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少年野球をめぐる現実とファンタジー:日本未公開野球映画を観る(46)

Twelve(2019)

※「日本未公開野球映画を観る」カテゴリーの作品については、基本的に結末まで紹介しています。ご了解のうえお読み下さい。

挫折と栄光

 少年野球の選手と家族が経験する葛藤を描くドラマ。
 12歳になるカイルは才能ある外野手だが、引っ越してきたコネティカット州の町の少年野球チーム(「オークウッド」)のトライアウトで選抜チームに入ることができなかった。父が見つけてきた他の町のチームで選抜メンバーに選ばれたカイルは、父と兄の協力を得ながら努力を積み、州大会の決勝で自分を認めなかったオークウッドと対戦する。
 1点リードした最終回、投手が打球を受けて負傷すると、カイルは志願して登板。彼はかつて死球を当てた相手が重傷を負って以来、投げるのを拒んでいた。最初の打者を故意に歩かせたカイルは、かつて彼を馬鹿にした選手と対決して打ち取り優勝。チームは「ワールドシリーズ」と呼ばれる全国大会に進み、準優勝したという後日譚がエンドタイトルで紹介される。

過剰なまでのハッピーエンド

 このようにシンプルなストーリーのファミリー向け作品で、理不尽な仕打ちをした相手を努力によって打ち負かすハッピーエンドだが、結末のハッピーさはやや過剰である。
 決勝戦が終わった後に親子のもとにやって来たのは、学業も野球も超名門のスタンフォード大学のスカウトで、高校生の兄ゼビアに全額給付の奨学金をオファーする。カイルはどうかと問う父にスカウトは、彼には数年後に多くのメジャー球団がすごい条件を提示して誘うはずなので、スタンフォードでも太刀打ちできないと答える。またこの直前には、自分の仕事相手の子どもを優先してカイルを選ばなかったオークウッドのコーチが謝罪に来て、カイルの父も「あのときチームに入れなかったおかげで頑張ってここまで来られた」と和解している。
 少年野球のシンプルなストーリーとはいえ、苦かったり醜かったりするエピソードがいくつも含まれている。明らかに実力が上のカイルが「大人の事情」でチームに選ばれなかったり、それに対して父は、他の町にアパートだけ借りてそこに住んでいることにしてその町のチームにカイルを入れたり、あれこれ指図する父にカイルが「じゃあどうして父さんはプロになれなかったの?」と尋ねたり、父は仕事で年若い上司に無理を強いられていたり、高校生になった兄はガールフレンドとの交際を優先して野球には身が入らなくなったり、挙げればキリがない。
 しかしこれらは全くと言っていいほど回収されず、「結果オーライ」のハッピーエンドで終わる。上記のエピソードはいずれも少年野球をはじめ、子どもがスポーツをする/させるときに起こりがちな問題や難しさで、共感できるものである。しかし、兄弟が非現実的なほどの才能を持っていたことですべてが置き去りにされたというか、それによって全部解決してしまったわけで、子どものスポーツをめぐる現実的なストーリーがファンタジーに置き換わって本作は終わるのである。
 ただ、この時点では超がつくほどのハッピーエンドでも、兄弟はこの後、その才能ゆえにまた別種の困難にいくつも遭遇するはずだ。「それはまた別の話」だが、そう考えれば本作は、これまでいくつも紹介してきた「野球後」映画のプロローグ、と位置づけることもできるだろう。

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少年野球と野球観の日米差

 ところで本作には、アメリカの少年野球事情や日米の違いについて知らないとややわかりにくい点がいくつかある。
 まず「トラベルチーム」という言葉が「オールスターチーム」とか「Aチーム」と似た意味で出てくるが、これはどんどん遠征(トラベル)して各地の強豪と対戦するチームという意味で、「シリアスプレーヤー」によるチームと言ってもいいだろう。親の負担はより大きく、本作にも「時にはフライト(飛行機による移動)までしないといけない」といったセリフが出てくる。これに対して、遠征はせずに近場で楽しみや自己肯定感のためにプレーするチームを「レク(recreation)チーム」と呼ぶ。チームの目的や志向性のこうした違いは日本にもあるが、違いを表現する決まった言葉はなく、なんとなく「あそこは強豪」「あそこはゆるい」といった形で了解されるにとどまる。
 もうひとつ、カイルは投手としても非凡な才能を持っているが、上述の理由で投げるのを拒み、外野手一筋でやってきた。しかしオークウッドで「投手なら選抜チームに入れるのに」と言われ、父親も投げさせようとする。この背景には、投手を希望する子どもが少なく、特に才能ある子は野手(打者)をやりたがるという事情がある。うまい子や良い選手はまず投手、という日本とは基本的に野球観が違うことを反映している。

 最後に、ひとつ嬉しい場面。冒頭、引っ越す前のチームの試合のシーンで、センターを守るカイルはフェンスによじ登って「ホームランキャッチ」を試みるが、自分もフェンスの向こうに落ちて捕球できずホームランになってしまう。次は何とか成功させようと彼がYouTubeで見ている動画は、山森雅文が1981年に西宮球場でやったあのホームランキャッチなのだ。というわけで、本作にはこの打球を打った弘田澄男も打たれた山田久志も「出演」している。この伝説のプレーは来る9月16日に40周年を迎える。

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