ビジュアル情報処理研究合宿2018社会人座談会

ビジュアル情報処理研究合宿( https://vipcamp.org/ )というイベントで「社会人座談会」という1時間半のセッションがありました。そのあとの立食も含めて、約50名の参加学生から膨大な質問を受けました。企業研究員および大学教員としての働き方、研究の進め方、そのほか多岐にわたって質問を受けました。せっかくなので自分の回答を覚えている限り書き並べてみました。

<企業研究所への就職>

・M1の夏休みに語学留学に行って、各国から来たクラスメートから刺激を受けた。「僕は海外の人と仕事がしたいので外資系に行きたい」と思うようになった。帰国したら、外資系企業の東京の研究所からSIGGRAPH採録論文が出たという話を聞き、自分もそこで働きたいと思うようになって応募したら採用になった。小学生並みに単純な動機。1社応募しただけで就活が終わったので、あまり広く考えないままに就職先が決まった。
・その企業には13年働いた。前半10年はCG系の部門にいたが、実際に着手した研究課題はCADとか可視化だったので、自動車衝突シミュレーションとかウェブアクセス分析といった一見CGっぽくないプロジェクトをやっていた。後半3年はインフラ(通信、セキュリティ、データベース)の研究プロジェクトに移った。
・いまにして思えばCG系の部門は社内人事的に孤立していて、その会社で出世するには有利でなかったかもしれない。後半3年のほうが会社員生活を謳歌していた。

<企業研究所の面白さと大変さ>
・僕がいた企業に関していえば、社内製品(ハードウェア、DBやWebなどの基幹ソフトウェア)の性能等をあげる研究について各部門に提案を出して社内研究予算をつけてもらうか、各業界(銀行、自動車、流通…)ごとの業務システムを先進化するための相談を受けるサービスビジネスを通して研究課題をみつけるか、どちらかの形でプロジェクトがスタートすることが多い。
・プロジェクトの命題は先に与えられていて、その中で問題解決につながる研究課題を見つけないといけない。研究テーマを選ぶ余地は狭いと思ったほうがよい。
・新しい時代を切り拓くための試行錯誤の一角にいることを実感できる。僕の場合、自動車衝突シミュレーションのプロジェクトの5年後くらいに、自動車死亡事故者の激減が報道された。モバイル通信のプロジェクトの5年後くらいに、スマホアプリが普通にWeb APIで通信するようになった。「時代が俺達に追いついた」みたいな感覚を持つ瞬間があり、それが人生のいい思い出になる。
・プロジェクトが成功するとウハウハ。社内表彰されたりプレスリリースされたりする上に、特許賞金を得たり論文も注目されたりする。二重三重においしい経験をできる。ただしこんな成功例は限られている。
・配属されたプロジェクトを要領よく消化した上で、本当にやりたい研究を水面下で進めたり、終わったプロジェクトを論文化するなどの作業を並行する時期もあるかもしれない。こういった複数のタスクを同時進行できるようにならないと個人業績を残しにくくなる。
・会社の都合でプロジェクトが突然終了して明日から全然別のプロジェクトに合流することがある。そうなると急ピッチで新しい分野を勉強しないといけないが、それでもその分野に追従できるようなスキルが求められる。
・プロジェクトが終了した時に「次にうちに来なよ」と声をかけてもらえるような人材を目指すことで人生が救われる場合がある。それはどういう人材なのかと言われると、僕だったら以下の3点をあげる。
  - スキルや専門性の面でキャラ立ちしている人
  - プレゼンやデモが上手くて発表会などの場で目を引く人
  - 飲み会などを通して交友範囲の広い人

