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鰯崎友×born

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鰯崎友の個人note+WEBマガジン bornでの記事、作品をまとめました。
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2018年3月の記事一覧

『ひなぎく』 女の子映画の決定版

最新の3DCGに、クリアな音響、カメラの性能も日々向上し、映画はどんどん進化してゆきます。名作とされる昔の映画を観て、なんだかチープだなあ…と拍子抜けした経験もあるかと思います。しかしながら、まれに、どんなに時代が変わろうともその輝きを失わない作品が存在するのです。『ローマの休日』を最新の機材で撮り直したら、あるいは『2001年宇宙の旅』を3DCGでリメイクしたらどうなるか。本家を超えることができるでしょうか。映画の歴史のなかで、ごく僅かな作品が、極北へとゆきついている。本日

野球×統計は最強のバッテリーである

書評『野球×統計は最強のバッテリーである - セイバーメトリクスとトラッキングの世界』 データスタジアム株式会社 中公新書 2015 大谷翔平のMLB初打席はライト前ヒット。幸先のよいスタートを切ったといえるだろう。 ところで、MLBでは球場に設置された複数のカメラでフィールドを撮影、そこで起こるすべての状況をリアルタイムで半自動的に分析し、データ化している。その結果これまでの常識を覆す色々なことが分かるようになった。 本書では、MLBで行われているデータ解析の一端にふ

『海、または武満徹に』 超短編小説

海を殺した太陽はなおも天空でほほえみながら、じりじりと少年と少女の頭を焼きます。 「海の底には真っ赤に焼けたくじらたちが沈んでいて、夜な夜な、唄っているんだ」 少年と少女は、かれらの兄にそう聞かされたことがありました。 昨日、世界が一瞬静まりかえりました。そののち、少年と少女の兄を殺した海は、ごうごうと獣のような唸りを発しながら死にました。 「海が死んだら」 少女が虚ろにつぶやきました。 「くじらたちはどこで唄うのかしら」 取り残された二枚貝や珊瑚

線でマンガを読む『夏目房之介×手塚治虫』

『線でマンガを読む』について、毎回ご好評を頂いており、読者の皆様に感謝を申し上げたい。ここらで、自分がこのコラムを書くきっかけとなった尊敬する先達を紹介しておこうと思う。マンガ家兼マンガ批評家、夏目房之介だ。 NHK・BS2で1996年から2009年まで放送されていた『BSマンガ夜話』という番組がある。毎回ひとつのマンガ作品を取り上げ、さまざまな角度から語り合うという内容。レギュラーコメンテーターはマンガ家のいしかわじゅんと夏目房之介、評論家・岡田斗司夫の三人。司会進行は交

線でマンガを読む・新学期直前スペシャル『唐沢なをき』

唐沢なをきのデビューは1980年代半ば。失礼ながら大ヒット作というのはないけれども、知る人ぞ知るギャグマンガ家として、今日に至るまで非常に長期間活躍している。短命に終わったり、途中からストーリーマンガにシフトすることの多いギャグマンガ家のなかで、この息の長さはおどろくべきものだ。タフさでいえば、中日ドラゴンズの岩瀬投手にだって匹敵するだろう。 唐沢の近作『まんが家総進撃』には、一般社会の常識から逸脱した、架空のマンガ家たちの数々の奇行が描かれている。笑いと悲しみが交互に襲っ

『15時17分、パリ行き』 世界最強の男の映画

最近、ジジイたちがアグレッシブだ。77歳の宮崎駿が短編映画『毛虫のボロ』を完成させた。80歳の大林宜彦は超アヴァンギャルド映画『花筐』を撮った。そして、海の向こうにも活発なジジイがいる。今年87歳を迎える、クリント・イーストウッドだ。 ご存じのように、イーストウッドは世界最強の男だ。彼は街を牛耳る無法者と戦い、ドイツ軍のタイガー戦車と戦い、いかれた連続殺人犯と戦い、年を取ってからは軍曹として若い兵士たちを鍛え上げ、再度、街の無法者と戦い、宇宙に飛び立って地球の危機を救った。

『Seven Pieces』 超短編小説

七つの、おそらく聞いたことがない話 40歳を過ぎても独り身の健一が、犬を飼いはじめた。やって来た小さなトイプードルに、健一は「健一」と名づけた。健一は健一をとても可愛がったが、自分と同じ名前をつけてしまったことに気づいたのは、それから十余年後のことであった。 【これまでのあらすじ:天才登山家、山田は、今日も世界の名峰に挑んでいました】 山田「フウ、フウ」 山田「ハア、ハア」 ザザッ 山田「よし、ついにエベレストの登頂に成功したぞ!!」 翁「そこのお兄さん

『シェイプ・オブ・ウォーター』 これから観にいく人へ 【デル・トロの演出を深読みする】

『シェイプ・オブ・ウォーター』、観てきました。評判に違わぬ力作で、とても満足しました。変化球と思いきや、美しい映像で語られる直球のラブストーリー。私、アカデミー賞授賞式のさいのギレルモ・デル・トロ監督のスピーチにちょっとうるっと来たのです。 「私が子供だった頃メキシコで育っていて、こういったことが起こるとは想像もしていませんでした。しかし、それが実現しました。夢を見ている人達、ファンタジーを使って現実について語りたいと思っている人達に伝えたいです。夢は実現するんです。切り開

