判例で書く答案例―平成30年司法試験(憲法)

平成30年司法試験より、公法系第1問(憲法)では、「判例で書く」ことが求められています。
しかし、受験生に教える側の弁護士が、「判例で書く」ことなく司法試験に合格した成功体験があるため、「判例で書かなくても合格できる」との受験指導がなされているようです。
他方、研究者教員の方々は、受験生による思考停止という事態を招くことから、答案例の公表には消極的です。
そこで、法科大学院の実務家教員である私こそ、「判例で書く」答案例を示す責務があるであろうと考え、試験的に公開いたします。
なお、平成30年司法試験の問題文(公法系)出題趣旨採点実感(公法系)は、各リンクより閲覧ください。

第1 規制の対象となる図書類の範囲

1 規制図書類と明確性
⑴ 本条例は、後述のとおり憲法21条1項で保障された権利を制約するため、萎縮効果を除去するべく条文が明確でなければならない。また、違反した場合には刑罰が科されるため(15条)、刑罰法規としての明確性も求められる(憲法31条)。
⑵ 徳島県公安条例事件判決は、明確性について、通常の判断能力を有する一般人の理解において、規制対象となるものとそうでないものが読み取れる必要があるとした。
⑶ 本条例7条は構成要件である「規制図書類」を定義するが、どのような図書が柱書の「殊更に性的感情を刺激する」、2号の「卑わいな姿態」に該当するが明らかではなく、憲法21条1項及び31条に反する。
法文としての明確性に限界があるとの反論も想定されるが、可能な限り条例の条文で、少なくとも規則や審査基準等で例示列挙することで、明確性を確保するべきである。

2 規制図書類の広汎性
本条例7条によれば、対象となる画像ないし図画を「含む」だけで「規制図書類」にあたることになり、水着のグラビアが掲載された漫画雑誌や週刊誌が規制対象になり得る。
「四畳半襖の下張」事件判決は、憲法21条1項の保障する表現の自由に配慮して、「わいせつ」の判断において「文書全体に占める比重」を考慮している。これと同様に、「規制図書類」についても、対象となる画像が過半を占める場合等に限定するべきである。

第2 規制の手段・内容

1 青少年の情報摂取の自由と8条3項
本条例8条3項は、青少年に対する規制図書類の販売等を全面的に禁止しているから、青少年の情報摂取の自由を制約する。
「よど号」新聞記事抹消事件判決やレペタ訴訟判決によれば、憲法21条1項の保障する表現の自由は、その派生原理として、情報摂取の自由を保障している。しかし、情報摂取の自由は、情報の取捨選択について自律的判断ができることが前提となるところ、選挙権もなく(憲法15条3項参照)、教育を受ける等の保護の対象である青少年(憲法26条2項)の場合、情報摂取の自由が保障される前提を欠く。
仮に、保障されるとしても、通常の表現の自由に適用される厳格な違憲審査基準は適用されず、相当の蓋然性があれば足りる。
青少年の健全育成は憲法26条2項に適合する重要な目的であり、規制図書類が未熟な青少年の制に関する価値観に悪影響を及ぼすことは社会共通の認識である。18歳以上になれば禁止は解除されることからも、8条3項が憲法21条1項に違反するとはいえない。

2 18歳以上の情報摂取の自由と8条
本条例8条は、日用品等の販売を主たる業務とする事業者の店舗(1項)と学校の敷地の周囲200メートル以内の区域(2項)おいて、規制図書類の販売・貸与を禁止するとともに、禁止されない店舗における陳列方法も規制している(4項)。これらの規制は、18歳以上の者が規制図書類を入手する途を制限するため、憲法21条1項が保障する情報摂取の自由を制約する。
⑴ この場合、岐阜県青少年保護育成条例事件によれば、「必要やむを得ない規制」といえる必要があるが、具体的な判断枠組みは明らかではない。
この点につき、規制対象が規制図書類に限定されているため、表現内容規制として、厳格審査基準を適用すべきであるとの反論が想定される。しかし、本条例は、表現活動により青少年に対して生じる害悪の発生を防止するための規制であるから、表現内容規制のように政府の許されない動機があるとはいえない。また、伝達するメッセージそれ自体を理由に禁止という表現内容規制の定義にあたらない。したがって、一般的な表現内容規制と「区別」できるため、表現内容中立規制のうち時・所・方法の規制と解するべきである。
時・所・方法の規制には、厳格審査基準は適用されないが、表現の自由を制約するものである以上、違憲性を推定するべきであるから、合憲となるためには、目的が重要であり、手段との間に実質的関連性が認められなければならない。また、これに加えて、憲法21条1項が保障する思想の自由市場を確保するべく、合憲とするためには、他の代替的な伝達経路も十分に確保されていなければならない。
⑵ 8条の目的は、㋐青少年の健全な育成の保護と㋑規制図書類を買うつもりのない人の見たくない利益であるが、岐阜県青少年保護育成条例事件判決によれば㋐は重要といえる。他方、㋑は法的保護に値するほどの重要性があるとは言い難い。
1項の店舗は青少年が買い物などで頻繁に訪れる可能性があり、2項の規制区域も学校の登下校に伴い青少年が立ち寄る可能性がある。そのため、これらの規制により、規制図書類を青少年や日常的に利用する店舗から遠ざけることできる。また、規制対象外の店舗であっても、通常の図書類と同じような陳列方法では、青少年が容易に規制図書類に触れることができてしまう。そのため、規制図書類の陳列場所であることを明示したうえで区別した場所に陳列すべきところ、単に区別するだけでは容易に規制図書類に触れることができてしまうため、「隔壁及び扉」により区別することで、心理的にも青少年が規制図書類を閲覧することが困難となる。したがって、いずれの手段も、目的㋐㋑を達成する実質的関連性が認められる。
さらに、約600店舗の小売店と約150店舗の書店の合計750店舗での販売ができなくなったとしても、通信販売での方法や、規制対象外の店舗で購入することは可能である。しかも、8条2項の規制区域の割合は、市全体に占める割合の約20%、商業地域の約30%であり、規制対象外の書店等は存在するから、18歳以上の者には十分な代替的伝達経路が残されている。
これに対し、規制図書類により青少年非行を誘発するおそれがあるとはいえないとの反論も想定されるが、本条例の目的を青少年非行のような外形的行為の防止ではなく、性格・情緒等の内面への悪影響の防止と解すれば正当化し得る。
⑶ したがって、本条例8条1項、2項、4項は、憲法21条1項に反するとはいえない。

