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【解説】令和5年予備試験(憲法)

【問題】(配点:50・制限時間70分)

 大手新聞社Aで記者として働いていたXは、編集方針等の違いからAを退社し、現在は、フリージャーナリストを自称し、B県を拠点に、主に環境問題について取材その他の活動を行っている。しかし、Xの取材及び発表の手段は、Aの記者だったときとは変化している。取材の手段について言えば、B県には、新聞社等の報道機関によって設立された取材・報道のための自主的な組織であるB県政記者クラブが存在するが、同クラブは、その規約上、日本新聞協会加盟社とこれに準ずる報道機関から派遣された県政担当記者のみを構成員としており、フリージャーナリストであるXは入会を認められていない。B県庁やB県警は、記者発表には、B県政記者クラブに所属する報道機関の記者のみに出席を認めているため、Xは出席することができない。また、Xの発表の場は主にインターネットとなり、自らの関心に応じて取材した内容を動画サイトに投稿し、閲覧数に応じて支払われる広告料によって収入を得ている。環境問題に鋭く切り込むXの動画は若い世代を中心に関心を集め、インフルエンサーとして認識されつつある。さらに、Xは、これまでに取材・投稿した内容に基づくノンフィクションの著作1冊を公表している。
 Xは、森林破壊に関する取材の過程で、SDGsに積極的にコミットしていることで知られる家具メーカー甲が、実はコストを安く抑えるために、濫開発による森林破壊が国際的に強い批判を受けているC国から原材料となる木材を輸入し、日本国内で加工し製品化しているのではないかと考え、甲に取材を申し入れた。しかし、甲は、輸入元は企業秘密に当たるので回答できないとして、これを拒否した。そこでXは、半年前に甲を退社し、現在は間伐材を活用したエコロジー家具の工房を開いている元従業員乙に取材を申し入れた。乙は当初、「退職していても守秘義務があるから何も話せない。」と言い、取材に応じることを断っていた。しかし、Xは乙の工房に通い詰めたばかりか、乙が家族と住む自宅にまで執ように押し掛け、「あなたが甲の行為を黙認することは、環境破壊に手を貸すのも同然だ。保身のためなら環境などどうなっても良いという、あなたのそんな態度が世間に知れたら、エコロジー家具の看板にも傷がつく。それでいいのか。」などと強く迫り、エコフレンドリーという評判が低下し工房経営に悪影響が及ぶことを匂わせた。そこで乙は、最終的には、名前を仮名にすること及び画像と音声を加工することを条件に、Xの求めに応じてインタビューを受け、甲はC国から原材料を輸入していると語った。Xは、このインタビューに基づき、「SDGsを標榜する甲の裏の顔」と題する動画を作成し、動画サイトに投稿した。動画には、乙が特定されない加工が施されていたが、Xが繰り返し取材をし、取材対象者に強く証言を迫る様子が映っていた。この動画は反響を呼び、その後、マスコミ各社が後追い報道を行ったこともあって、濫開発による森林破壊に加担しているとして甲の製品の不買運動が起こるなどの影響をもたらした。
 甲は、労働者との間に守秘義務契約を交わしており、同契約書には、原材料の輸入元を含む取引先の情報は守秘義務の対象となる企業秘密に含まれること、守秘義務の対象となる情報は、退職後においても、開示、漏えい又は使用しないことが明記されている。同契約書によれば、守秘義務に反した場合は損害を賠償することとされている。
 Xの作成した動画を見た甲は、乙が情報を漏えいしたと考え、乙に対して守秘義務違反に基づく損害賠償請求訴訟を提起し、その訴訟においてXを証人として尋問することを求め、裁判所はこれを認めた。Xは、証人尋問においてインタビューに応じた者の名前を問われたが、民事訴訟法第197条第1項第3号所定の職業の秘密に該当するとして、証言を拒んだ。これに対し甲は、Xの証言拒絶は認められないと主張している。
 この証言拒絶について、Xの立場から憲法に基づく主張を述べた上で、それに対して想定される反論や関連する判例を踏まえて、あなた自身の見解を述べなさい。

