている考えだが、唯一尊敬する上司にそのことを伝えたら「もう何年も前からそう思っていたよ」と笑って返された。

休み前日。タイムカードを勢いよく切り、会社を後にする。
社外に出たら私は赤の他人。野生の馬。誰にも縛られることなく、風のように走り去る。途中でスマホと飲み物を忘れてしまったことに気付いて取りに戻るほど気分上々。

そして迎えた当日。時刻は午後1時。
家まで迎えに来てくれた友人の車に乗り、郊外にある映画館へ向かう。午後3時頃の上映を観る予定だが、映画館はイオンに併設されているため、早めに出発しないと道が混むのだ。

「もう少し早かったら大きめのシアターで観れたんだけどね」

「こればかりは本当に申し訳ない」

「いやいや、いいのいいの。真ん中の座席取れたし。ちょうど観やすい位置だと思うんだよね」

友人は映画館の会員になっているほどの映画好き。会員になると、その特典として、ゆったり座れる特別な座席を通常の座席と同じ価格で購入できるらしい。有り難くも本日はその恩恵に与らせてもらえる。
ちなみにこの恩恵と車を出してくれたことに感謝の気持ちを込めて、映画鑑賞後にスタバの新作を奢る予定も組み込まれている。

「念の為聞くけど、事前にネタバレとか見たりしてないよね?」

「ご安心ください。一切情報遮断しました」

私の悪癖。前評判や続きを気にしてしまい、事前にネタバレや感想を見てしまう。
何も知らないままの方が断然楽しいのはわかっている。でも一度気になってしまうと心が落ち着かないのだ。
今回に関しても試合序盤までしか読んでないため、これからどうなるのかモヤモヤしている。けれどそんな気持ちよりもワクワクの方が勝っていた。
不思議だけど映画を観に行くというよりも、試合を観に行く感覚に近かった。どんな試合になるかなんて、どちらが勝つかなんて最後までわからなくて当然。

「湘北の最後の試合だからね。すごく楽しみ」

「ん?」

友人よ。

「今、最後って言った?」

「最高の試合って言ったんだけど。さ・い・こ・う」

のらりくらりと言葉を返す友人。
聞き間違えたのだろうか。いや、はっきりと最後と言ったぞ此奴。

「好きになったキャラいた?三井とか三っちゃんとか三井さん家の寿くんとか」

「えっ、そんなに私わかりやすい?確かに三っちゃんだけど」

「三っちゃん良いよねー」

話題を変えてはぐらかされる。
おい、情報遮断した意味無いじゃないか!!



嵐の前の静けさ

午後2時半過ぎ。ほぼ予定通りの時間に映画館に到着。
この道中で『最後』と言うワードを聞くこと3回。その度に『最高』と言い直ししているが、明らかに態とすぎて、色々と勘繰ってしまっていた。腐れ縁でなければきっと喧嘩になっていたことだろう。
そうか、湘北は負けるのか……と気分はちょっとずつ下がっていった。

友人にチケットの発行をしてもらい、上映時間ギリギリまで映画館内で待つことに。
入場案内が出てすぐにシアターへ向かうこともできたが、「平気でネタバレする人とかもいるからギリギリに行こう」と友人から制止された。どの口が言うか。

グッズ販売をチラ見すると、スラダンのグッズはほぼ完売していた。
ちなみに映画館に来た時はいつもパンフレットを買うのだが今回は買わない。と言うのも友人が既に私の分も購入していたからだ。
聞けば、湘北の限定フィギュアが欲しい為に映画公開初日に映画館に来ていたのだとか。その時にグッズと合わせて、パンフレットも2冊購入していたらしい。
友人の中ではもうその時から私と観に行く予定だったみたいだ。用意周到すぎる。だからこそ繰り返される過ちに謎しか残らない。

上映時刻も刻々と迫ってきたため、売店で飲み物を買い、シアターに移動する。
奥の方に行くにつれてシアターの大きさも小さくなっていく。私たちが入ったところは最奥で、この映画館では一番小さなシアターになるのだろう。
中に入ると、照明はほんのり薄暗くなっていて、映画の予告が流れていた。座席を見渡せば、端っこの方は空きが見られたが、中央寄りの通常の座席はほぼほぼ埋まっている。客層も小学生からドンピシャ世代のおじ様まで、幅広い層が映画を観に来ていた。
私達が予約していた座席は、前後左右に感覚があり、ゆったりと観られる造りになっていた。座席横にはドリンクホルダーと荷物入れも備わっていて、シートもふかふか。気を抜くと寝てしまいそうなくらい落ち着ける座席だった。
友人よ、会員になってくれてありがとう。

