研究室運営の一例

日頃お世話になっている同じ分野の先生が、「いろんな先生が研究室運営方法をウェブに載せて事例を増やすとよい」という話をされていましたので、それにならって僕も自分の研究室運営の事例を紹介しようと思います。

前提

  • 当該教員は現時点で、勤務先大学にて理学部情報科学科の4年生および、理学専攻情報科学コース/領域の大学院生を指導しています。2024年度新設の共創工学部文化情報工学科を兼担しており、2027年度からは文化情報工学科の4年生も指導します。2032年度末に教員の定年退職を迎えます。

  • 研究室配属希望学生への正式なメッセージはこちらに掲載しています。

  • ほぼ全員が修士(博士前期)課程に進学します。大半の学生は修士で就職し、ほぼIT業界に就職します。いわゆる文系就職や起業などの学生はほとんどいません。博士後期課程に進学する学生も多数いますが、その大半は企業に就職しながら社会人学生として進学します。社会人学生ではないフルタイム学生として進学した学生も、大半は最終的に企業に就職します。むしろ「アカデミア研究者にならない人も積極的に博士後期課程に進学しよう」という方針で研究指導をしています。

  • 2024年度の学生数は以下のとおりです。学部生がほぼ全員内部進学し、他大学や留学生が大学院進学時に加入するため、大学院生のほうが学部生より多くなります。

    • 博士後期学生10人(うち9人が社会人学生)

    • 博士前期2年8人

    • 博士前期1年11人(1学年でこの人数は勤務先ではかなり異例)

    • 学部4年3人

個人面談から始まる研究室生活

当研究室は「自分で研究テーマを選べる人はできるだけ自分で選んでもらう」という方針に立っています。「何をするかを学生自身で選べる点が学生研究の醍醐味である」という当該教員の考えにもとづくものです。
この方針に沿って、研究室配属から半年間は定期的な面談を繰り返し、学生の興味や希望を聞き出し、どのようにすれば研究になるかを議論して研究テーマに昇華します。(ただし、教員の持ちネタを研究したい人や、企業共同研究に参加したい人もいますので、そのような人はその意向を尊重します。)
半年経過以降は教員と学生の面談は申込制にしています。面談の頻度は学生によってまちまちになります。ただし、後述するように全員参加ゼミでの発表も定期的にあり、学会発表の頻度も高い研究室なので、多くの学生は一定の頻度で面談を申し込みます。教員の日程はGoogle Calendarに細かく入力されているので、学生がそれを見て日時を指定して面談を申し込みます。

全員集合ゼミ

研究室単体としての全員集合のゼミは原則として週1回開催します。各学生からのゼミ発表の内容には、各自の進捗報告、論文サーベイ報告、学会発表練習などがあります。教員から指名する形で毎週何人かずつ発表します。週によっては学生による英語でのプレゼンがあり、他の学生が英語で質問して発表者が英語で回答する、という練習もしています。
教員からは研究の進め方について各種の説明をすることがあります。その中でも、サーベイ方法発表練習方法論文執筆方法についてはウェブでもゼミ資料を公開しています。
研究内容に関係ない取り組みとして、毎年4月には【研究内容以外で】という制約で学生全員が自己紹介プレゼンをする週があります。これにより学生はお互いの嗜好や話題を知ることができます。また5月には「就活ゼミ」といって、博士前期2年の学生がどのように就職活動をしてきたかを後輩学生にプレゼンする週があります。
なお、2024年度現在で全員集合ゼミでは感染対策を続行しています。毎週のゼミはハイブリッド形式にして、少しでも体調の悪い人は自己申告の上で自宅等からオンライン参加してもらっています。

多様な中間発表の機会

まだ学会発表するほどの完成度にいたってない学生にも、当研究室では多様な中間発表の機会があります。
まず、5月下旬か6月上旬に1泊2日のゼミ合宿を実施しています。その年度に新しく研究室配属になった学生のデビュー発表があり、10分間発表して先輩学生が20分質問する、という形をとっています。
このデビュー発表だけでなく、学内の近隣分野の研究室とのオンライン合同ゼミでの発表の機会や、いくつかの学外の研究室との合同ゼミなど、研究の途中経過をカジュアルに発表できる機会が多数あります。このうち明治大学中村研究室との合同ゼミについては報告が載っています。
また、当研究室が従事する可視化という分野では、多数の大学の研究室による合同研究会(コロナ禍前は1泊2日の合宿、2024年現在では2日間の通学)が毎年企画されており、当該分野の多くの専門家が集まる中で中間発表ができる形になっています。
勤務先大学では公式な中間発表会がなく、各研究室が任意に中間発表会を開催する習慣があります。当研究室では卒業研究と修士論文の中間発表会を別々に実施しています。特に修士論文の中間発表会はハイブリッド形式で開催し、学外の多くの関係者にもオンライン参加を募っています。毎年非常に多くのオンライン参加から有益なアドバイスをいただいています。

