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つぶつぶピーナッツ


理論的にいえば時間の速度はいつだって同じであるはずなのに楽しい時間というのはどうしてあんなにも一瞬で過ぎてしまうのだろう、それはきっと時間経過に意識が向かないからだろうと思いそういう日はわざとらしく無駄に時計を確認してみたりするのだけどやはりだめであっという間に終わってしまうのだ、いつも。そんな事を考えながら、単独公演が終わってしまった喪失感の中まるで重力を奪われたかのようにぷかぷかとした日々を生きる自分とは対照的に、湧くんは既に次のステージに立っているのだということを知ったのは、公演からわずか数日後のことだった。衝撃だった。いや今は思う、きっと、もっとずっと前から彼は次の大舞台に向かって自らを奮い立たせ、汗を流し、人知れず努力をしていたのだ。あの膨大なセリフ量に加え、細やかな動き、座長という責任。湧くんはどんな時であっても地に足をつけ次に向かって確かな歩みを進めているのだということにまた気付かされ、ハッとしたのを鮮明に覚えている。それが、約1ヶ月前のことだ。

そして、6月10日
彼は、輝かしく、美しく、座長をやり遂げた。

舞台初日の朝ごはんは、ぜったいにランチパックと決めていた。前日ソファーの上でぼーっとしているときに2秒くらいで思いついた渾身のギャグです。けれども、こういう他人にとってはなんでもないような事柄が突然わたしにとっては大きな幸せになっちゃたりする、そんな社会に生きていたい。決してランチパックがなんでもないものということではございませんのでね、山〇製パンさま。ところで、深夜のコンビニにはびっくりするくらいランチパックが置かれていないのだということをこの度学びました。初日前夜にランチパックを買うためにコンビニを3軒はしごするなんて想像以上におもしろい人生の過ごし方をしてしまったし、ランチパックは結局買えなかった。そして初日の朝、サザンシアターに向かう途中のセブンイレブンで無事にランチパックを手に入れることに成功し、高島屋を横目に念願のバンクパックランチパックを達成したのでした。茶髪の元木湧が待っていることも知らずにね。

茶髪。
茶髪といえば、私は本当に茶髪の湧くんがすきです。もちろん、本当のことをいえば髪色なんてなんでもいいくらい湧くんはいつだってかっこいいのだけれど、茶髪の元木湧は”趣深い”のだと私はおもっている。人間ってやはり意外性に魅力を感じてしまう生き物だとおもうのです、一見チャラくてギラギラな男の子(てへうふ)が、まるで、タピオカミルクティーのタピオカ抜きみたいな、トップスのチョコレートケーキのクリームみたいな、あるいはちょっと濃いめのカルーアミルクみたいな、ふわふわであまあまなヘアスタイルでいらっしゃること、いとをかし…なのです。そんなもの、どうしたってドキドキしちゃうのです、人間ってヤツは。そして舞台初日、湧くんはいつだっていともたやすく私たちをドキドキでいっぱいにさせてしまうのだということを、ふたたび強烈に思い知ったのでした。

その日の夜、2公演目にははやくも湧くんのムードが客席を包んでいるのを肌で感じ、やはり湧くんはほんとうに魅力的なひとだと思った。とっても器用で、ひとの感情にすっと入るのがうまくて、キラキラしていて、太陽みたいに明るくておもしろくて、とろけるくらいにかっこよくて、もう、ただそこにいるだけで人の心をぐっと鷲掴みにしてしまうような。たぶん、この地球には"元木湧"という空気があるのかもしれない。少なくともこの10日間、紀伊國屋サザンシアターには"元木湧"が満ちていた。ああこれが湧くんだ…とおもいました。

そこから1日、2日、3日と、日が経つほどに湧くんのムードがお客さんを優しく包んでいった。カンパニー全員と客席でつくる空間、あの幸せな温度は、いったいなんと表現すればいいのだろう。以前の舞台で、「毎日初日の気持ちで、1公演1公演レベルアップしていきたいと思いながら今日もここに立っている」と語っていた湧くんを思い出す。初日がゴールではないのだ、彼にはゴールというものがないのかもしれない。きっと彼は、毎日毎日、自らの振る舞いを、客席からの見え方をどこまでも追求していた。公演を重ねるごとに表現の細部に変化があって、ありとあらゆる手法で笑わせてくれて(笑)、そんな、湧くんの仕事に対する情熱をまた目の前にして、それがあまりにもかっこよくて、輝いていて、胸があつくなった。

「やっぱり演劇ってとても素晴らしいと思えた」と、佐藤あかりさんが千秋楽でおっしゃっていた言葉がとても印象に残っている。「演者と会場が一つになって、だいすきとか、面白いとか、素敵な思いがいっぱいにあふれた空間」がいま、ここに、目の前にあること。