照明も徐々に暗くなる。鑑賞マナーの映像が流れる頃には、スクリーンの明るさだけがシアターを照らしていた。
そして、ほんの少しの静寂の後、映画が始まった。



駆け抜けた2時間

映画が上映されてすぐ、試合が始まる前からただただ圧倒された。

冒頭のシーン。
町の景色や外観。そこから何となく彼ーー宮城リョータの話から始まるのだと推測できた。ヒントは彼の名字。沖縄地方出身なら確かにその名字は有り得るなと思ったのだ。
「え?そんなエピソードから試合は始まるんだっけ?」と読んでいた漫画を思い返したけど、思い当たる場面が出てこず、私が読んでいない巻で出てくるのかなと考えるのを止めた。

流れるオープニング。イントロのメロディーからもう格好良い。
シャシャッと音が走りそうな線画がどんどん人の形を成していって、色や影などの肉付けがされていく。1人に命が吹き込まれれば、次また1人生み出されていく。そのシーンだけで鳥肌がかなり立つ。
湘北の面々が立ち揃うと、その眼前には敵の山王。常連校と新参が対峙する描写。勢いづいていく曲調に合わせて、観ているこちら側も緊張感と高揚感で気持ちが昂ぶる。
このオープニングだけでも何十周も観ていられる。もう充分に映画料金の元が取れている気さえする。

観る側のウォームアップも終わったところで始まる本編。
縦軸は試合。横軸は宮城の過去。
白熱する試合に心臓が跳ね上がりそうなほどドギマギさせられ、明らかになる宮城の過去に心がツキンと痛む。
動と静。それが程良いバランスで組み合わり心を揺さぶる

試合は息つく暇が全くないし、一瞬でも瞬きをしてしまうと重要なところを見逃してしまいそうで目が離せない。
こちらが置いていかれそうなくらいのスピード感。それを助長させるようにBGMも軽快。とにかく試合展開に追い付くのに必死。原作を読んだ人達にとっては丁度良いテンポなのかもしれない。
屈強なディフェンスを上手く躱したり、全方位に目が付いているのかって思うほどの巧妙なパス回しがあったり、会場を唸らせる豪快なシュートが決められたり……湘北も山王もすごい魅せてくれる。

その中で時折入る、宮城の回想。
なんというのか最近観るドラマや漫画とは異なるリアリティを感じられた。
特に家族との会話場面では等身大の高校生らしさを感じる。友達や同級生とは仲良さげに話すけど、家族相手だとつっけんどんになる感じ。そのオンオフの切り替えがすごく自然なのだ。
それと、個人的に団地住まいなところとかも親近感が湧いた。登場人物のお家が出てくる場面だとよく一軒家とかマンション住まいとか描かれがちだけど、世の中の皆がそんな裕福な暮らしばかり送れるわけではない。お部屋もモデルルームかとツッコみたくなるくらい小綺麗に描かれることもあるけど、映画で出てくる家の描写は生活感があって、何年も此処に住んでいるんだなーっていうのがわかる。その妙な生々しさが心に刺さった。

他にも印象が残ったところで、赤木以外で家族の描写ががっつり出たのは宮城が初めてだと思う。
家族やバスケに対する宮城の気持ちもお母さんの気持ちも痛いほど伝わるし、辛くて憎い存在のはずの海から離れずに海沿いにまた住むのも『忘れたくない/忘れちゃいけない』思いからなんだろうなって思った。
愛憎混じる思いを抱えながら、それでもバスケが好きだから努力をし続ける宮城の強さに涙が出た。果たせなかった願いを引き継いで、この試合に臨んでいたんだね。最後に流れるエンディング曲の『不確かな約束を叶えるのさ』とか『遠い星の少年はその腕に約束の飾り』って、もろ宮城のことを歌っているんだとしみじみ思った。

