勤務先の選択科目で書評執筆を依頼された

勤務先大学でアントレプレナーシップ(ビジネスや起業の心得)に関する特別講座科目があり、その中のアイディアソンか何かで「評論を書きあうウェブサイト」を作ったチームがあったそうだ。そしてなぜか「教員による書評を載せたい」という意見が出て、僕がその評者として指名された。大学教員という職種は全くもってどんな仕事が回ってくるか想像がつかないものである。
というわけで書評を提供したのだが、ひょっとしたらその特別講座科目の履修者しか見ないかもしれないウェブサイトに提供してそれっきりというのもナンなので、紛失する前にここにコピペしておく。なお、ビジネスに興味をもつ学生(おそらく履修者は文系学生が多い)向けに選んだ書籍であり、ビジネスに興味をもつ学生向けに書いた書評である、という点で書評の内容にバイアスがあることをご了解いただきたい。

書評1: 新 企業の研究者をめざす皆さんへ
著者名:丸山宏
ISBN-978-4-7649-0606-8

 僕はお茶の水女子大学に赴任する前に13年間ほど企業研究所に勤めていた。企業研究所の日々は本当に濃密な日々であった。研究所なのでアカデミックな業務にも縁があったし、また企業の最先端技術をオープンにする役割も果たしていた。しかし一方では、企業の利益の根幹となる業務に直結する研究も多数あり、重要な製品・サービスとの接点も多数あった。社内のキャリアパスひとつとっても、研究所内で昇進する、エンジニアやコンサルタントなどに転身する、といった多彩な選択肢があった。またポテンシャルの高い業務を担った経験を活かして、ベンチャー企業等に転職して華々しい活躍をする人も多数いた。いまにして思えば、僕が在籍していた企業研究所には実に多彩な可能性が拡がっていたと思う。企業研究所を目指せる学科にいる学生の皆さんには、ぜひ企業研究所を人生の選択肢の一つとして目指してほしいと考える次第である。
 本書は企業研究者としてのスキルやキャリアの考え方を網羅的に解説する書籍である。とはいえ、研究者をめざさない人にも参考になる内容も豊富に語られており、どちらかといえば研究者に限らず先端的な企業で専門性の高いキャリアを歩みたい人全般に参考になる内容となっている。
 本書の2章では研究における問題発見や問題解決手法が述べられている。5章では研究者のリーダーシップが語られている。これらの能力は研究者に限らずエンジニアにもビジネスパーソンにも必要な能力であり、そして研究という工程はこれらの能力を鍛えるための一手段でもある。なぜ学生は卒業研究という必修/選択科目を通して研究を体験する必要があるのか、という疑問に答える例としても読むべき価値があるように思う。
 本書の3章では研究者の論文執筆・プレゼンテーション・議論・交渉といった各種プロセスについて解説されている。ここで僕が特に感銘を受けたのは、企業研究者が論文を書く意義についての議論である。企業における論文は、それ自体が利益を生むわけでもなければ社員の給与に直結するわけでもない。しかしそれでも論文には、研究成果の蓄積と社会へのフィードバック、企業ブランドとしてのメッセージ、研究力の向上、といった多くの意義があることを本書では議論している。もうひとつ感銘を受けた点に異文化(主に外国人との)コミュニケーションに関する議論がある。「見えないのはいないのと同じ」というフレーズに沿って、研究やビジネスにおいて自分の存在感を示す必要性をわかりやすく議論し、その手段を述べている。こういうモチベーションは誰からでも習えるものではない。本書には研究者をめざす人のモチベーションを高める議論が随所に散りばめられている。
 本書の4章にはキャリアに関する考え方が議論されている。専門性を変えること、職種を変えること、勤務先を変えることがあげられている。これらは研究者以外の職種に就く人でも何度か考えることであろう。大企業に就職する人の多い本学の場合、同じ企業にいて職種を変える可能性は頻繁にやってくるだろう。一方で結婚や出産を機に勤務先を変える人も少なくない。この章は研究者をめざす人に限らず多くの人の参考になる章である。著者自身が外資系IT企業、メーカー系日本企業、独法系研究所、AIベンチャー企業と多彩なキャリアを有し、その中で多彩な職種を経験していることからも、非常に広い視野で職種や勤務先を語っていることが特徴でもある。
 研究職をめざす人にはもちろん、それ以外の専門性の高い各種の職種をめざす人に広く読んでほしい一冊である。

