返校 言葉が消えた日

返校 言葉が消えた日(2019年:台湾)
監督:ジョン・スー
出演:ワン・ジン
  :ツォン・ジンファ
  :フー・モンブォ
  :ツァィ・スーユン
  :ヂュ・ホンヂャン
  :シャジン・ティン
 
国民党独裁下の1960年代の台湾。自由や平等を謳った書籍が厳しく弾圧され、学校でも軍人がにらみを利かしているような暗い時代。そんな中でも一部の教師と生徒たちが秘密に読書会を結成。発禁にされた書籍を複製し、本の内容を読み合う活動を行う。しかし、主人公の少女が美術教師に心惹かれ始めたころから学校は憲兵の介入を受ける。そして雨の夜少女が誰もいない教室で目を覚ました時、異変と怪異が襲い始める。
台湾の苛政時代とホラーを組み合わせ、世界観はとにかく異様。主人公の女子高生と読書会のメンバーである男子後輩は荒廃した校舎から出られない。暗い夜空からは雨が降りしきり、暗い画像の中を手に持つ赤いロウソクの頼りない明かりが恐怖を掻き立てる。唐突に差し込まれる拷問や処刑の映像は観ていて精神的に来るものがある。頭に麻袋を被せられて連行されたあげく逆さづりに水責めを受け、殴る蹴るの暴力を振るわれる教師と生徒たち。暗く狂った時代に戦慄する。
物語は少女が教室で目を覚ましたところから始まるが、学校内は異様な雰囲気。暗くよどんだような教室・廊下が続き、教室の窓には「反体制的組織が見つかったため学校を封鎖する」という張り紙がべたべた張ってありただならない雰囲気。女子高生は思いを寄せる美術教師の後を追うが、背後には顔が見えない自分が近づいてくる。その中で読書会メンバーの男子後輩と合流する。電話が鳴り美術教師のかすれる声で「ここから出ろ」と忠告されるが、学校前は増水しており、外に出ることができない。用務員室では顔の半分をえぐられたような用務員が襲ってくるが、その用務員も官憲に似た化物に襲われ殺される。二人は恐怖の校舎をさまようこととなる。
その間に挟まれる回想で、学校は反体制的組織がいるということで憲兵の介入を受けたことが判明。教師のみならず生徒まで連行・拷問を受け、最後には処刑されたことまで示唆される。世界史の資料集で見たことがある、麻袋を頭にかぶされてトラックで荷物のように連行される姿に恐怖感じた。権力による暴力が行われ、ただ自由を求めた教師、生徒が拷問の果てに殺される。絞首刑でぶら下げられた生徒の姿が悲痛でこれも精神的に来る。
主人公の女子高生も悲しい存在。読書会には参加していないが、会を主催している美術教師に思いを寄せており、夜二人で山門の前で絵を描いている時間を楽しみにしている。しかし軍人の父が賄賂を受けたことで憲兵に拘束され、宗教に狂った母が夫の破滅を願っていたことで何かが狂う。美術教師は優しく励ますが、二人の間を疑った音楽教師から女子高生と別れるか、読書会を辞めるかを突き付けられ、女子高生とのささやかな交流を終わらせることを決める。これが決定的になり女子高生の悲劇が始まる。最初は美術教師への思いを淡く抱えていた可憐な女子高生が、眼が血走るような嫉妬と狂気が入り混じる表情となり、このシーンにも恐怖を感じた。
ストーリの途中で回想が何度も差し込まれのでやや難解になるが、エピローグ的演出でその理由が判明する。美術教師が後輩男子に生き残ることを願い、彼に一つの想いを託したことが最後のシーンに繋がっている。自由が当たり前になった現在のありがたさをしみじみと思う。
映像やカメラワーク、演出で十分恐怖を味わうことができるのだが、官憲の怪物は不要な気がした。それより麻袋を被せられた生徒が整列している姿のほうが恐怖を感じる。学校に居座っている憲兵が生徒を射殺するシーンも恐怖を感じる。下手なバケモノより人間が怖い。
作品を観ながら90年代に台湾へ旅行した経験を思い出した。儀仗兵の交代式の写真を撮っていると警備の兵から写真撮影禁止と激しくまくしたてられた。当時はもう軍の力は強くなかったが、日本では感じたことのない国家権力の威圧を感じた。あれも怖かった。

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