あと、宮城と何かと因縁がある三っちゃんも回想に登場。
まさか初めての出会いがそこからなのかとびっくり。色んなパターンの三っちゃんが観られて私は嬉しいよ。

そして試合も終盤。
獲ったり獲られたりを繰り返して拮抗する点数。後半終了間際の追い上げが凄まじい。『諦めたらそこで試合終了』だから、息絶え絶えになるくらいしんどくても、体が辛くても、最後の1秒まで皆諦めない。
その集中力に合わせるように映画からの音声も無くなる。今までの騒めきが消え、シアター内の音が微かに鮮明になる。鼻の啜る音に誰かが泣いていたことに気付く。

オフェンスは湘北。試合時間も残り僅か。ここで決めれば勝利だが、立ちはだかる山王のディフェンスも熱が入っている。突破するのはかなり難しい。後半からの活躍が目覚ましい流川がボールをゴールまで運んでいく。その視界には何かを呟く桜木。そして意を決した流川から桜木にボールが託される。初めてのパス。残り数秒の中で放たれる桜木のシュート。
友人の『最後』という言葉を信じるのなら、このシュートは外れるのだろう。でも心の底から「入れ」と願う自分がいる。

カウントがゼロになる。試合終了のブザー。
ボールは綺麗な弧を描き、吸い込まれるようにゴールネットを潜り抜けた。
ブザービート。
突然現れた新参者が絶対王者を破った瞬間。
勝った。湘北が勝った。まさかの展開に言葉が浮かばない。

勝利に沸く湘北。流川と桜木も思わずハイタッチする。普段は犬猿の仲で険悪な2人なのに、その事情を試合に持ち込まなかったからこそ掴み取れた勝利。その歓喜に色めく面々の笑顔が眩しい。
誰もが予想だにしなかった試合。奇跡とかビギナーズラックとかそんな神がかりなことが起きたわけではない。基礎を大切にしてきた日々の練習、勝つことを信じ抜いた心の強さ、限界ギリギリまで選手を戦わせた英断、誰も試合を投げ出さなかったその結果が勝利に繋がったんだと思う。

会場の裏で敗北に落ち込む山王。連覇してきた誇りに暗い影が落ちる。バスケで出来上がった自信も、誰よりも費やしてきた時間も、たった一度の敗北で何もかも無になってしまう感覚がきっと彼らの中に渦巻いている。でもコーチが言っていたように、この挫折という経験がきっとこれからの山王の力になっていくのだろう。
負けるのって悔しくて悲しくて辛い。でもそこから這い上がろうとする意志ーーのびしろがあるのならばまだまだ充分強くなれる証拠。きっとまた戦うことがあるなら今度は一筋縄ではいかないんだろうなあ。

最後。
突然のシーンの連続に言葉が出てこない。
あれ?普通に地元に帰ってきてるけど、試合中って帰って来れるんだっけ?次の試合まで充電期間なんてあるのか?それとも大会の結果とか諸々カットしてる?
しかも急に何年後かの話始まってない?舞台が日本から海外に……あー!なんかすごい熱い展開ーー!!ちょっとちょっと置いてかないでーー!!

茫然とする中で流れるエンディング。エンドロール。真っ暗なスクリーンにスタッフの名前だけが連々と挙げられていく。

……いや、凄い。最初から最後まで中身が詰まりすぎている。試合と回想の緩急がちょうど良くて、中弛みが一切ないし、観終わった後の疲労感も全くない。原作者が監督と脚本も兼ねているから、違和感を覚えることも無かった。
記憶を消してもう1回観たいっていう言葉をよく聞くけど、記憶を消さずとももう1回観たい。そのくらい充実感ハンパない。どのシーンを取っても、その時に覚えた感動とか鳥肌が立つ感覚も一緒に思い出せる。

売店であらかじめ買っていた飲み物も半分以上残っていた。友人も同じ状況だったらしく、それを急いで飲み明かして、シアターを後にした。




最後の種明かし

映画館を後にして、隣のイオン内にあるスタバで小休憩。この時期限定のフラペチーノを2つ頼んで席に着く。
濃厚なチョコレートの見た目に反して、甘さ控えめでスッキリとした味わいに思わずゴクゴクと飲んでしまう。人と一緒にスタバに来るのなんて何年ぶりだろう。

