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【FM店主日記Day10】「2024年の北関東浄水器問題、あるいは蛇口の互換性と神の存在について」 (後編)

前半はこちら

前半の最後の部分で、待ったと書いたが、それはいわゆる言葉のあやで、待ったと感じることは特になく、検索結果は0.045秒後には表示されていた。

その製品情報をクリックし、よくある質問などのセクションを探し、俺は電話番号を探し求める旅に出るテレフォンクエストを始めた。しかし、番号は海賊の宝箱よろしく、ウェブサイトの階層と言う海の奥深くのところに目立たないような小さなフォントでしかも背景色と類似した読み取りにくい色でしか書かれていないため、なかなか見つからない。俺は悶えた。およそ55秒の間、俺は地獄のような苦しみに耐えた。

もはやここまでかと諦めかけたその瞬間、俺は見つけた。「取扱説明書」と書かれたその一つのPDFファイルを。

それをすぐさまダウンロードし、手元のMacBookで開いてみたところ、さまざまな蛇口への取り付け方は実はこの取扱説明書のメインコンテンツであり、実に詳細に渡り、この蛇口互換性の問題について説かれていてのである。先人は偉大だった。神はいないのではなく、俺が見つけられなかっただったのだ。俺は自分の無力さを蔑んだ。汚い言葉でお母さんが馬を罵るかのように唾を飛ばしながら思いつく限りの言葉をMOROHAのアフロのように羅列した。

そして俺はついに16mmに蛇口に浄水器を取り付ける方法について図解式で2ページに渡って記述されたセクションに辿り着いたのだ。そして、そこに書かれていたのは、俺が必要としているパーツの組み合わせ方(図入り)とそれぞれのパーツの型番だったのだ。

俺は人目も構わずすぐさまその型番についてググり、購入できるサイトを見つけ出した。しかし、これは極めて悪質な罠だったのだ。なんと、必要となる二つのパーツがそれぞれ220円、つまり合計で440円となっていたのだが、なんと送料が550円もかかる、と言ういわゆる「送料の方が高いじゃねーか詐欺」として知られる罠だったのだ。

そうはさせるか。すぐさま俺は別の戦略を実行することにした。型番が書かれた画面のスクリーンショットを撮り、俺は近所のビックカメラへと向かった。

ビッグカメラの浄水器セクションに向かうと俺はそこで働いていると思われる年配女性に声をかけ、パーツをお取り寄せしたい旨を告げた。最初は曇った表情をしていた女性の表情は、俺が「パーツの型番もわかる」と彼女に告げた瞬間に急激に晴れ渡った。最初は上手に分かり合えなかった我々は型番という共通言語を見つけ出し、これによりこの問題は一緒に解決できると確信したのだ。

そして、店員女性の卓越したパソコンスキルを余すところなくたっぷりと十分ほど見学し、パナソニックと入力したつもりが何度もパナソイックとなり、しかもパソコンに中途半端な変換予測機能がついているため、先ほど間違えたパナソイックの方が変換候補の上位に上がってくる、というシェイクスピアも涙ぐむであろう悲劇に見舞われつつも、ついに俺と店員女性の初めての共同作業となるお取り寄せ注文が終わり、そのパーツが入荷するまで7日から10日かかります、という事実にもめげることなく、その期間を待機することに同意してその日は店を後にした。

そこから俺は待った。待って待って待ちまくった。一日ざっと数えて24時間待った。1週間ほど待ち、それについてすっかり忘れてしまった頃に一通のショートメッセージが携帯に届いた。そこには「お取り寄せ頂いたお品物が入荷致しました。」と書かれていた。待ちすぎて何の話かすっかり忘れていた俺は迷惑メールだと思い削除しようとしたが、胸に手を当てて思いを巡らせた結果、これは浄水器のパーツのことに違いないと確信を持ち、はるばる電車に乗ってビックカメラを訪れ、注文の時に受け取った伝票をレジ越しに若い女性店員に渡し、パーツを無事に受け取ることに成功したのだった。

そしてこれらのパーツを持ち帰り、再度確認する意味も込めて保存してあった取扱説明書のPDFファイルを開き、そこに書かれている順序でパーツを組み合わせ、蛇口に浄水器を取り付けたのだ。

蛇口を捻ると浄水器を通過して水が流れた。やった。勝ったぞ、俺たちは勝ったんだ。浄水器越しの水は美味いぞ。俺たちはもう二度とペットボトルの水を買わなくて済む。無駄なエネルギーが、貴重な資源が水を運ぶという作業に費やされなくて良くなるのだ。地球は救われた。未来は安泰だ。今日は記念日だ。レッツ祝杯だ。酒を!酒を持って来い!俺はグラスいっぱいにジャパニーズウィスキーを注ぎ、グイッとスイグした。

俺の記憶はここで終わっている。

気がつけば次の日の朝になっていて、俺はシャツと靴下だけの格好で、下半身は裸だった。ひどい二日酔いで、頭が割れるように痛んだ。とりあえず水だ、水を飲ませろ。蛇口まで這うようにしていき、蛇口を捻ると浄水器を通過して水が流れた。水は美味かった。おれはガブガブと気が済むまでたっぷり水を飲んだ。水はめちゃくちゃ美味かった。

(完)

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