多様な学会発表の機会

当研究室が主に従事する可視化という研究分野では、国内では学会開催の機会が少なく、むしろ他の分野の学会にも可視化のセッションが組まれることが多数あります。これを利用して当研究室では、可視化の学会だけでなく、例えばヒューマン・コンピュータ・インタラクション、コンピュータ・グラフィックス、データ工学、人工知能、その他の分野の学会にも進出しています。
さらに当研究室では、可能な限り「発表したい学会を学生に選ばせる」「多数の学生に関係がありそうな学会を紹介して発表を立候補させる」というシステムをとっています。学生の発表先の選び方もさまざまで、当然ながら自分の発表内容に近い分野の学会を選ぶのが原則になりますが、一方で、魅力的な場所で開催される学会や、魅力的なイベントが企画される学会、面白い人が多数集まる学会、などには人気が集まる傾向にあります。
このようなシステムが成立するのは、ひとえに学会発表に積極的な学生が集まる研究室だからということであり、教員としては非常に恵まれた指導環境にあるといえます。

研究留学

当研究室では2~3か月の研究留学を積極的に斡旋しています。2024年度までに8校の研究室にのべ47人を派遣しています。博士前期1年での留学が大半を占めますが、博士前期2年以降で行く人もいます。日本学生支援機構から1人24万円の資金を頂いています。これだけでは足りないので学生の自腹も発生するのですが、それでも希望者は多く、年によっては学年の過半数が留学します。
留学先には自分の研究成果を持ち込んで、派遣先研究者との議論でそれを発展させるのが原則ですが、例外的にこれとは異なる形で研究に従事する人もいます。留学での成果は多くの人が現地研究者との共著で国際会議発表などにつなげます。
留学時期は原則として9~11月です。博士前期1年の人は就職活動が忙しい時期ですが、留学していたことが理由で就職活動が不利になったケースは特にみられません。博士前期2年で就職する人は内定式が重なりますが、留学が理由での内定式欠席が問題になったケースも特にありません。

研究面での「やっていない」こと

他の研究室に比べると以下のことはあまりやっていないように思います。

  • 特定の書籍や国際会議予稿を全員で読むゼミ。これは最近まで当研究室の研究分野が非常に広く、単一の書籍や国際会議で全員の研究テーマを網羅することが不可能だったことに起因します。最近ではいくつかの研究分野から撤退して学生の研究テーマも特定の方向に集約し始めているので、この方法を採用してもいいのかもしれません。

  • 先輩学生が後輩学生を指導するチーム作り。当研究室は自分で研究テーマを考える学生の割合が高く、学年ごとの研究分野の振れ幅が大きいため、先輩後輩間のマッチングが取れないというのが当初の理由でした。これも、今後はこの方法を採用できる面があるかもしれません。

研究以外のイベント

当該教員は「研究室は研究のためだけの場所ではない」という考えにたって研究室を運営しています。学問を究めるだけでなく、スキルをつける場所であり、卒業後の進路を考える場所であり、学生生活を後から思い出せるイベントを多数経験する場所であり、卒業後も続く友人関係を培う場所であると考えています。
このような考えと関係あるかわかりませんが、研究以外の研究室イベント(例えば懇親会の類)は少なくないと思います。ただ前提として、研究以外のイベントも全員に告知するものの、参加はあくまでも自由形式です。
また、自分で言うのもなんですが、当研究室は所属学科のイベントにもかなり力を注いでいることを自負しています。3年生向けのオリエンテーション合宿での研究室紹介プレゼンでは、非常に時間をかけて凝ったビデオを制作するのが一種の名物になっています。また学科主催の謝恩会は2013年頃から長期にわたって当研究室が幹事を務めています。

博士後期課程への進学

当研究室では2024年度までに26人が博士後期課程に入学していますが、その半分以上は社会人学生としての入学です。勤務先大学では、博士前期課程修了とともに就職し、さらに同時に社会人学生として博士後期課程にも入学することができ、しかもその場合には受験料と入学金が免除になります。この仕組みを多くの学生が利用して、就職しながら同時に内部進学します。
以前には当該教員による博士後期進学プロモーションのウェブページがメディアで紹介されて有名になったこともあります。

(他にも書くことができたら追記します。)

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