「面白かった?」

「めっちゃ面白かった。今日来て良かった」

「それは何より」

ズズーとフラペを飲む。そこから拡がることもなく会話終了。
このスタバ内にこれから観る人がいるかもしれないというネタバレへの配慮と、感想を語るのが苦手な私のためにこれ以上多くは聞いてこなかった。

こんなnoteを書いていてアレだが、映画の感想を求められるのはあまり好きではない。感覚的な問題なのだけど、映画の余韻に浸っていたいところに水を差される感じが嫌だったりする。
口下手だし語彙量も少ないので、上手く伝えなきゃいけないという気持ちがどうしても逸ってしまう。そのため、誰かと映画を観に行くと、映画のストーリーに没入するよりも、どのシーンについて話そうかと別方向に集中して観てしまうのだ。
時間を置いてから、文章に書き起こしたり、ゆっくり思い出しながら話したりするのは平気。楽しかった夢の時間を自分の中でしっかり落とし込めた後だから。
でも映画を観てすぐに「どうだった?」と聞かれるのが正直苦手。もう少しこの心地良い時間を反芻させてからにしてくれと思ってしまう。
友人はそのあたりを上手く汲み取ってくれる。多分、そのあたりの思考回路が似ているんだと思う。きっと帰りの車中で、お互いにようやく映画の話ができるようになっているはず。

「てふが元気になれたなら良かった」

友人のストレートな言葉に、フラペに落としていた目線を上げる。
その視線に気づいているのかどうかわからないが、友人はクリームと氷の層をストローでグルグルかき混ぜている。

「……そんなにヤバく見えた?」

私の声にこくこくと頷く。
その手にあるストローは、カップの内面にあるチョコソースをこそぎ落とすようになった。

「ちゃんと息抜きできてるのか心配になるくらいには。……この前さ、漫画渡したのだって本当は年末の予定だったけど、体調崩して予定変わったじゃん」

視線はずっとカップに付いたチョコソース。
でもかけられる言葉はずっとストレートに私の真ん中を射抜く。

友人と会った正月休み。本当は年末に会う予定だった。
忘れもしない去年のクリスマスイヴ。あまりの疲労とストレスに胃が限界を迎え、背中にまでキリキリ響く胃痛に耐えられず仕事を早退したのだ。大事を取ってクリスマスも仕事は休み。チキンもケーキも食せない散々なクリスマスを過ごすこととなった。
その影響は長く尾を引き、年末年始もお粥と精進料理のような消化の良い物しか食べられなかった。そんなへろへろな状態で友人に会うのが申し訳なくて、せっかくの約束をお断りさせてもらった。
でも、体調が戻ってきた正月休みの最終日にわざわざお家まで寄ってくれたのだ。そして漫画を受け取って、現在に至る。そんな経緯が実はあった。

「あの時は『一緒に観に行けたら』っていう感じだったけど、会った瞬間、『一緒に観に行かないといけん』って思った。そのくらいしんどそうな顔してたし」

「そんなにひどかったか私」

「誘っていいものか躊躇いもしたよ。でも気分転換しないと、ずっと嫌なこと引き摺ったままだっただろうから……無理言って一緒に観にきてもらった。今日は本当にありがとう」

目と目が合う。
あの時の僅かな時間でここまで行動を起こしてくれたことにすごく驚いた。それと一緒に、友人にこれほどまで心配も気遣いもさせていたことに、紙袋を放置していた時のような申し訳なさを感じた。
『今日』は勝手に取り付けた約束なんかじゃない。友人が労いのために準備してくれた優しさだった。

「いやいや、気にしないで!……むしろこっちが心配かけすぎてごめん」

「本当、よく頑張ってるよ。そんな環境で働き続けるのキツいのに。でも忘れないで。君の代わりは君しかいない。今を楽しめるのも今しかないよ」

映画とリンクするような言葉。
そうだ、本当にあっという間なんだ。月日も、年齢も、気付いたら季節が変わっていて、何が流行なのかもわからなくなっていく。
『今じゃなくてもいいだろう』って後回しすることも多くなった。『何であの時ああしなかったのだろう』って後悔することも多くなった。そんなループが延々と続いて、どんどん『私』も『今』も見えなくなっていた。
そんな深みに嵌りかけていたところを今日も引っ張り上げてくれた。きっとこれからも私は友人に頭が上がらないのだろう。どんな突拍子もないことをされても、全部が全部というわけではないけど、仕方がないと思いながら付き合っていくのだと思う。