法務省ウェブサイト(https://www.moj.go.jp/content/001402749.pdf

答案構成

1.違憲主張の対象

Xのインタビューに応じた者の名前は、証言拒絶が認められる「保護に値する秘密」に該当するか(憲法適合解釈)

2.憲法条項との抵触

⑴ 憲法上の権利保障
報道の自由:国民の知る権利に奉仕するものとして、憲法21条により保障
取材の自由:報道が正しい内容を持つための不可欠の前提として、憲法21条の精神に照らし、十分尊重に値いする(博多駅事件最大決)

⑵ 憲法上の権利に対する制約
報道関係者の取材源がみだりに公開されると、取材源となる者との間の信頼関係が損なわれ、将来の取材の自由が制約される

⑶ 反論・私見
❶博多駅事件最大決は「報道機関の」報道の自由と取材の自由という「特権」に関するものであり、記者クラブの会員でないフリージャーナリストであるXは、これらの「特権」を有しない。
❷レペタ訴訟最判も、記者クラブ所属の記者にのみ筆記行為を認めたことは憲法14条違反ではないと判断している。

私見①:フリージャーナリストであっても、国政に関与するための資料を提供し、国民の知る権利に奉仕する点は、報道機関と異なることはない。
私見②記者クラブに対する優遇措置をすることに憲法14条との関係で「合理的な理由」があるとしても、報道の自由や取材の自由の保護の程度が劣ることにはならない。

3.判断枠組み

⑴ 学説・先例の判断枠組み
判例:比較衡量(NHK記者訴訟最判)
真実発見・裁判の公正 vs 秘密の公表によって生ずる不利益

しかし、取材の自由の重要な社会的価値に照らすと、真に取材目的でないとか、取材活動が刑罰法規に該当するなど保護に値しない場合を除き、原則として、証言拒絶を認めるべきである(西山記者事件)。
したがって、証言拒絶が認められないのは、当該民事事件の社会的意義や影響が重大であるため公正な裁判を実現すべき必要性が高く(目的)、当該証言を用いることが必要不可欠な場合(手段必要性)に限られる(NHK記者事件)。

⑵ 反論・私見
反論❸:Xによる取材は、閲覧数に応じて支払われる広告料目的であるから真に報道の目的から出たものではない。また、取材の手段・方法も、乙の職場のみならず、家族と住む自宅にまで執拗に押しかけ、エコフレンドリーという評判が低下し、乙の工房経営に悪影響が及ぶことを匂わせてはいるものの、社会観念上是認される手段・方法ではないから、取材の自由として保護に値するものではない。

私見③:しかし、Xは、元新聞記者であり、主に環境問題について取材その他の活動を行っていること、広告料目的であることは、他の報道機関も同一であることから、報道の目的であるといえる。また、取材の手段・方法も、暴行を用いたり、具体的な危害を予告するものではないから、脅迫罪や強要罪が成立するほどの違法性があるとまではいえない。熱心かつ執拗な取材なくして報道できないから、この程度の行為は社会観念上是認される。

4.当てはめ

⑴ 目的審査
本件訴訟は、甲の乙に対する損害賠償請求訴訟であるところ、争点は乙が情報を漏洩したか否かにすぎず、SDGsに積極的にコミットしている甲が濫開発による森林破壊が強い批判を受けているC国から原材料を仕入れていたという点は争点となっていない。したがって、当該民事事件は、公共の利害にかかわる重要な関心事とはいえず、単に乙に甲に対する損害賠償責任が発生するかという紛争にすぎず、公正な裁判を実現する必要性は高くない。

⑵ 手段必要性
また、本件争点の事実認定に当たっては、Xの証言は重要な直接証拠となるものではあるが、Xの作成した動画における発言内容、甲の従業員に対する証人尋問、乙に対する本人質問等、様々な立証手段があり得るところであり、Xの証言が必要不可欠とまではいえない。

5.結論

証言拒絶を強要することは憲法21条に違反するから、「保護に値する秘密」に該当



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