四十路の初体験 胃カメラ編


「この歳になって金を使うのは美容医療か医療しかない」
と豪語したのは他でもない私自身なんです。

しかし実際どうかというと、歳云々は関係なくありとあらゆることに散財しまくっている。
それもまた人生!エンジョイマイライフ!と思ってはいるが、何をするにも健康でなくては楽しめないのも真実である。


だからね、みんな行きましょう。健康診断に。


例年はバリウム検査を受けているのだが、やるたびに「もう一生やりたくない」と思っている。
その話を職場でしたら「胃カメラにしたら?ラクだよ」と言われた。
ラクなのか。そうなのか。
単純なのでその一言で今年は胃カメラの予約を入れた。
もちろん静脈麻酔のオプション付きである。
眠っている間に全てが終わるならそんなにラクなことはないだろう、と。

が、それを聞いた親友が
「アレ、酒飲みには効かないよ。わたし普通にゲーゲーなったよ」
などと言うものだから、大酒飲みの自覚がある私はビビり散らかしていた。
歯磨きですらオエッてなるのに。カメラを突っ込まれてゲーゲーにはなりたくない、絶対に。


怯えながら迎えた、本日。
健診センターはリニューアルしたため女性専用フロアもありとっても綺麗。ダークブラウンを基調としたラグジュアリーな空間、待合ブースも一つ一つ区切られていて、クラッシックなんか流れちゃったりして。フロントのお姉さんもホテルのコンシェルジュみたい。
なんの根拠も無いけどここならきっと大丈夫だ!
(見た目に騙されやすいタイプです)


健診は身長体重、血圧、採血などから始まり、心電図、肺のレントゲンと続き、最後に真打登場とばかりに胃カメラがくるだろうとふんでいた。
そのため検査着に着替えて待合ブースにいた私はふかふかのソファで呑気にKindleを読むなどしていた。

「サカキさ〜ん」

名前を呼ばれたので元気よく挙手をした。

「お待たせ致しました。では、本日は最初に胃カメラからご案内しますね〜」


えっ?????????

もう?????????

はやくない??????


胃カメラは本日のメインイベント。大トリ。
紅白で言ったらMISIAくらいの立ち位置じゃないの????

「も、もうですか?!」
「はい、そうですね。さ、いきましょ〜」

そんな、じゃあいってみよ〜!みたいなテンションで最初からMISIAが歌っていいのだろうか。
困惑する私をよそに看護師さんはテキパキと準備を整えていく。
彼女は手際良く採血し、この後麻酔を入れるための針を固定するとコップに入った液体を手渡した。

「これは胃の〜〜を〜〜するお薬です。不味いんですけどグッといっちゃってください」

全く心の準備が出来ていなかった私はこの時点でもまだオロオロしていて、このコップの中身が胃をどうするものなのかうまく聞き取れなかった。
でもまあ、飲むしかない。
言われた通りグッと飲み干したら、三日目の風呂水みたいな味がした。飲んだことないけど。とてつもなく不味い。

不味さに驚愕しているうちに検査室へ。
あ〜〜〜〜この部屋、このベッド。横のモニター。見たことあるぞ、これは、正真正銘、胃カメラをする部屋だ…………。

検査を担当します消化器科の◯◯です、と言って現れた男性医師が私の好きなアイドルグループのウォヌという子にほんの少しだけ似ていたことで若干気持ちを持ち直した。
喉の奥に麻酔のスプレーをされる。にがい。からい。さっきからまずくて、にがくて、からい。幾多の困難を乗り越え、ようやくベッドに横たわる。

「緊張してますか〜?」というウォヌ先生の呼びかけに答えようにも喉の奥が痺れてうまく声が出ない。
「今から麻酔のお薬を入れますからね。すぐ眠くなるのでリラックスですよ〜」
そう言いながら点滴の針から麻酔薬を入れ始めた。 

眠くなるってどのくらい眠くなるんだろう。ウトウトするくらいなのだろうか。
今は全く眠くないけど、このまま眠くならなかったらどうす






………………ん?

薄目を開けるとベッドに横たわっていて、隣の部屋の患者と話す看護師の声がする。
「緊張しますよね〜大丈夫ですよ〜」
どうやら隣の部屋も初胃カメラの男性のようだ。緊張してます……とぼそぼそ話す声が聞こえる。
隣の声、意外とよく聞こえるもんなんだな……そんなことが頭を過ぎる。しつこくまとわりつく眠気にそうかこれが徐々に眠くなるということか……と思ったところで気がついた。

いま、私は四方をカーテンで囲われた部屋にいる。さっきの検査室ではない。ウォヌ先生もいない。身体には毛布が掛けられている。


………………えっ?

部屋の外でアラームが鳴り、さっきの看護師が顔を覗かせた。

「サカキさ〜ん、起きられますか〜?」
「ふぁい…………」
「まだ眠いですよね。もうしばらくこのままでいてくださいね」
「あ、もう、おわったんれふか」
「ふふ。そうですよ〜。よく眠れました?」
「ふぁい…………」

そのまま再びベッドに沈みこむ。
終わった、のか…………。
信じられない。本当に眠っている間に全て終わってしまった。
大酒飲みだから!といきり立っていたけれど、鎮静剤の前に泥酔プロもイチコロだった。


うとうとしながら、この感覚アレに似てるなと思った。
調子良く酒を飲んでいたのに気付いたら家にワープしていて自分の布団で目覚めた時の、あの状況に酷似している。
自慢出来たことではないが経験者ならみんな共感してくれるに違いない。


10分ほど微睡んでいたところで看護師が呼びにきた。
先生の診察だというのでフラフラヨタヨタした足取りで診察室に入った。ウォヌ先生、再登場である。


「はい、これがサカキさんの胃の中ですよ」
自分の身体の中、初めて見た。
食道も胃も綺麗なピンク色でピッカピカのツヤッツヤ。ちょっと誇らしい気持ちにすらなった。
「うわぁ……綺麗……」なんて、夜景を前にした女みたいにうっとりした声が出た。

「ピロリ菌の検査は昨年されて検出無しとのことでしたけど、過去にはいた形跡がありますね」


えっ、まじで?
いつのまに夜逃げしたんやピロリ一家。
形跡がある人は毎年胃カメラ受けなきゃいけないらしい。そういうもんなのか……。


後になって思うが、胃カメラを最初にやるのにも意味があったのかもしれない。
胃カメラの後、まだ朦朧とした状態でマンモを受けたのだが、上裸のままふらふらと検査室を出て行こうとして「サカキさんッ!!!そこ待合室!!!」て技師のおばちゃんに叫ばれた。
こんな状態で帰したら危なっかしいことこの上ないもんな。

その後、検査の合間に、最初に飲んだ不味い薬は一体なんだったのかを看護師に聞いてみた。
あれは胃の泡を消す薬なんだって。
本っっ当に不味かった。

ピロリ一家がいつ里帰りするかわからないので、これからは毎年胃カメラを受けることとなった。
しかしあの不味い薬だけは、来年からいちご味とかにならないかな……と願うばかりである。




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