書評2: 数式なしでわかるデータサイエンス ビッグデータ時代に必要なデータリテラシー 
著者名:Annalin Ng, Kenneth Soo (訳:上藤一郎)
ISBN-978-4-274-22401-0

 「データサイエンティストは21世紀で最もセクシーな職業である」これはアメリカのビジネス誌での有名なフレーズである。この言葉に代表されるように、データサイエンスは理系の科学者・技術者だけでなく、企業経営者、社会分析者、その他あらゆる業務において重要な情勢となっている。学問としてのビジネスの修得を目指す学生にも、データサイエンスは注目すべきキーワードとなっている。そのような中でお茶の水女子大学にもデータサイエンスのコア科目が新設されて、文系理系を問わず多くの学生が履修している。
 データ分析の熟達者になるための王道的な手段は数学とプログラミングを学ぶことである。僕もこの情勢を機会に数学やプログラミングのできる人が増えれば嬉しいとは思う。しかし必ずしも、データ分析の学習の第一歩として数学やプログラミングから始めないといけないと決まったわけではない。そもそも時間割の関係で1年生のうちに数学やプログラミングの授業を履修できないという学生だっているであろう。一方で、数学やプログラミングに最初から熟達していなくても、データ分析の概念を知っていて、誰かが書いたプログラムを動かして結果を解釈できる、というだけでも十分に通用する業務もあるはずである。ということは、まずデータ分析の概念を知って、分析結果を解釈できるようになり、それに続いて必要であればデータ分析の中身を理解するために基礎にさかのぼって数学やプログラミングを勉強する、という順番で勉強する人がいてもかまわないはずである。本書が訳書であるということからも。数式の理解を後回しにしたデータサイエンス学習のニーズが海外にも実在することがわかる。
 本書はそのようなタイプの初学者にピッタリの入門書である。本書にはクラスタ分析・主成分分析・相関ルールなどをはじめとして、現代のデータ分析に適用される多くの手法が網羅的に紹介されている。データ分析の専門用語も容赦なくたくさん出現している。そしてB5判の小さい書籍であるにもかかわらず、各手法の説明は10ページ程度でごく簡潔にまとめられている。非常に密度の濃い入門書である。専門用語がコンパクトにリストアップされていることから、用語集として用いることも可能である。その一方で、タイトルにもある通り数式は全く使われていないし、ところどころに挿入されるイラストも非常にキャッチーで親しみやすい。データ分析への苦手意識を払しょくするにも最適な書籍であろう。
 本書のもう一つの特徴は、データ分析を切実に必要とする業務(マーケティング、犯罪分析、食品分析など)を例題にした説明が多数提供されているという点である。これによってデータ分析の手法を知るだけでなく、データ分析の必要性を実感するという意味でも優れた書籍となっている。
 本書のあとがきにて訳者は、「データを使いこなすにはデータに関する知識が必要」と述べている。裏を返せば、既にデータ領域の知識を有する人がデータ分析を駆使できれば鬼に金棒であるとも言える。本学には生活科学やジェンダー学をはじめとして、本学ならではの特色あるデータ領域が多数存在する。このような学問に従事する人がデータ分析を駆使できるようになれば、まさに鬼に金棒という状態になれるであろう。そのような方々への入門書のひとつという意味でも本書を勧めたい。

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情報科学科の教員。http://itolab.is.ocha.ac.jp/~itot/
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