お前も酒飲みなら「タラタラしてんじゃねーよ」をべた褒めする記事を書きやがれ

タイトル通りだ。お前は「タラタラしてんじゃねーよ」をこれでもかと褒めちぎるテキストを書くべきだ。 僕たちは平均年収300万円時代を生きている。そんな中、酒のアテに高いお金をかけることは不可能だ。僕らの財布はもう空っぽになってしまう。ウンザリだ。だからとにかくコンビニに行け。行って「タラタラしてんじゃねーよ」を買え。それで酒を飲め。飲んでテキストを書け。 美味い「タラタラしてんじゃねーよ」は、みんな大好き「よっちゃん食品工業」が発売している駄菓子だ。魚肉シートの歯ごたえと、

再生

2018年最もオススメしない映画『デヴィッド・リンチ:アートライフ』

『デヴィッド・リンチ:アートライフ』を鑑賞してきました。はてしない闇を湛えた創造者、映画監督兼画家のデヴィッド・リンチ。心酔しているんです。私にとっては『バーフバリ』観てる場合じゃないんです。いや、『バーフバリ』も楽しく観ましたが、あれは一過性の楽しさ。リンチの映画は今の自分を形作っている何かの、かなり奥のほうにまで染み込んでいるのです。 このドキュメンタリー映画は、彼を愛する人々へのボーナス・トラックです。ですので、この映画を人に薦めるつもりは全くありません。リンチに思い入れがない人が観ても仕方ないし、リンチ・フリークはわざわざ薦めなくても勝手に観に行きます。 作品中にて、『0.9502秒前に撃たれた男』『ボブは全く知らない世界の中で自分を見つける』『彼女は傷つき家に歩いて帰ると誰かがいた』などといった、リンチによる妙なタイトルの絵画が色々登場します。また、リンチの語る幼少期のエピソードも心に残りました。 「街に行ったとき、向こうから深い闇がやってきた。それは巨大な裸の女だった。彼女は泣いていた。なんとかしてあげたかったが、私にはどうにもならなかった…」 正直、興味のない人にとっては、ただただ気味の悪い映像が次々と流れる、拷問にちかい88分だと思います。リンチ作品はホラーにも、サスペンスの範疇にも収まりません。造られた恐怖やスリルを語る作家ではないのです。 青年のころのリンチは、地下室にこもって果物や小動物の死体が腐ってゆく様子をずっと観察していました。その体験が、彼の様々な作品に投影されています。飾ることのない、剥き出しの死と生の姿を垣間見せてくれる存在なのです。 微笑ましいシーンもあります。アトリエにて、幼い娘さんとふたりで創作活動にいそしむ姿。こんな幼児が闇の深淵に触れて、情操教育的に大丈夫か?という疑問は残りますが。 あと、この映画の監督には、ジョン・グエン、リック・バーンズ、オリヴィア・ネールガード=ホルム、という人物が名を連ねていますが、このうち、リック・バーンズについては「名前は偽名で、正体は明かせない」とのことです。よくわかりませんが、この不穏な気配はいかにもデヴィッド・リンチのドキュメンタリー、という感があります。 今回の映画を観て、最近、自分の中のデヴィッド・リンチ成分が欠乏していることを実感しました。あらかたの作品を見直しましたが、まだ足りません。願わくば、リンチの短編映像をどこかの劇場で公開して頂けないものでしょうか。餓えているのです、闇に。 More dark! 『デヴィッド・リンチ:アートライフ』監督:ジョン・グエン、リック・バーンズ、オリヴィア・ネールガード=ホルム 2016

フリオ・コルタサル【南米の大喜利名人】

ご存じラテンアメリカ短編小説の名手、フリオ・コルタサルの作品を読むとき、「これは大喜利だな」と感じる。「もし〇〇が××だったら…」と突飛なお題がポンと出て、それをいかに上手く料理して、お客さんを喜ばせるか、というメソッドが同じなのだ。 コルタサルの作品の、例えば『占拠された屋敷』は、「もし、自分の家をワケの分からない何者かに占拠されたら…」というお題に対するアンサーであるし、『南部高速道路』は「もし、高速道路で半年間つづく超絶的な渋滞に巻き込まれたら…」というお題についての

線でマンガを読む『売野機子』

マンガにおいて描かれる「美少女」とか「美人」の典型は、以下のようなものだろう。 (左:『火の鳥』手塚治虫  右:『恋は雨上がりのように』眉月じゅん) まず、目がとても大きい。顔全体の面積のかなりの部分を占め、瞳への光の入り方やまつ毛なども細かく描かれる。反対に鼻や口はできるだけさりげなく配置される。鼻の孔や唇は省略される。これは手塚治虫の時代から連綿と続くお約束だ。マンガ家の「キャラクターを描くときに、一番力をいれるのは、目」という旨のコメントは枚挙にいとまがない。キャラ