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クールビューティーおにぎり・蓼川さん

クールビューティーな蓼川(たてかわ)さんがおにぎりになったのは、ある肉屋の入り口だった。

蓼川さんは私の一つ上の先輩だ。かかってきた電話には0.5コールで出るし、後輩のわたしがワタワタしていたらスマートにサポートしてくれる。クールでビューティーな、すてきな人だ。
そんな蓼川さんは少し変わった感性を持っている。

ひとつのプロジェクトが終結し、そのお疲れ様会として、えらい人たちに連れて行ってもらったよいステーキのお店。蓼川さんのうしろに続いてわたしもお店に足を踏み入れようとしたその時、彼女は思い出したように喋り始めた。

「そうだ、ねえわたしさん。さっきのzoomの画面に表示されている自分を見ていて思ったんだけど、これはおにぎりだよね?」

自分の頭をゆびさしながら、目をキラキラとさせ、蓼川さんはそう言ったのだ。
蓼川さんに続いてお店に入ろうとしたわたしは仰天した。何を言っているんだ、この先輩は。たしかに蓼川さんは「きゅ」とまとまったボブカットで、まるでルーローの三角形のような、いや、もっとやさしく握った、角がまあるい大きなおにぎりだ。だがここは肉屋の入り口である。えらい人が、前の方で席次を伝えている。聞き逃してはならない。
「それって今しなきゃいけない話ですか!?」とテンパるわたしに「あっ、ごめんごめん」と謝り、店の奥に進む蓼川さん。あとをついていくわたし。

荷物とコートをお店の人に渡して、言われた通りに着席し、ナプキンを広げてようやく落ち着いた頃、わたしの頭の中は蓼川さんのおにぎりの話でいっぱいだった。

わたしはおにぎりを握るとき、いつもぎゅ・ぎゅときれいな三角形にする。ふんわり握れば蓼川さんの頭のようなやさしいおにぎりになるに違いないのに、どうやってもぎゅ・ぎゅと握ってしまう。ルーローの三角形ですらない。ただの正三角形だ。どうやったらふんわりと握れるのだろう。

「あの、さっきの話なんですけど」
続きが聞きたくて仕方がない。
「つづきを聞かせてもらってもいいですか?」
蓼川さんはわたしがそう言うと、また話し始めた。
「この間、初めて利用する美容室に行ったの。」
「なるほど」
「そこで”おにぎりみたいな髪型にしてください”って言ったんだけど」
「”おにぎりみたいな髪型にしてください”?」
「美容師さんが「握りますね」って言ってから髪を握り始めたのがとても良くて」
「うわー!よい返しですね、蓼川さんが行く美容室だもんな」
「そうでしょう!それでね、さっき気付いたんだけど、ここが、海苔になってるの!」

前髪、そして蝶外骨のあたりから頬を通って四角く縁取るようにひとさしゆびを移動させる蓼川さん。
なるほど、わかったぞ。思わずにやけてしまいそう。

「つまり……逆おにぎりってことですか?」
「そうなの!」

場が沸いた。「逆おにぎり」がなんなのか、もはやよくわからないけれど、楽しくて仕方がない。それはもう、カオス劇場から脱出したトンズラブラザーズと一緒におばけトンネルを抜けていくときの高揚感と同じくらい。もうなにもいらない。全部が良かった。

そうして、わたしの大好きな先輩である蓼川さんは、美容院で、肉屋の入り口で、そして鉄板の前のカウンター席でおにぎりになったのであった。中身はきっと、そのあと食べたシャトーブリアンだろう。おしまい。



わたしが蓼川さんのことが大好きなのを抜きにしても、蓼川さんはちょっとヘンな人でおもしろいです。
ヘンなエピソードの一つが漫画になってるので見てほしいな。描いてくれたのは秋野ひろくん。

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