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現役ICT施工部門所属が土木×iPhone LiDARについて書いてみた

AppleがiPhoneにLiDARセンサーを搭載して1年半が経過しました。
このiPhone LiDARが土木業界の3次元計測技術を使用した測量業務の効率化にピッタとハマり22年度からはICT小規模土工や床掘工で実践投入されるようになりました。
今回は実際に地場ゼネコンのICT施工部門に所属している自分が1年半以上iPhone LiDARを触ってみた土木現場でどう生かせるか?現場で使用する場合の注意点は?などを書いていこうと思います。
ちなみにトップ画はiPhone12Proでスキャンした橋脚の点群データです。スキャンから処理~3Dモデル表示までの全てをiPhoneオンリーで作業しています。
(記載内容はあくまで個人の見解です。実態とは異なる場合があることに注意してください)

iPhone LiDARの概要

基本的なスペック

  • LiDARの有効照射距離は5m
    あくまで『有効』照射距離であり、限界でないことに留意してください。
    一部アプリでは10mまでスキャン可能としている物も存在していますが、精度や品質は著しく劣化する為使用には十分注意する必要があります。

  • iPhoneの自己位置推定にはVIOを活用している
    iPhoneでLiDARスキャンを行う場合、リアルタイムで3Dモデル化された地図の作成と3DスキャンしているiPhoneが今(上記地図の)どこにいるかを把握する必要があり、それらを総称して自己位置推定と呼びます。
    そしてこの自己位置推定の性能が精度に直結するため、この自己位置推定がどのように行われているかを理解するのは特に重要だと思われます。
    自己位置推定に関して
    iPhone(ARkit)の自己位置推定はVIO(Visual inertial odometry)という技術が使われおり、これはVisual(視覚→映像)とinertial(慣性→IMUユニット)の情報から自己位置を推定する技術となっています。
    これはカメラに映っている映像とIMUユニット(3軸ジャイロや加速度センサー等)の情報を統合して自己位置(とカメラ角度)を推定しています。
    つまりカメラ映像が使えない薄暗い場所や列車等の一定速度以上の動的物体内(加速度センサーが誤認識する)で3Dスキャンは事実上不可能となります。
    補足:時速60km/hの車両から外を計測した場合は(ある程度)正常にスキャン出来るため、カメラ映像とIMUユニットの整合性が取れている場合はスキャンできる可能性がある。逆に走行中の車両内部のスキャンは整合性が取れないため自己位置推定にエラーが発生する。

  • LiDARの照射密度はかなり低い
    下記画像ははiFixitがYoutube上で公開したiPad Pro2020モデルのLiDARセンサーのレーザー光を可視化したものです。
    白点が実際に照射されているレーザー光ですが、ご覧の通りかなり密度が低くなっています(Leica社製のBLK360は10mで4mmの密度でレーザー光が照射されている)。これはiPhoneのバッテリー消費を抑える点とAR用途しては必要十分な性能の為だからだと思われます。

iFixit-『12.9インチ iPad Pro 2020の分解: LiDARスキャナーは実際にどのように見えるのでしょうか?』より引用

iPhone LiDARの特性

  • 端末コストが安いこと(通常のiPhone機能+αのため)
    通常のiPhoneが10万円程度、iPhone Proであっても12万円程度であり、3Dスキャン用途外でも十分な活用(むしろそちらがメインである)が出来るため破格の値段だと思われます。

  • iPhoneであること
    現在の現場技術者の必須アイテムである携帯電話(スマホ)と一体型の為、場所を選ばずに使用が可能となっています。特にIP68という環境耐性の高さや端末自体の防護性能が高いの長所といえます。(遠隔臨場、電子黒板、クラウドデータ共有、チャットツール、電話が使える上にLiDARスキャンもできる)

  • 単独の端末で計測→閲覧→データ共有の一連作業が可能
    iPhone LiDARの面白い点は計測後のデータ閲覧やデータ共有もiPhone上から行えます。従来であれば現地で計測→事務所等でPCにインポート及び処理→データ共有という作業フローが現地で計測→その場で処理→その場でデータ共有という風に変化します。そのため迅速なデータの共有が可能になりました。

