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パレスチナ料理を食べてきました(前編):申しこみから入店まで

 前回の投稿 から、あっという間に一ヶ月以上が経ちました。

 イスラエルによるパレスチナへの攻撃はいまだに止まらないどころか、この瞬間も最悪が更新されつづけています。停戦しろ。虐殺をやめろ。民族浄化をやめろ。封鎖と占領を終わらせろ。同じ言葉を繰り返しながら、まとわりついてくる無力感をどうにかこうにかふりはらい、自分にできることに取り組む日々です。

 この文章も、そうした試みのひとつとして書きました。

 かなり長いのですが、

「パレスチナ料理を食べてきました(中編):高橋美香さんのスライドトーク」

「パレスチナ料理を食べてきました(後編):いただきます!」

 と併せてお読みいただけますと幸いです。

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●きっかけ

 今から三週間ほど前のことです。友人のフェリックス清香さんのツイート で、「ランチトリップ」というNPO法人と、同名のイベントの存在を知りました。なんでもこのたび「パレスチナ西岸地区便」が出るとのこと。

“食と旅を通して、知らなかった世界を楽しく学び、自分のこととして考える体験を提供するNPO法人LunchTrip。10月7日以来、私たちはガザで起こっている人道危機を連日目の当たりにしています。ガザ地区だけではない、パレスチナで起こっていることをより身近なこととしてとらえるきっかけにするため、緊急開催します。パレスチナに通って20年以上、人々と交流して撮り続けてきた写真家、高橋美香さんをガイドに迎え、報道が少ないヨルダン川西岸地区の町にスポットをあて、人々の暮らしの実態について聞きます。 トークの後は、2011年から十条で営むパレスチナ料理店・ビサンの店主おすすめスペシャルコースで、本場の味をゆっくり楽しんでいただきます。目と耳と舌でパレスチナを体感する。ご搭乗をお待ちしています。”
 

(https://peatix.com/event/3767575 より)

 参加したい。そう思いました。

 これだけ毎日パレスチナの情報を目にしているにもかかわらず、パレスチナの人たちが日頃どんなものを食べているのか、私にはまったくイメージがわきません。写真家の高橋美香さんがいらっしゃるのにも惹かれました。

 高橋美香さんは、パレスチナの人々の暮らしを長年にわたって写真と言葉で伝えつづけてきた方です。私がパレスチナについて知るために頼りにしている本のリストにもご著書が複数入っており、信頼のおける方だと認識していました。直にお話を伺える機会は貴重です。

 ただ、申し込みをするには勇気が必要でした。

 まっさきに頭をよぎったのは「今日の一日分の食糧はこれ」という言葉ともにSNSにアップされた、手のひらほどの小さなパンの写真です。現地の人たちが飢えに苦しむさなか、爆弾が降ってくる危険のない、銃を持った兵士が押し入って来る恐れもない、安心で安全な屋根の下でパレスチナのごはんを食べる? 今回の大虐殺がはじまるまでパレスチナに対してなんの関心も払ってこなかった私が? それは都合のよい消費ではないか。ひとたびそんな考えが浮かぶや、拭うことができなくなりました。(この批判はあくまでも私自身に対するものであり、ランチトリップに向けたものではありません。念のため)

 そもそも、この期に及んでようやく「興味を持った」こと、それ自体が暴力にほかならないのではないか。自分が現在パレスチナに向ける視線を、私はそのように感じています。パレスチナの人たちは、シオニストによる追放と占領がはじまった1948年から今日に至るまでの75年間、ずっと声を上げつづけてきた。なのに私は無知と無関心からそれに気づかず、毎日毎日夥しい数の人が殺される異常事態になってから、ようやく目を向けるようになった。あまりにも遅すぎます。

 そんな自分が、今起きているような事態を阻止しようと発信をつづけてきた高橋美香さんや、おそらくパレスチナ出身であろうお店の方に、どんな顔をして会いにゆけばよいのかが、わかりませんでした。

 それでも最終的に参加を決めたのは、遺体や瓦礫ではない、生きているパレスチナの人たちとその暮らしを知ることが、自分には必要だと感じたからです。

 どうしたらパレスチナの人たちが数でも記号でもなく名前と顔のある一人一人の人間であることを、実感をもって受けとめつづけることができるだろう。先日の”Lights for Gaza”をきっかけに抱くようになった問いに対し、ランチトリップはひとつの答えとなり得るように思われました。

●美香さん

 そうして迎えたイベント当日。十条にあるパレスチナ料理店Bisan(ビサン)のドアを開けると、溌剌とした声が飛んできました。

「こんにちは!」

 満開の笑顔を向けてくださったのは、なんと高橋美香さんご本人。参加者一人一人を「こんにちは」と「ありがとうございます」で出迎える表情はにこにこ明るく、スタッフの方と話す声もほがらかで、緊張気味だった肩からすぐに力がぬけました。オーガナイザーのKazueさんをはじめとする関係者のみなさんが、美香さん、美香さん、と呼ぶのを聞くうちに、私もおのずと美香さんとお呼びするようになっていました。

 こんなにもやわらかく温かい空気をまとった方だったのか。胸を突かれるようにそう思ったのは、最近になってTwitterで美香さんを知ったばかりの私の目に、美香さんは常に怒り、苦しみ、悲しんでいる人として映っていたからです。

 この二ヶ月のあいだ、パレスチナに友人や家族を持つ人たちが、SNSでリアルで、必死に叫びつづける姿を目にしてきました。かれらは常に怒り、苦しみ、悲しんでいる人として私の前に現れ、以降ずっとそうありつづけている。だけど違う、それはいずれも「本来のその人たち」じゃない。そんな当たり前のことを、美香さんとお会いして思い知りました。本当は一人一人に喜びや楽しみがあり、大小さまざまな関心事があり、パレスチナに目を向けてと発信しつづけるかたわらで、上手にできたごはんの写真をアップしたり猫を吸ったり詩を綴ったりしながら、各々の日常を送っていたはずなのです。なのに今のこの状況が、そうしたすべてを塗り潰している。

 悲しいです。やりきれないです。せめて、当事者にかぎりなく近いところに立つ人たちが血を吐くようにして上げる声を、少しでも遠くへ届けたい。

 そんなことを考えているうちに、スライドトークがはじまりました。

▶︎「パレスチナ料理を食べてきました(中編):高橋美香さんのスライドトーク」へつづく

#LunchTripパレスチナ西岸地区便

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