人狼

人狼(2000年:日本)
配給:バンダイビジュアル、メディア・ボックス
原作・脚本:押井守
監督:沖浦啓之
出演:藤木義勝
  :武藤寿美
  :木下浩之
  :廣田行生
  :吉田幸紘

架空の昭和30年代を舞台とした、偽史SF。特殊強化服と重武装で固めた異様な治安組織とテロとの戦い。その内部で巡らされる争いと裏切り、そして救うことができない男女の関係を描く。ファンの間で知られる名前は「ケルベロス」。原作者、押井守のライフワークとして有名で、過去にもあらゆる媒体で作品化された。今作は藤原カムイ作の漫画を元に新しくアニメーション化されている。
物語の背景には第二次世界大戦がある。それも我々の知らないWWⅡ。ドイツが独裁者を排除し、連合国の中心として日英同盟を主軸とした枢軸国側に勝利した世界。ドイツに敗北した日本は占領統治を経て、新国家として再出発しようするが、経済は悪化し凶悪犯罪は増加。「セクト」と呼ばれる反政府組織の過激なテロ行為が頻発するようになる。対して政府は今までの警察機構「自治警」より、さらに強力な執行権限を首都圏域に限り認めた「首都警」を創設。中でも鎮圧の最前線に立つ「特機隊」は異様な強化服とオーバーキルの重火器を揃え「立ち塞がるものあればこれを撃て」の超武断的方針で周囲との軋轢を生んでいる。
特機隊の主人公が、爆発物を抱えたテロリストの少女と対峙した時、鎮圧のための発砲ができなかったところからストーリーは動き出す。彼には撃つ気はあったが、なぜか撃てなかった。それはなぜか。その答えを出せないまま、爆死したテロリストの少女の姉と名乗る少女と出会ってしまう。そして二人は関わりを続ける。そんな彼と少女の交流の背後で動き出す勢力があり、首都警・特機隊の存亡や、彼らの存在を良しとしない自治警の画策、首都警内部でのパワーバランス等、群像劇のテイストもある。
やはり強化服「プロテクトギア」の存在感は大きい。ドイツ軍の意匠を汲んだヘルメットに全身を覆う黒い鎧。紋章には地獄の三頭犬「ケルベロス」。赤く光る眼の暗視装置とガスマスクの異様さがただならぬ不穏感を抱かせる。武装もドイツ軍が使用していた機関銃や拳銃。対したテロリストが瞬時に蜂の巣にされていくシーンには、無慈悲への恐怖と自分の仄暗い暴力への欲求が入り交ざる。かつて実写版では数が少なかったが、アニメーション化すると数多く動いてくれるのがうれしい。でも本当は実写で1個師団ぐらい観たい。
特機隊に所属するための訓練も描いており、実戦さながらの仮定訓練は過酷。主人公も情け容赦なく模擬弾で撃たれていたが、その過酷さを、訓練から脱落した主人公の盟友が説明している。しかし盟友は首都警でありながら、特機隊と方針が異なる「公安部」に所属しており、主人公の心情・行動を理解して利用しようと画策していた。彼からは組織の一人として動こうとする強い意志とともに、主人公のようになれなかったコンプレックスからの弱い後悔が見え、屈折した悲しさを感じた。
アニメーションとしてはセル画を中心に作成された最後期の作品であり、雰囲気にはノスタルジックな質感を感じる。描くのは昭和中期の懐かしい風景。市電の架線と軌道が街中に張り巡らされ、デパートの屋上には遊園地とその空を舞うアドバルーン。新しい製品が並んだ商店やレトロ感を感じるファッション。暖かみのある作画がより古き懐かしき昭和を思い起こさせる。この頃に自分は生まれてもないが。
燃え上がった時代を背景に冷めた視点で救いようのない男女の関係の機微、治安組織同士の対立、内在する主導権争いの暗闘等、童話の赤ずきんを下敷きにストーリーは進む。が、赤ずきんと言ってもかなり古典に近い内容。赤ずきんは狼に食べられてそのまま死んでしまう内容の方。狼を特機隊や主人公、赤ずきんを少女としてみるとストーリーは破滅的になる。最後に主人公が選んだ行動とそれを望んだ少女の選択はやはり救いようはなかった。

追記
自分はこのケルベロスシリーズが大好きで過去作も視聴したし、藤原カムイの漫画も未だに持っている。欲を言えば、漫画の登場人物も出してほしかったと思った。その他、漫画で大きな背骨となった、首都警の存亡をかけたケルベロス擾乱も描いて欲しかった。そこまでいくと大掛かりになるが。
2018年には韓国でも実写化された。朝鮮半島統一後の治安悪化に対するカウンターとして特機隊が出てくるらしい。なるほど、と納得した。一ファンの妄想としては、本国ドイツのプロテクトギアやソヴィエト赤軍のモノ、米海兵隊のモノ等々これから出てくれないかなぁと思ってしまう。
更に妄想は尽きないが、特機隊の副長、半田元のその後も追ってほしい。地下に潜伏した半田が、自分が作り上げた諜報組織「人狼」を歴史の陰で動かしていくifストーリーも観たいなぁと一人盛り上がっていく。

 

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