<プレゼンの練習>
・昔はプレゼンの極意を教える書籍を見たことがなくて、先輩のプレゼンをよく観察してマネをしていた。
・社会人になったら「配付するスライド」を作る機会が増える。あれと学会発表等の「配付しないスライド」は全くの別物だと思わなければいけない。
・パワポはレイアウトの呪縛が大きい。たぶん他のプレゼンツールよりも呪縛されやすい。意図的に独自レイアウトのページを作るなどの方法により、単調なプレゼンになるのを避ける努力をすべき。
・何歳になっても時間を測っての発表練習は必須。むしろシニアな人のほうが発表時間を守れない人が多くてみっともないと思う。
・会社の偉い人に社内でプレゼンを見せるときに「2分で見せろ」みたいなことをよく言われる。2分と言われたら2分で説明できないと退場させられるような場面も見てきた。

<女子大への転職>
・大学の非常勤教員などを務めるうちに、自分は研究やビジネスよりも教育がやりたいのではと思うようになり、大学教員に興味を持つようになった。それと別に東京都心に転職したい個人的事情もあった。可視化というマイナーな研究分野を指定する珍しい人事募集が現在の勤務先大学にできたので、応募したら採用された。それがたまたま女子大だった。
・「女子大に勤めてみてどうですか」とよく質問されるが、あまりなんとも思わない。強いて言えば、女子は男子よりも覚えやすい(ファッションが多彩、さぼる人が少ない、毎回同じ席に座っている、など)のと、連絡スキルが高い人が多く心配のタネが少ない、というのは感じる。
・「研究成果に女子らしさはあるか」というのもよく質問される。男女の心理や認知の違いを解説した記事などに整合するような特徴を研究室内の成果の中に見ることもある。例えば男子のほうが奥行や立体感のあるものが好きな人が多いというが、確かに僕の研究室の可視化の研究は3次元より2次元が多く、整合している気がする。しかし、そういった傾向も偶然の一致のような気もする。
・女子大に弱点があるとすれば情報拡散力ではないかと思う。SNSひとつとっても鍵垢率が圧倒的に高い。実際問題として、普通なら口コミで伝わってそうなものを教員が説明しなければならない場面が結構ある気がする。

<学生時代の研究は何の役に立つか>
・研究成果自体や研究分野の専門知識が役に立つかどうかは進路次第。それよりも研究中に身につけたスキルは誰にでも役に立つ可能性がある。
・サーベイ、ディスカッション、ライティング、プレゼンテーション、といったスキルは他国の多くの大学では授業科目で習得する。日本にはそういう科目があまりない代わりに卒業研究が必修なことが多い。むしろ学部の卒業研究が必修科目な国は珍しい。日本の卒業研究はスキル習得の数科目分の役割を担っている。
・自分が解決すべき課題をできるだけシンプルにまとめるスキル、研究結果を正当かつ効果的に示すスキル、なども重要だが、わりと認識されていない気がする。
・短い時間で研究を説明して長い時間をかけて質疑する経験も重要。僕の研究室では学部生が10分発表して院生が20分質問するといった日を設けている。この研究合宿もそういった経験のための最適な時間。
・進捗が出なくて苦しんでいる時こそ成長している時。アイディアが思いつかなくて練っている時、問題解決方法が見つからなくてさがしている時、プログラムが動かなくてもがいている時、などは本当に重要な時間。

