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-Episode1- 森林の街 プロローグ


 夢を見た。巨大な樹海の中を走る。
 雲ひとつない夜の樹海を走る。
 深く息を吐く。動悸がおさまらない。
 夢を見た。影がひとつ、追いかけてくる。
 走るほどに足音は強まってゆく。
 やっぱり逃げられない、手放せない。
 夢を見た。誰かが誰かの上に覆い被さる。
 槍のような長物を振りあげる。
 ごめんなさい。

「……ン」

 夢を見た。誰かは泣いている。誰かは微笑んでいる。
 あなたのせいじゃない。あなたは悪くない。

「……ウン」

 夢を見る。誰かが誰かの顔に両手を伸ばす。
 その両の頬を優しくつねる。
 ありがとう。

「ダウン!」

 ダウンは目を覚ました。部屋に差した暖かな日の光が眩しい。
 彼は部屋のベッドで眠っていたようで、どうやら夢を見ていたようだ。
 ここは何処だろうか?
 当人はまだ少し寝惚け気味である。
「ダウン、やっと起きた」
「ああ、シド、おはよう」
「いつまで眠ってるつもりなの?」
「シド、悪いけど僕はこれから二度寝に入るからな」
 ダウンは再びベッドに潜り込む。シドは少し困った様子でダウンを見つめる。シドはベルを鳴らしてダウンを起こそうと試みた。しかしダウンは一向に起きる気配を見せない。シドは困り果てながらも最終手段を使うことに決めた。
「そっかー。まだ目が覚めないんだね」
 シドはダウンのいるベッドに近づいては、ダウンの顔に急接近する。
「ね、目覚めのキスはいかが?」
「!?」
 ダウンは勢いよくベットから起きあがる。彼は赤面しながらシドのほうを見る。
「君な、起こすならもう少し普通に起こしてはくれないかな?」
「普通に起こしたでしょ? それでも起きなかったから強行手段に出たんだよ?」
 シドは口を尖らせダウンに抗議した。
「分かった、分かったから。着替えを済ませて一階に降りるから。少し待っていてな」
「うん、待ってるね。ロイさんも待ちくたびれてると思うから、出来るだけ早く来てね」
「ああ」
「ローナとも待ち合わせしてるんだからね?」
「ああ」
「ダウン? 三度寝はやめてね?」
「……」
 言ってシドは部屋から去って行った。ダウンは早々に着替えを済ませ、シドのいる一階のリビングに向かった。リビングにはシドともう一人、たおやかな表情の少女がテーブルの椅子にお行儀良く座っている。
「ダウン、やっと来た」
 ダウンはテーブルの席に座る。
「シドちゃん。急かさなくっても良かったのに」
「いいんですよ、ロイさん。ダウンはこうでもしないと延々と眠ってるんですから」
 ロイと呼ばれた少女はダウンのほうを見やる。
「疲れてたんでしょ、ダウン?」
「いいよ、ロイ。シドはせっかちなくらいが丁度いいからな」
「どういう意味かな、それ?」
 三人は朝の団欒を楽しんでいる。ここは魔女の森と呼ばれる場所にある少々風変わりな家宅。リビングのテーブルには三人分のグラタン、スープ、サラダが置かれている。これらはロイが早朝に起きて用意したものらしい。三人は「いただきます」と言って食卓を囲む。
「ダウン、君は朝が弱いの?」
「あぁ。正直に言うと今も眠いな」
「そっか。ま、二人とも一昨日は大変だったもんね?」
「そうですね。色々と大変でしたね」
「あぁ、眠いな」
「あ、ダウン! 食事中に眠らないの!」
「あぁ、そうだな、君の言う通りだな。おやすみ、二人とも」
「うん、おやすみ、ダウン」
「ロイさーん!?」
「にひひ。冗談だよ」
 その後、なんだかんだ言ってダウンは食事を再開した。三人は食事を終え、しばらく余韻を楽しんでから荷物のまとめを始める。そう、彼らは今日旅に出るようだ。
「この街とも今日でお別れかぁ。しばらく訪れることはできないね」
「ああ、そうだな。気楽に足を運べる場所でもないからな」
「そだねぇ。じゃあ、そろそろ出発しようか?」
 彼らは魔女の森を抜けて次の目的地へ。


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