  • 精度
    基本的にはiPhoneの移動距離±2%前後の誤差が発生します(つまり100m移動した場合は±2m前後の誤差が発生する計算となります)

このように既存の3Dスキャナーとは全く違う特性を持っており、今まで土木で活用されていた3次元計測とは違ったアプローチ方法で活用することが重要になると思います。(パソコンとスマホの関係性に近い感じです。似たような作業は出来るけどそもそもの使用環境が全く違います)

大前提として

iPhoneに搭載されているLiDARセンサーは主にAR用途やカメラ機能の強化を目的に搭載されています。基本的なスペックで紹介した部分に関しても3Dスキャン用途ではなく、AR用途で考えると問題ない性能となっています。床や壁の検出やある程度のサイズの家具を検出するには十分な密度となっていますし、有効照射距離の5mも室内で使用する分には問題ない範囲となっています。
3Dスキャン機能は副産物的存在である為、過度な期待をすることは厳禁と考えた方が良いでしょう。また前述の特性でも説明したが、LiDARスキャナーとして考えた場合のコストはかなり低いことにも留意する必要があると思います。

なぜ建設業で注目されているのか

建設ITワールドで紹介された

2020年9月末の時点で建設業におけるiPhone LiDAR(iPad LiDAR)の活用をテーマにした記事が掲載されており、この記事きっかけで始めた方も多いと思います(自分もその一人)

国交省のICT 施工の普及拡大に向けた取組で取り上げられた

R3年7月時点から活用を模索され、

R3年12月の第3回ICT普及促進WGの試行結果からも小規模土工現場で有効と判断されました。

その結果R4年度からは小規模土工などでの活用が期待されています。
また令和3年度のi-Con大賞-i-Construction推進コンソーシアム会員の取組部門で優秀賞を受賞した清水建設株式会社の取り組み事例でもiPhone LiDARが活用されています。

測量用途でiPhone LiDARを活用する場合

iPhone LiDARを測量用途で活用する場合はRTK-GNSSレシーバーや杭ナビなどの外部計測機器と連動したアプリが必須となります。
現在公開されているアプリではOPTiM Geo ScanとPix4Dcatch×viDocが該当しており、それらの概要や考察をしていきたいと思います。(あくまで個人の見解であり実態とは異なる可能性があります。ご了承ください)

OPTiM Geo Scan

「OPTiM Geo Scan」は、LiDARセンサー搭載のiPhoneとGNSSレシーバー取得の位置情報を組み合わせて、短時間で高精度な測量を行える3次元測量アプリです。対象をアプリでスキャンするだけで、高精度な3次元データが取得できます。

公式HPより引用 https://www.optim.co.jp/construction/optim-geo-scan/

OPTiM Geo ScanはiPhone/iPad Proシリーズに搭載されたLiDARセンサーと測量用途でも使用可能な高精度GNSSレシーバーを組み合わせた計測アプリとなっています。

第3回ICT普及促進WGの試行結果を見る限り、多少精度のばらつきはあるものの平均値では30mm以内となっており、土工用途であれば十分に使用可能かと思われます(但し最小値で150mmを記録しているため出来形用途での使用は難しいかも知れません)

第3回ICT普及促進WGの試行結果のOPTiM Geo Scan計測結果より引用

リアルタイムかつその場で高精度な点群データが作成可能な事から災害調査や災害復旧現場、短期間で複数回の計測が要求される道路土工(夜間開放など)などで活躍すると思われます。
またGNSSレシーバーだけでなく、杭ナビとの連携も可能となっており、GNSS計測が不可能な場所の計測にも使用可能となっています。

