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むてきまるちゃんねるの配信が好きという話。

" 猿がタイプライターの鍵盤をいつまでもランダムに叩きつづければ、ウィリアム・シェイクスピアの作品を打ち出す。 " ――

「ペットの魚でポケモンをクリアする」ことを目指す、むてきまるちゃんねるの配信はまさにこれである。

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水槽を泳ぐ魚、もといベタたちは、きっと自分がポケモンを操作しているなどとは露ほどにも思っていない。
どころかおそらく、「ポケットモンスター」などというゲームがこの世に存在することも知らないだろう。
彼らはただ、好きな時に好きなように泳いで、眠って、泡巣を作っている。それだけだ。

だからむてきまるちゃんねるにおけるポケモン配信は、1000時間をかけてなおジムを二つしかクリアできていないし、だからといって「先を急ぐ」ということはない。
魚が操る主人公はレベリングやポケモンゲットにいそしむこともあれば、まるで実家の如く他人の家で何時間も居座ることさえザラにある。

そんなわけだからおそらく私を含めほとんどの視聴者は、この配信を画面に齧りついて見ているわけではないだろう。
なんらかの作業時にBGMとしてこの配信を裏で流し、たまにBGMが変わったら「なにが起こったのだろう」と画面を確認するという視聴方法をとっているはずだ。
画面を見ているという人も、魚に注目しているというよりは「配信のチャット欄で取り留めのない話をする横で、ポケモンのプレイ画面が流れている」という感じだろうし、実際前述二つのそういう視聴方法が概要欄においても推奨されている。

しかしながら、その遅々とした歩み――人知の及ばぬ気まぐれさが、いいと思えるのだから面白い。
なにひとつ思い通りにならないし、することもできないままならなさが、愛おしいと思えるのだから不思議だ。

ドアの開閉音と共にBGMが切り替わって「ようやく動き出したか」と見に行った途端、また家の中に逆戻りして居座りを始め「どうして」「おかえり」「換気たすかる」の言葉が川のように流れていく。
小さな魚の一挙手一投足に、チャット欄にいる他の視聴者たちと一緒になって振り回されている――それがなんともいえず心地よいのだから、どうしようもない。

そんなむてきまるちゃんねるの配信は現在三匹のベタがいて、彼らのうち二匹が昼夜交代で回している。

一匹目はモーリス。
ポケモン配信を最初に始めたベタで、美しい青色をしている。
プレイスタイルは大人しくも堅実。
当初から真面目な性格かと思われてきたが、最近はギャンブルにハマる様子を見せている。
しかしそのギャンブルにハマッていたことにも、涙なしには語れない理由があったのだから驚きだ(詳細はむてきまるチャンネルにあがっている切り抜き動画を見て欲しい)。

二匹目はポニョ。
モーリスについでポケモン配信に加わったベタで、色は赤。
何を隠そう、むてきまるちゃんねるが一躍有名になったのはこのポニョのおかげと言っていいだろう。
その奔放なプレイによって主力であったバシャーモを逃がし、念入りに四回もレポートを書いて原状回復を不可能にしたことは記憶に新しい(私もこの事件でむてきまるちゃんねるを知った)。
なおポニョは現在病気の治療中であり、二人の傍らで静養を続けている。

三匹目はムーー。
バシャーモ事件の後にメンバーへ加わった一番の新顔で、色は青。フリンジのように華やかなヒレが特徴だ。
参入当初は慣れない環境への戸惑いもあってか、配信時間をひたすら泡巣制作に費やして、視聴者たちに「泡巣」と「ラビリンス器官」というものの存在を知らしめた(なお泡巣は今も作りがちである)。
しかし一方で戦力強化や育成に積極的で、初日にして数匹のポケモンをゲットし、前述のポニョがバシャーモと共に数匹逃がした穴をあっという間に(数だけは)埋めた。

三匹とも訓練など受けているはずもないただの魚で、重ねて言うが三匹とも好きな時に好きなように振る舞っているだけである。
それなのにこんなにも行動に「個性」と表現すべき違いが見られることも、非常に興味深い。

さらに興味深いのは、魚たちによってポケモンたちにも異様なほど思い入れが強くなることだ。
魚たちはゲットしたポケモンに時折名前をつけるのだが、「アアアアア」になりがちなところを場合によってはしっかり文字を選んでいく。
そうして名前を明確に与えられたポケモンたちは、もうただの「ポケモン」ではなく「命ある特別な一体」となり、時には視聴者たちの中にファンを抱える。

かくいう私も「チキ ョた」と名付けられたレベルの低いポチエナは、小さいのに負けん気ばかり強い子犬のようで愛しく思えるし、「エララママ」と名付けられたオスのラクライには、なぜか「ママみ(バブみ)」を感じて名前を見るだけでニッコリしてしまう。
そして草むらから飛びかかってきた手ごわいポケモンたちを、オオスバメ(♀)にしてエースの「アQPO♂(アキュポス)」がレベル差の暴力で沈めるたびに、「アQPO♂しか勝たん」と誇らしげな気持ちになるのだ。

やはり「名前を付ける」とは、魂が宿る特別な儀式なのだな……という話はさておき。

「ペットの魚でポケモンクリア」が達成される日は、いつ来るかわからない。
本当の本当に途方もないことで、もしかしたら私が生きている間にはそんな日は来ないかもしれない(寿命云々もあるけれど、人間、いつ死ぬかわからないので)。

けれど、だからこそ。
そのいつかを心のどこかでちょっとだけ夢見ながら、これからも好きな時に好きなだけ、魚たちとポケモンの様子を見守っていきたいと思っている。

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