笑って、笑って、笑って、たまに胸がギュッとなって、でも最後には笑って。この10日間、毎日、毎日、毎日笑えた。湧くんの表情、動き、声。アドリブ、ちょっとしたおふざけ。(だいすき!)つい笑っちゃったり、セリフが飛んじゃったり、でもそれでもっと笑顔になれちゃったりする魔法のような空間。湧くんがカンパニーの方々を愛し、愛されていると感じられたこと。目の前の景色や大切な記憶をなぞるようにだいすきな湧くんについて書きとめたあの時間。なによりも、湧くんが、カンパニーのみんなが、舞台上でひとつになって楽しそうに演じる姿が心からだいすきだった。

あなたかわいいわね、メロンの赤ちゃんみたい!とかいう聞いたことのないかわいい日本語を連呼するまりこさんとか、キャノジョと同じくらい恋するアンチヒーローのガルルンジャーのことがだいすきなゆうすけとなんだかんだいちばん肝が据わっていてかっこいいりさとか、銀行強盗だよーんって言って入ってくる、かなり色鮮やかでちょっとお茶目な銀行強盗たちとか、銃声がなるたびに銃声よりでかい高声をフロアいっぱいに響かせちゃう支店長とか、なにがあろうとも定時で帰ることに命をかけているわたしみたいなマインドで働く受け付けのお姉さんとか、魔界でも恐れられるエリート仕事人なのに娘の反抗期にだけはかなわない悪魔おとうさんとか、なんでかわからないのに笑ってしまうときがあるくらいただそこにいるだけで人間の笑いのツボをついてくる警察官とか。いつだって瞳の奥に思い出すのは、胃もたれしてしまわないか心配になるくらいにハイカロリーで両手に抱えきれないくらいたっぷりの幸せたちだ。なにかと引き換えにしてでもいいからずっとずっとこの時間が続いてほしいと何度思ったかわからないくらい、本当に幸せな空気があの会場には満ちていた。

そして、藤澤智彦という人間について。
藤澤智彦。
彼がこれまでどういう人生を歩んできたのかとかこれからどうなってゆくのかとかをすべて知ることはおそらくないけれど、少なくともわたしが見ていたほとんどの時間、彼はきっと孤独だった。他者の死、自死、それらがあたりまえになってしまった世界、信頼と裏切り、生きる事への疲れ、けれどもあの場にいる人々全員そして身内である叔母でさえもそのことを知らないという世界が自らを取り巻いていること。それでも自分にだけは時間が流れ、生きていかなくてはいけなかった。
「もう、自分がわからない」
そう言っていた智彦の苦しそうな表情が忘れられない。智彦はきっと、とても優しい人なのだとおもった。自分が変わってしまうこと、それが目に見えてわかることってとても苦しい。自分のなかで自分が解離していくような感覚だったのかもしれない。けれども、きっと人は誰でも智彦のようになり得る。わたしにとってこの舞台は、元木湧というアイドルが演じるものでありながら、一人の人間としての藤澤智彦に向きあえた大切な時間でもあった。湧くんが演じる智彦は、とても魅力的で、本当に素敵でした。

やはり、楽しい時間というのは、嘘みたいにあっという間に過ぎていってしまった。ひょっとしたら本当に嘘なんじゃないかとおもい一縷の望みをかけて指先で頬をつねってみたりするがちゃんと痛いのでこれは紛れもない事実であることを再び思い知る。1日が地球ひとまわりぶんでなくてはいけないのならばせめて嫌なときには地球がはやくまわったりしてほしいし楽しいときには地球がゆっくりまわったりしてほしい、きっとこんな強欲人間にはガリレオ・ガリレイも白目を剥くだろうけれど。個人的な事情で今年の秋には日本からいなくなるので湧くんの舞台にこんなにもたくさん通えるのはこれがもしかしたら人生最後になり得るのかもしれないということもあり、だからちょっと強がったりもしたけれど正直さみしさで溺れそうだ。けれども、湧くんは言っていた、「ステージに立ち立ち続ける」と。湧くんは、どんな時であっても、地に足をつけ、確かな歩みを進めているのだ。”魔界でもチョー恐れられるエリート悪魔様”が智彦の時間をくるくると巻き戻したようにこの世界の時間が巻き戻ることはきっとないけれど、この10日間、笑って笑って笑った空間と共に自らの時を刻んだことに間違いはない。だから数々の言葉を思い出を胸に今日も明日も10年先も湧くんのように生きていこうと自分自身に誓う。ある朝、これまで数えきれないほど何回もドアをくぐってきたであろう中央線の窓からあの長い透明な通路やサザンシアターがみえることに気付いたとき、わたしはこの先一生、きっと死ぬまで、この景色をみてこの幸せな毎日を思い出せるんだなあと思ってひとりで泣きそうになった。湧くんに出会えたことってやっぱりすごい。今まではなんでもなかった無色透明の景色が、こんなにも美しく彩りのあるものになったのだから。

やはり湧くんは、いつだっていともたやすく私たちをドキドキでいっぱいにさせてしまう。

湧くん、かっこいい!本当にかっこいいよ!
どんなことがあっても、笑って笑って笑って生きていける毎日があることを教えてくれてありがとう。人生の1秒1秒をあんなにも幸せな空間で包み込んでくれてありがとう。湧くんも、この先ずっと笑って過ごせますように。

あなたの幸せを、心から願っています

#バンクパック2024

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