<学生が自由に研究テーマを選ぶことについて>
・研究室配属になったらまず学生にやりたいことを聞く。やりたいことがある人はできるだけやってほしい。最近はむしろ「やりたいことをやらせてくれそうだから」という理由で僕の研究室を志望してくる学生もいる。
・「何がなんでも自分のやりたいことを研究テーマにする」という気合の入った学生の中には、初回面談の時点で既に研究テーマ案を10個くらい持ってくる学生もいる。
・やりたいことが僕の知識から離れていたら、僕は自分で検索するだけでなく、積極的に学外の知人に問い合わせて情報を得る。乗り気な人は最初から共著者に巻き込む。僕の研究室の学生発表の80%くらいは学外の人が共著に入っている。
・何が研究テーマになるかを特定するプロセス、課題を発見するプロセスこそ、学生時代に習得すべき重要な体験のひとつ。最初から研究テーマを与えたらその体験の機会を失うことになる。研究テーマを自分で探す時間を持つべき。
・やりたいことを持ってくる学生がたくさんいるおかげで、何歳になってもエキサイティングな大学教員生活を送れる。これは本当に学生たちに感謝しなければならない。
・やりたいことがないと入れない研究室というわけではない。最初から「先生の研究ネタをください」という姿勢でくる学生もいる。やりたいことがあっても研究テーマとして昇華できずに時間切れとなって僕の研究ネタに着手した学生も過去にいたし、やりたいことをやってみたけど上手くいかなくて修士進学後に僕の研究ネタに移った学生も過去にいた。
・研究テーマが乱立しすぎていて学生どうしでの情報共有や協業の機会が少ないのが最近の悩み。以前は開発環境やプログラミング言語などを統一していたので、学生間のスキル面での情報共有がある程度あった。しかし最近では、研究テーマごとに必要なデバイスやライブラリが異なり、そのせいで開発環境やプログラミング言語まで異なってくるので、研究に必要なノウハウを学生間で共有することさえ進みにくくなっている。この点について解決策がない。

<可視化という研究分野>
・「こんなに便利な技術なのになぜ研究者が少ないの?」とよく質問される。正しくは「他国では研究者はとても多いが日本では不当に少ない」だと思っている。欧米ではCGの研究室が可視化の研究室に鞍替えした例が結構ある。理由は単純にカネになるから。
・可視化がカネになる用途の例として、物理、生命情報、国防、災害対策などがある。欧米や中国では国策としてこれらのためのIT技術に投資しており、可視化がその重要な位置にいる。国策の中に可視化がある。危機管理とか意思決定などの工程において特に有用とされている。日本ではこれらの国策においてそもそもIT技術はちゃんと投資されているだろうか?
・ただし、日本はゲームやアニメに誇りを持っている国なので、CGの研究室がCGを続けること自体は素晴らしいと思っている。
・外資系企業の研究所にいたせいで「他国では重要視されているけど日本では手薄な研究分野」がいくつかあるのがよく見えた。可視化だけではない。博士に進学する人の割合が他国より低いので手薄な研究分野ができるのも当然といえば当然。

<趣味(コンピュータミュージック)>
・中学生の時から作曲を趣味にしていた。30歳くらいの時にFM放送の番組テーマソングに自作曲を使ってもらったことがある。それとは別に大学生の時にクラシック音楽のアマチュア指揮も務めていた。
・コンピュータミュージックはCGと同じくらい敷居が高い。最初から高性能なソフトウェアを使ってしまうと却って覚えられなくなる。無料配布しているシンプルなソフトから始めたほうがいい。
・音楽情報処理の研究にこれらの経験も役に立っている。その観点からも、やりたいこと、あるいは自分の詳しいことから研究テーマを探すのは面白い。

<時間の使い方>
・Googleカレンダーに正確に自分の予定を入力して学生に公開する。学生には僕の空いている時間を早い者勝ちで予約してもらう。研究の進捗量は予約力に比例するといっても過言ではない。
・自分でも毎日Googleカレンダーを眺めて、時間が細切れな日には細切れな雑作業をして、時間がたっぷりある日に集中的にプログラミングや論文執筆を進めることにしている。生涯現役でいたいので自分でもプログラムを書くし、筆頭著者で論文を書くことも登壇発表することもある。
・メールやメッセージには極力早く返信する。そうすれば相手が早く動けて相手が早く進捗を作れる。自分の進捗より相手の進捗を先に考えたほうが総合的にはうまくいく。
・自分の仕事の方法論はかなりビジネスライクであり、学者肌な人とは対極な位置にいる。学者らしい人から影響を受けたければ僕の研究室なんかには来ないほうがいい。
・「仕事が速い」以上に万能で汎用的なスキルはないと思っている。

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