嵐にしやがれ最終回

2020年12月26日(土)、嵐にしやかれが終わった。

私にとって、とても思い出深い番組だったんだなって、最終回を迎えた今日、初めて気づいた。その気づきを、綴っていきたいと思う。

嵐を知ったのは、「ひみつの嵐ちゃん」だった

「花より男子」を見て、「花より男子」の主題歌を好きになって、その主題歌を歌っているグループのことはあんまり知らなかった。その後「山田太郎ものがたり」をみた。ニノが嵐だと知ってはいたけど、櫻井くんが嵐たとは知らなかった。「魔王」は生田斗真くん目当てで見始めた。そしたら成瀬さんも嵐のメンバーだった。そんな感じで、嵐に出会いながら嵐だと認識していなかったころ、「ひみつの嵐ちゃん」を見始めて、櫻井くんの顔に釘付けになった。

タイミングは覚えてないけど、その後櫻井くんの生き様が本当に、好きで、尊敬するようになった。

いやいや私がジャニーズを好きになるはずがないと抵抗していた矢先、PIKA☆☆NCHI DOUBLEの歌唱映像をHEYHEYHEYで見て、そこから嵐の曲を聴きまくるようになった。

そんな時に、放送開始されたのが「嵐にしやがれ」。

嵐の冠番組で、私が唯一放送開始から見れた番組。

小学生のころの私の世界は本当に狭くて。

小説も漫画もアニメも好きだったけど、何よりも優先してたのが嵐。

嵐の番組を見てる時が1番楽しかった。中学生になっても、高校生になっても、嵐が1番であることは変わりなくて。何よりも、誰よりも、嵐を優先してたし嵐の言葉を知ることが何よりも大事だった。嵐5人を心の底から尊敬してたし、私は嵐5人のような関係性が大好きだったから、そういう友達と出会えたらいいなって思ってた。「嵐の関係性が理想だ」って高校の時の友達に話した時、「私たち、嵐の関係性に似てるよね」って言われた。私も、実はそう思っていた。結構、理想に近いんじゃないかなって。そう思えたのは、気使いの塊のような人達だったから。私は気使いが本当に苦手だから、ああ、そっかって。私は、友達たちを見て、「嵐みたいだな」って思ったんだなって。

そんな10代を過ごして、20代になった。私の、嵐への向き合い方に変化ができた。

1番は、優先したい人ができたことによる。

段々と、嵐の優先順位よりも、好きな人の優先順位の方が上回っていった。高校生の時のように嵐を追いかけなくなっている自分を自覚していた。番組をリアタイすることが少なくなった。雑誌も買わなくなった。画像を集める作業も辞めた。

嵐だけに、支えられていた生活が、嵐だけに支えられる生活ではなくなった。家族とかは抜く。家族は、当たり前に支えられすぎてて、弱ったときに頼る存在ではないから。私が辛い時、悲しい時、しんどい時、縋ったのは嵐の楽曲だったし5人の笑顔だった。でも、縋れる人が、すぐ側にいる生活になった。そしたら、嵐優先の生活が終わった。嵐だけに支えられている生活は、素敵だった。嵐5人は私にマイナスな事柄を持ち込まないから。全幅の信頼を寄せて、縋ることができたから。今は、私に縋る人がいる。支えられるばかりだった人間が、支える側になれた。たぶん、それが1番おおきな理由だった。

それでも夢だった。ずっと、嵐は私の理想で、夢だった。嵐だけに支えられる生活でなくなっても、嵐はやっぱり、私の1番だった。

Netflixで嵐の姿を見る度、なんで私は何もしてないんだろうって。やりたいことも夢中になれることもしないで、なにをしてるんだろうって。嵐の姿を見続けていたのに、私はなにか行動に移すことはできたのかなって悲しくなった。

そしてここ最近、やりたいと思ったら、意外とできるんだなってことを知った。20代ではじめて、やりたいという気持ちがしっかりして、ちゃんと行動にしないと後悔することを知った。

嵐を見れなくなる、来年。2021年。私はとても不精者だからすぐやめてしまうかもしれないけど。ちょっとでも頑張りたいと思い始めたここ数ヶ月間のことを忘れたくないと。そう思った。

「嵐にしやがれ」は、嵐個人の考え方とか才能をいっぱいいっぱい見せてくれた番組だった。個人の能力が高くないと、出来なかった企画がたくさんある。嵐が今まで積み重ねてきた経験を、ファンにずっと、見せてくれた。本当に、私にとって、意味のある番組だった。

ありがとうございました。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?