Pix4Dcatch×viDoc

公式HPより引用 https://www.pix4d.com/jp/product/pix4dcatch

Pix4Dcatchは主にUAV写真測量業務で使われる事が多いPix4mapperを開発したPix4D社が提供しているアプリとなります。Pix4Dcatchはあくまでフォトグラメトリ用の写真を撮影するアプリとなっており、3Dモデル作成には別途Pix4DmapperかPix4DCloudが必要となります。
Pix4Dcatchの特徴としてはアプリ側で写真同士のオーバーラップを考えて写真を撮影してくれるため、特別な知識がなくともフォトグラメトリが可能となります。

非LiDAR搭載機での使用も可能となっていますが(性能は悪化する)、基本的にはLiDARセンサーを使用してオーバーラップを検出しています。またPix4Dcatch単体ではiPhoneそのモノの位置情報を使用しているため、相対精度、絶対精度共に実用的な数値にはなりません。
Pix4DcatchにはオプションパーツでviDocというGNSSレシーバーが販売されています。これはiPhone,iPadに取付可能なRTK-GNSSレシーバー一体型ケースとなっており、Pix4Dcatchで撮影した写真に高精度な位置情報を添付可能となります。(2022年3月現在は日本未発売)

デバイスにviDocを装着した状態

精度に関しては公式で行った実証実験の報告書があるので詳しくは下記リンクの『What is the accuracy of the reconstruction?』にあるホワイトペーパーを参照していただきたいのですが、概ね10㎝以内の精度で収まっているように思えます。

https://support.pix4d.com/hc/en-us/articles/360043331092-FAQ-PIX4Dcatch

注意点① スキャンアプリ単体で測量は不可能

スキャンアプリの仕様上大規模土工現場より小規模土工現場で使用されることが多いと思いますが、ここで注意して欲しいのがスキャンアプリ単体での測量は不可能という点です。
通常測量(レベル,TS,GNSS)と3次元測量(UAV,TLS,モバイルLiDAR)の大きな違いは、通常測量は現地を測ると現地に基準点を落とすの2つが出来るのに対して、3次元測量は現地を測ることしか出来ないという点です。
その為通常測量に使用するコスト+スキャンアプリの月使用料+αが発生することに留意してください。

注意点② 点群処理ソフトが必要

OPTiM GeoScan、Pix4Dcatchを使うことで高精度な点群データを作成可能です。しかし測量というからには作成した点群データから施工に必要な情報を抽出する必要があります。
その為別途土木用途で使用可能な点群処理ソフト(アプリベースだとケンテムのSite-Scope、福井コンピュータのTREND POINT、クラウドベースだとScanX)が必要になります。
なので運用コストはスキャンアプリ+点群処理ソフトの合計になる点に注意してください(特にiPhone LiDARから3次元計測を始める場合は要注意です)
※アプリベースの点群処理ソフトを使用する場合はある程度高性能なパソコンが必要になります。

注意点③ 夏季屋外での使用は要注意!

土木現場でiPhone LiDARを使用する場合の最大の問題点がiPhoneの熱暴走によるスキャン品質の大幅劣化問題です。冬季や室内での使用では問題となる場面は少ないのですが、土木のメインフィールドである夏季屋外では致命的な問題となります。
現状スキャンアプリの多くはARkitをベースに成り立っており、Apple公式ドキュメントではiPhoneが一定以上の機体温度となった場合はARkitの機能を制限すると明記されています。つまり高温かつ直射日光に晒される夏季屋外では機能が大幅に制限される可能性が非常に高いという事です。(対策に関しては後述します)

測量用途以外での活用方法の一考察

簡易計測ツールとしての運用

先ほどまでは業務用の高額な測量スキャンアプリを使用した計測を書いてきましたが、この項目は無料~6000円程度の安価な汎用的スキャンアプリで土量計測が行いませんか?という提案です。
上記動画では実際に自分が土量計測をiPhone LiDARで行った状況のキャプチャ映像になります。土量として280m3程度の小規模な盛土ですが、これをテープとレベルで計測する場合は2人×15分程度かかると思います。
しかしiPhone LiADRスキャンなら大体3分(しかも1人で)程度で計測が完了しました。ここからの土量計算はパソコンで行いますが、使用するソフトはCloudCompareという無料ソフトを使用しています(PCスペックそこまで要らない)。こちらのソフトをこちらのnote参照に操作することで5分もかからずに土量が算出可能になります!(画面中央下あたりのvolumeが土量)

