太陽を盗んだ男

太陽を盗んだ男(1979年:日本)
監督:長谷川和彦
配給:東宝
出演:沢田研二
  :菅原文太
  :池上季実子
  :北村和夫
  :神山繁

日本で最も有名なカルト映画の一つ。一介の理科教師が原爆を作り上げ日本政府を脅迫するというナーバスなテーマを取り上げ、社会に対する痛烈な批判を宿した作品。今でも語り継がれる数々の破天荒ぶりはもう二度と作ることができない映画として大勢の記憶に残る。
風采の上がらない理科教師がバスジャック事件に遭遇したことにより抱えていた鬱屈を解放させるため原爆を作るというところから話は動き出す。その前に交番の警察官を催眠スプレーで襲撃して拳銃奪う時点で荒唐無稽なのだが、それさえもプルトニウム強奪のための計画の一つという、何か無茶苦茶な力技。一見よく考えられているように見えるが、かなりの強引さが目立つ。が、それを凌駕するほどの沢田研二の無軌道でぼんやりした狂気に取りつかれた演技に説得力があり、惹きこまれていく。特に原爆を作る過程は工程の緊張感と出来上がったときの達成感は共感してしまった。原爆が完成した時にボブ・マーリーの「Get Up Stand Up」を歌い踊るシーンはただ純粋に大業を成しえた喜びを表しており、名シーンだと思う。
力業の応酬でスピードに乗った展開を観せてくれているので、止まることなく一気に観続けることができたのが印象。邦画によくある心理描写に重きを置きすぎて、ストーリーが止まってしまうこともない。理科教師が日本政府に要求する内容もまったく政治的ではなく、プロ野球ナイターの中継延長、ローリングストーンズの来日公演の実現など、愉快犯的な要求ばかり。ここに監督の皮肉があるようで、かつて社会的脅威だった過激派の行動は徒党を組まないと強気になれないが、理科教師は一人でも日本政府に強気で出ているという皮肉のようだ。それまでの日本が抱えていた負の側面を観たような気がする。
観終わるとやはり疑問は出てくる。まずプルトニウム自体がそんなに簡単に扱える代物でないはず。濃度や量によるだろうが、団地の一室で扱っていると強度の放射線で団地一帯が全滅する。それをポリのエプロンとゴム手袋で精製しているのは危険を通り越して壊滅状態になる。そしてプルトニウムは非常に重い。盗んだ時背負っていたが、そんなに軽々と運べない。原発研究所のセキュリティもそこまでザルではないだろうし、その他アクションに無茶が多い。
スリーピ-ス姿の刑事役、菅原文太が不死身のごとく理科教師の前に立ちはだかる。直接対決は最後だが、拳銃で撃たれても立ち上がり、逆襲してくる姿は鬼気迫るものがあり、さすが昭和の名優と感じ入った。ビルの屋上からで「いくぞぉ…、9番」というセリフには、何が何でもすべてを終わらせようとする迫力があった。その猛烈熱血ぶりが原爆を持て余している理科教師との対局的で印象的であった。
個人的な好みで申し訳ないが、池上季実子が可愛く可愛くて…。大人の女性のイメージしかなかったので、作中のDJ役が意外だった。可憐で溌溂として、声のトーンも明るく、作中では9番と名乗る理科教師への興味が尽きないジャーナリズムもまぶしくて、こんな魅力的な女優さんだったんだと感動した。
あらすじだけ聴くとナーバスかつシリアスな内容だが、観ているとコメディかと思うほどの皮肉や対比が根底にあり、2時間強の尺でも飽きがこなかった。撮影するにあたって、ゲリラ的に無許可でロケを敢行したり、皇居前での銃撃や当時のローリングストーンズの入国拒否の事情など、原爆制作以外にもタブーと思われる内容に踏み込んでいるのも大きい。今でも皇居が映画作中に出てくるのはほぼ皆無だが、ローリングストーンズは90年代に来日している。時代の移り変わりを感じた。
この作品はきわどいテーマと逮捕覚悟の無許可ロケのおかげで長らくしばらくパッケージ化はされていなかったという。自分の記憶では確かレンタルビデオ店の棚にVHSがあったような気がするのだが、ようやく21世紀なってDVDでソフト化されたらしい。かなりコアなファンも多いらしく、海外での評価も高い。その後のクリエイターたちに影響を与えている有名なカルト映画である。

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