3 職業の自由と条例8条
⑴ 8条1項
憲法22条1項は、「職業選択の自由」のみならず、職業を遂行する自由(営業の自由)も保障している(薬事法違憲判決、小売市場判決)。本条例8条1項は、日用品等を販売する店舗において、規制図書類の販売等を禁止することで、取扱商品を選択する自由を制約しているため、営業の自由を制約している。
司法書士法事件判決などは、営業の自由に対する規制に合理性の基準を適用しているところ、上記のとおり、本条例は、中間審査基準を満たすことから、合理性の基準によっても合憲となる。
これに対し、規制図書類を販売していること自体に集客力があるとの反論が想定されるが、約2400店舗の4分の1にあたる600店舗でしか販売していないうえ、売り上げ全体に占める割合は微々たるものにすぎないから、8条1項は営業の自由に対する制約を越えて、事業の継続が困難となるような規制であるとはいえない。
⑵ 8条2項
他方、本条例8条2項は、小中高等学校の敷地の周囲200メートル以内の規制区域の店舗において、規制図書類の販売等を全面的に禁止している。この規制は、規制区域の店舗は規制図書類の販売等をやめれば足り、販売の継続をしたいならば施行までの6箇月間に移転すれば足りるため、営業の自由を制約するが、上記のとおり必要かつ合理的といえる。
これに対し、薬事法違憲判決によれば、特定の場所での開業の禁止は、開業そのものの断念につながるため、本件規制により開業の継続が困難となり、実質的には職業選択の自由に対する制約といえるとの反論が想定される。この立場によれば、本条例の目的㋐は積極目的とはいえず、消極的・警察的目的に近いため、薬事法違憲判決が適用した厳格な合理性の基準を適用するべきであり、8条3項で青少年に対する販売を禁止し、8条4項で陳列方法を制限することで、目的㋐㋑のいずれも達成できるから、本条例2項は憲法22条1項に違反するとも思える。
たしかに、規制区域内で開業できないという点では、薬事法違憲判決と共通するが、本条例は、規制区域内で規制図書類の販売・貸与をするにすぎず、書店そのものの開業を禁止するものではない点で、同判決と「区別」できる。
すなわち、対象となる約150店舗の中で規制図書類の売上が全体の20%を超える店舗は僅か10店舗にすぎないうえ、規制図書類のみを販売・貸与する店舗は存在しないから、規制図書類の販売・貸与をする書店が、一般的な書店や薬局のような「職業」として確立したものであるとはいえない。また、規制区域が市全体に占める割合は、市全体の約20%にすぎず、市内の商業地機に限っても約30%にすぎないから、既存事業者が対象場所以外に移転することや、新規事業者が対象場所以外で開業することは十分可能である。したがって、本条例8条2項は、実質的な職業選択の自由に対する制約であるとはいえない。
さらに、8条3項が禁止するのは青少年に対する規制図書類の販売・貸与であり、立ち読み等は禁止していない。そのため、仮に8条4項の陳列方法を遵守したとしても、青少年が規制図書類の陳列棚に立ち入ってしまえば、目的㋐が十分に達成できるとはいえない。
⑶ 8条3項
本条例8条3項は、事業者が青少年に対して規制図書類を販売・貸与することを禁止している。この規制は、規制区域の店舗は規制図書類の販売等をやめれば足り、販売の継続をしたいならば施行までの6箇月間に移転すれば足りるため、営業の自由を制約するが、上記のとおり必要かつ合理的といえる。
⑷ 8条4項
8条4項は、規制図書類とそれ以外の図書類を扱っている書店等に対して、陳列方法等の規制をすることで、陳列方法の自由を制約しているから、営業の自由に対する制約といえる。
陳列方法の規制により、心理的に青少年が規制図書類を閲覧することが困難となり、見たくない者が不意に目にすることもなくなるから、目的㋐㋑との間で必要かつ合理的であるといえる。
これに対し、内装工事を伴う「隔壁及び扉」により区別する必要はなく、什器の配置やカーテンで仕切るなどの手段で足りるとする反論も想定されるが、立法政策上の問題にすぎず、8条4項が不合理であるとまではいえない。
⑸ よって、本条例8条は、憲法22条1項に反しない。

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