RTK-GNSSUAVを使用した写真測量の結果と比較しても誤差は2%以下とかなり精度で計測可能であり、計測時間も5分以下、土量算出までは5分程度とかなりのスピード感で計測可能となっているため、日常管理レベルの土量計測は可能かなと思います。

※補正を書けない状態で精度を向上させる場合の考察

外部からの補正をかけない状態で精度を求める場合は以下の3つを意識すると精度が向上する場合があります。

  • iPhoneの熱暴走を防ぐこと。効果的な対策として

  1. iPhoneのカバーは最低でもメッシュ加工された物、可能な限りカバーを外すこと

  2. スマホクーラー等の外部冷却装置を使い本体を直接冷やすこと

  3. 日傘などを使用し、直射日光がiPhoneに当たることを防ぐこと

が存在しています

  • iPhoneのブレを最小限にすること
    歩行時のブレや静止時であっても手ブレによる微細な誤差が蓄積し、最終的には大きな誤差になる場合があります。実際の検証においてもスタビライザー(スマホジンバル)を使用した場合の誤差は、使用しなかった場合よりも精度が良いという結果であったことからもブレを減少させることは精度向上に繋がると思われます

  • 移動や方向転換の速度を遅くする
    自己位置推定にVIOを使用している都合上、移動速度が速くなれば1秒辺りに処理する計算量も増えます。iPhoneは高性能といってもスマホサイズであり、処理能力には限界があることから、出来る限り移動速度を抑える+出来る限り映像が連続するように意識することで精度が向上する場合があります

写真の補助的役割

1分程度でスキャンしたデータをアプリ上で距離計測している状況

1枚の写真で全体像の把握や物同士の距離感をすることは結構難しく、ある程度経験が必要になる思います(特に距離感)
ただリアルスケールで3Dスキャン可能なiPhone LiDARを補助的に使うことで全体像の把握が容易となります。またアプリ上でスケールを当てたり、直上から見たスケール付きのスクショをMessageで送ったり、3Dモデルをクラウドサーバーにアップロードすることで見せる相手は遠方に居ながらも現地のスケールを測ることが可能になります。
その為現地調査などの資料としての運用が可能だと思います。

LiDARスキャン×VRによる臨場感のある検討

一部アプリ(Metascan)やサービスを使用することで、スキャンしたデータをその場で遠方にいる相手にVRで見せることができます。
写真や言葉では伝わらない現場の細かい部分もVRで見せることができ、より臨場感のある打ち合わせも可能となります。
MetascanとMeta Questを組み合わせることで、コストも大幅に抑えることができるのもメリットかなと思います。

iPhone LiDARの可能性は?

現状はまだまだ発展途上であり、本格的な測量で使用するにはコスト的な問題や精度が安定しないなどの問題はあります。
但しiPhone(iPad)にLiDARセンサーが搭載されてからまだ1年半(2年目)であり、実際に2020年の初期段階から運用していた自分から見るとスキャン性能もかなり向上しているなという実感があります。
またLiDARセンサーのスペック上5m以上離れた物体はスキャン出来ないと書きましたが、海外製のスキャンアプリ『EveryPoint』ではLiDARスキャンとフォトグラメトリを組み合わせることで20m以上離れた物体の3Dスキャンも可能にしています。

現段階でiPhone LiDARが現場で使える技術か?と言われると中々難しいです。どうしても現場サイドでの工夫が必要になります。
ただ今のスピードで進化が進めば3年後の土木現場では日常的にiPhone LiDARが活用されていると思います。それだけポケットにはいるスマート測量機器は偉大なのです。

終わりに

本noteはあくまで私個人の趣味の成果であり、(内容自体は精査しているものの)勘違いや知識不足からくる誤情報もあると思います。その為内容が実態とかけ離れている場合があることに注意してください。
また無償での個別質問等はリソース不足から対応できません。ご了承ください。

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