「ありがと」

ちょっと気恥ずかしくなってストローに口付ける。友人も同じタイミングで飲み始めた。
ほろ苦いチョコレートの味。胸から込み上げてくる熱を抑えるのには丁度良い甘さ。

「そういえばなんで『最後』なんて言ったの?」

ずっと気になっていた疑問。
あんなに匂わせていた結末が見事に覆された。
友人は「ああ、アレ」とストローから口を離した。

「帰りに続き渡すから読めばわかるよ。お家までのお楽しみ」

答え合わせならず。
モヤモヤした感覚をお家に帰るまで抱えなければならないとは。




スタバで一息ついたその後は、行きと同じく友人の車に乗って帰る。その帰路ではやはりスラダンの話で盛り上がることとなった。

そして、お家での答え合わせ。友人から新しい紙袋を受け取り、その夜に全て読破した。
予想外の内容と展開にこういうことだったのかと合点がいく。それはあんな言い回しになるわ。
読み終わった上でもう一度映画を観たくなった。何もかも理解してから観たら新しい発見があるかもしれない。

同じ日々を繰り返す繁忙期。
久々に充実した1日を過ごすことができた。
また翌日から忙しない日常が始まるが、『今』は『今』しかないことを意識していきたいと思う。

まずは、いまだに手元にある全31巻。
もう一度読み返そう。





3月に記す後書き

ここまで読んでいただきありがとうございます。
スラダン観て興奮したあまり、久々に長文を綴っておりました。まさかの1万字超え。

身バレ防止の為、所々フィクションを混えていたりします。
本筋は書いた通りですが、「あれ?」と思うところはそういうことなので目を瞑っていただければと。



青春を突っ走るって良いですよね。
若いからこそなりふり構わず全力で挑める。目の前の目標に向かってひたすら頑張り続けられて、『自分』らしく『自分』を生きているように思えます。最後の最後まで気を抜かないで、一瞬一秒に気持ちを乗せていくところ。キラキラしていてすごく眩しく感じるのです。

大人になると結果ばかり求められて、そこに至るまでの努力は認められることが少ない。どんなにしんどい状況でも「やればできる」ことを見せてしまうと、それが当たり前になって、「できるんだからやって」にすり替わっていく。いつしか『自分』が見えなくなって、心身に影響が出始めてからようやく『自分』を思い出せるようになっています。(俗に言うワーカホリックなんだと思う)

ただ、がむしゃらに走れたらすごく楽なんだろうなっていつも思います。
思うがままにヘトヘトになるくらい走って、自分でも「何やってんだろう」って呆れたり。
階段やちょっとした段差も昔みたいにジャンプして、飛び降りた衝撃でビリビリくる痺れが懐かしくて思わず笑ってしまったり。
小雨が降る中も傘なんて差さないで、水たまりさえも気にせずに大手を振って歩いてみたり。
『みっともない』、『はしたない』と怒られた頃が今となってはただただ愛おしい。汗と泥に塗れて、決して美しいとは言いづらいけれど、心の底から楽しいと感じられた純粋な日々が、そんなエゴで輝いていた自分が今は遠くに感じます。

でも、過去の栄光に縋ることも、後悔に押し潰されることも、結局はもう変えようのないもの。過去は過去でしかない。
でもこれからのことならいくらでも道を作れます。分岐点も選択肢も作れるのは自分しかいない。ただ流されて生きていくのも勿論1つの道。そこから脱却するのかどうかも1つの道。
たった1つのコンテンツをきっかけに、興奮と感動を覚えるだけでなく、大袈裟だけど生き方を考えさせられました。

『今』を変えること。
『私』を変えること。
ちょっと勇気がいることだけど、そこを恐れていたら何も始まらない。
成功も失敗もやってみないと結果はわからないのだから。

繁忙期も折り返し地点。
まずはこの状況を乗り切ることを頑張ります。



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