別れ

この頃、季節柄でもないが、別れについてよく思う。


駅での別れ。電話口での事務的な別れ。その時そうとは気づかない、後になって思いこされる別れ。

親しかった人との別れ。愛着のあるモノとの別れ。過ごした土地との別れ。


慣れ親しんだ土地が、車窓から後方に過ぎ去っていくのを眺めると、もう何も手出しができない、どうすることもできないという痛切な無力感に駆られる。


この何もできない無力感というものが、別れであり、それをいっそう際立たせるものになっているのだろうか。

どんなに愛したものであれ、慣れ親しんだものであれ、一度「別れ」ることになってしまえば、私たちはそれを受け入れざるを得ない。

いやむしろその抵抗ができないからこそ、別れなのである、と些か頑なになった心の声が、苦悩の末に別れを受けいれた人々から聞こえてきそうである。

たとえそれが本人の決断であろうと、その決心の瞬間に心の中に「別れ」が生じ、その堅牢性を持って、今現状の変化を受け入れられるのである。


抗えない無力さとともにあるもの。それが別れ———



いまだ知り得ぬ別れを味わい、眠りにつけぬ今夜の言葉に「別れ」を告げ、新たな定義を以て上書きする時がいつか訪れるのであろうか。