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煌き、閃き、瞬き

思いの丈に文章を書くことが好き。絵を眺めることも好き。敬愛する作家の作品を読むことも好き。そんな私が唯一出来る創作活動、写真について書きます。
私の趣味はカメラで、特にフィルムカメラが好き。シンプルな写ルンですから、一眼カメラ、中判カメラ、ハーフカメラからインスタントカメラなど多種多様、たくさん持っています。誰を撮るとかはなく、今は思いつくままに物や風景を撮るので毎日持ち歩きます。首からカメラを下げて出歩くのは邪道でしょうか。最近街中で見かけるのは旅行客ばかりで、日常では変な気がします。

飽き性な私が5年間も趣味として継続できていることは今でも疑問です。カメラが好きな理由は、それでしか撮れないから。これに尽きる気がします。昨今iPhoneの画質も一眼レフカメラと同等又はそれ以上になりつつあるとニュースで見ました。それは素晴らしいことですが、私が普段使っているフィルムカメラはスマートフォンでは出せない感覚が出せます。イメージですが、携帯は記録のデータで、フィルムカメラは絵のような感覚です。わざわざ重いカメラを持ち外出する意味は私にはあります。カメラが好きに理由をつけるとするならばこれです。

写真に関しての考え方ですが、本当は趣味ではなくて、特技として写真を扱いたいのだと思います。何故絵画を描けることが特技になって、写真を撮れることは趣味になるのか。その違いはその行為が出来る人の割合だと思います。カメラは誰でも持ち、日常で利用します。一方絵画はイーゼルを立てデッサンに臨む。ここまでする人はそうそう居ない。写真も特技と言える世の中になって欲しいです。現実的なことを話すとフィルムカメラに限っては、フィルムに光が当たり、化学変化する事で像を写す仕組みなので実質絵です。誰がなんと言おうと絵だと言い張ります。だからなんだといわれそう。

決してお洒落アイテムとしてではなく、お洒落な趣味としてのカメラではないです。この感じをスマートフォンで実現できる時代がいずれ来たら良いなと切望するばかりです。あと永遠にフィルムカメラがなくなりませんように。最近生産終了となるフィルムがあまりに多い気がします。悲しいな。昔は今の半額以下で売られていたし、家にもフィルムの入れ物が大量に余ってそれで遊んだ記憶があります。

折角なので好みな写真家さんたちを書きます。
日本人は奥山由之さんや長田香純さんや小見山俊さんです。
外国人は昔の方ですが、ソール・ライター

今はウイルスが蔓延しているから写真に撮りに行けない代わりに、カメラの整備をします。撮った写真はいつかの機会に。