真実から目をそらすためのクジラ
排水機場ではない、なにか。
土木に造詣が深い、三上さんによる記事がクジラの尻尾をテーマにしている。クジラと土木。モチーフとしてデザインされていることは僕も知っていたが、そのような関係性がうまれる土木という分野の奥深さを物語っている。ただ、どうしても気になったことがあったので反証記事を書きたくなった。
江戸時代末期にクジラが江戸庶民を驚かせて、目黒川加工にクジラ塚が建てられたことは真実だし、そのことが目黒川水門のクジラの絵にまつわることはその通りだと思うが、どうしても、浜離宮のクジラのことについては、ひとこと言わざるを得ない。なぜなら、あのクジラこそ、私たちの都市生活をささえていて、なおかつあまり知られて欲しくない、不都合な真実を覆い隠さんとするデザインの力だからだ。
まず事実誤認を指摘
三上さんはあのクジラを浜離宮排水機場の施設だと誤認されている。確かに近くに浜離宮排水機場はある。近くにあるし、誤認しやすいことはよくわかる。排水機場は、だいたい水門とセットでおかれるものだ。また、その手の記事がネットに散見されることも指摘しておこう。
しかしながら、私の理解では、排水機場の排水口は、水門を挟んでクジラから対岸側にある。説明しよう。
排水機場の構造はこうなっている。
浜離宮側の水面をAP2.5m以下にするために、働いてくれるのが、排水機場の役割だ。外水側が隅田川。内水側が築地川、汐留川側である。
https://plaza.rakuten.co.jp/laurier/diary/201807080000/ から引用しました
堤防の内側と外側の間をパイプでつないでいる。あがったり下がったりしているのは、堤防の高さを超えなければならないからで、その高低差を建物のなかで処理していることがわかるかと思う。高低差がなく単にパイプを堤防の横っ腹に通すだけではいざというときに弁だけで水圧を押さえることになるので、上下をうねうねさせている。水平方向の移動はあまり関係ない。
これが排水機場を上から見たところ。建屋と画面上側の取水口、そして、下側の排水口が一直線になっているのがわかるだろうか?
中央に見える建物が排水機場。この建物の下、護岸にちょこちょこ付いているのが排水口の構造物だ。
奥に見えているクジラは、水門の向こう側にあり、合理的に考えてもわざわざあっち側に排水を持っていく理由がない。ではクジラはなにを排水しているのだろうか?
クジラの正体
クジラが航空写真中の右下にあるのがわかるだろうか?堤防を挟んで反対側に同じようなクジラっぽいなにかがついているのがわかる。右端に排水機場が見える。
このクジラ、やはり浜離宮排水機場とは関係ないようにみえる。
このクジラが排水口だとして、(なぜなら、クジラの構造物の下には4本の巨大なパイプがある)直線で上流側、画面でいうと斜め左上方向の構造物と関係があると考えるのが妥当ではないか。土木構造物は最短ルートを通るはず。
そこにあるものこそ、「汐留第二ポンプ場」という。この汐留第二ポンプ場から流されているものが、堤防を超えて、隅田川側に流れているらしい。
汐留第二ポンプ所はこんな感じの門で海岸通りと接続している。ぶっきらぼうである。なにか看板が設置されている。
https://note.com/mizusour/n/n5779186450f3 から引用させていただきました。
ほうほう。つまり、この施設が下水と関係していることがやっとわかる。
https://note.com/mizusour/n/n5779186450f3 から引用させていただきました。
なにをポンプしているかというと、芝浦水再生センターへの下水を送ることだ。都内各所を流れてきた下水はそうとう地表から下を流れている。これ以上下に勾配をつけると、芝浦水再生センターに届く頃に低くなりすぎてしまう。ここでいったんリレーしているのだ。
ところで、この模式図の下に書いてあることが興味深い。
「ポンプ所のはたらき」
"家庭科や工場から流された汚水は、当ポンプ所で砂やゴミを取り除き、芝浦水再生センターに運ばれ、きれいなって海に流されます。"
ふむふむ
"また、大雨のときは、雨水を東京湾へ放流し、街を浸水からまもります。”
ほうほう。雨水を流すんだな。
右側のくねっとなっている部分。放流菅って書いてあるところこそが、クジラの構造物の下を流れている4本のパイプのことだ。内水面と書いてあるのは、防潮堤の内側のこと。ということで、この汐留第二ポンプ場から雨水をながすのがあのクジラの役割。ということで確定。でもそれだけでは終わらない。
汚水と雨水
汐留第二ポンプ所が預かっている下水道の範囲はこちらである。
汐留幹線流域、愛宕幹線流域、溜池幹線流域。赤坂や国会議事堂も流域に入っている。このエリアの下水はこのポンプ所を通って芝水処理センターに送られていのである。問題なのは、この下水の流域、すべて合流式下水道である、ということだ。
赤い部分が合流式下水道。東京23区はほぼすべて合流式下水道で一部緑のところが分流式である。汐留幹線流域、愛宕幹線流域、溜池幹線流域も例外ではない。ということは、雨水と汚水は一緒に流れてきているはず。
私は建築設計をするとき、迷わず雨樋を下水につなぐ。つなぐ時、下水から臭気があがってこないようにするために、雨樋の縦菅の下にはトラップをつける。建物におちた雨は、本来土地に浸透して、あるいは地表をながれて川におち、海に出るものだが、下水管を通って水処理センターにいく。
しかし、下水処理センターでは汚水を処理する能力はあっても、汚水と大量の雨水をいっしょに処理する能力はない。
そういうときどうするか、川に流してしまうのだ。
多くの都市河川が汚染されているのは、川に流す下水には、水質汚濁防止法の水質基準が適用されないからである。
ちなみに、合流式下水道でいったん雨水と汚水がまざってしまったものを、再度わける方法はない。当然だが。
初期汚水といって、最初ところてんの要領で比較的綺麗な雨水が、汚水をおしながすので、最初の汚水、つまり初期汚水さえ分けてしまえば、流せるというのが東京都の考え方のようで、平成36年に変わる下水からの雨水吐の基準に対応しようとされている。
だが、本質的には下水道菅のなかを流れてきており、菅についた汚泥や油脂を押し流してしまう。これらの栄養満点の汚染源が川に流れ、東京湾についたとき、微生物たちが一斉に活発に処理しようとはたらき、水の中の酸素が消費されてしまうことで、溶存酸素がなくなってしまうことで、水質が悪化してしまいます。
あ、下水のことばかり書きすぎた。でもポンプ場のあの書き方、
"また、大雨のときは、雨水を東京湾へ放流し、街を浸水からまもります。”
は、真実ではあるが、じゃ、汚水はどうなってんのよ、っていうときにはいや、それはー、と全く答えていないのである。
そここそ、あの排水のパイプを覆い隠さんとする、クジラが必要とされた根本的理由なのである。
水辺への都市化の波
かつて、物流や工場、港湾機能が主な利用方法だったかつての港湾エリアが、居住エリアや商業エリアの排水先として適当だと考えられていた時代があった。しかし、そのとうの物流や工場群はかつてのこれらの港湾エリアではスケールが小さすぎてより沖合のあたらしい埋立地に移っていってしまった。その結果、それまであまり意識してこなかった下水の放流先が問題となってしまうのである。
その歴史の変遷の犠牲として生贄となったのがクジラのしっぽなのである。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?