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18年後の「セカンドチャンス」:日本未公開野球映画を観る(15)

Bottom of the 9th(2019)

※「日本未公開野球映画を観る」カテゴリーの作品については、基本的に結末まで紹介しています。ご了解のうえお読み下さい。
 特にこの作品は、今後日本で公開される可能性がある(ような気がする)のでご注意下さい。

刑務所からマイナーリーグへ

 「どん底」に落ちて一度は諦めた元選手が「復活」をめざすドラマ。
 ソニー・スタノは20歳でヤンキースに昇格した直後、街角でからんできた若者に激高して殺してしまい、シンシン刑務所(『ティファニーで朝食を』1961)に服役。18年ぶりに出所して地元ブロンクスに帰るところからストーリーは始まる。母は既に他界し、謝罪に行った被害者の家族には拒絶されるが、生活のため鮮魚商で働き始める。
 別れた恋人アンジェラと偶然再会したソニーは、現役時代のコーチが監督を務めるヤンキースのファーム・チーム(スタッテンアイランド・エンパイアズ)に誘われ、傲慢な新人マニーの指導を任される。聞く耳を持たないマニーに打撃を見せるうちに、彼の力は衰えていないことがわかり、現役に復帰する。
 やり直そうとするソニーとアンジェラだが、アンジェラの従兄で警官のビリーには彼女から離れるよう命じられ、球場でも「人殺し」と野次られたりする。それでも打棒を見せるソニーにヤンキースは昇格を検討し、キャッシュマンGMがスカウトを派遣するが、その試合の前にソニーは何者かに襲われる。大ケガをしたソニーは試合途中に球場に現れて代打でホームランを打つが、これが結末で、ヤンキース復帰が叶ったかどうかは観る者に委ねられる。
 なお、チームにはイチローを思わせるストイックな日本人のスター選手ナカハラがおり、3000本安打に迫りながらケガからのリハビリ中だというが、「常にこれが現役最後の試合だと思ってプレーすれば、いつか報われる」とソニーに助言する。

ニューヨークで完結するストーリー

 マンハッタンからフェリーですぐのスタッテンアイランドには実際にヤンキースのショートシーズンA級のファーム「スタッテンアイランド(SI)・ヤンキース」があり、ユニフォームもピンストライプだが、本作ではチーム名もユニフォームも違うという設定である。
 外野後方に海をはさんでマンハッタンを望むこの球場(リッチモンドバンク・ボールパーク)は全米でも屈指の絶景だが、その先にあるヤンキー・スタジアムは、マイナーリーグの底辺のここからでは遥かに遠いことが逆に際立つ立地と言えるだろう。
 主人公はブロンクスで生まれ育ち、ヤンキースと契約して昇格を果たし、そこで事件を起こしてハドソン川上流のシンシンで服役、復帰してスタッテンで再びヤンキー・スタジアムをめざすという、すべてがニューヨークで完結するストーリーで、現実的ではないものの、映画的にはきれいにまとめられている。
 なおSIヤンキースは2020年シーズンの日程をすべてキャンセルしたが、ショートシーズンA級の再編に伴い、21年には存在しないことが決まっている。このSIヤンキースと、メッツ傘下で対岸にあるブルックリン・サイクロンズは、ロー・レベルのマイナー球団が親球団と同じ都市内に立地して豪華な球場でプレーする異色のフランチャイズだった。本作の舞台となったスタッテンの球場には今後独立リーグの球団が移転してくる可能性もあるという。

どちら側に立って見るか

 罪を犯した者の復帰、復活への道筋をどちら側に立って見るかは、同じ人でも場合によって異なるだろう。意地悪な言い方をすれば、普段は被害者側に立って、元受刑者の社会復帰など認めるべきでないと思っている人が、本作ではソニーの復活を期待して観たかもしれない。
 そういう人もいるのは当たり前のことである。仮に世の半分の人が躓いた者を支持してくれても、もう半分はそうではなく、この事実はまず変えられない。割合は少し違うとしても、誰もが応援してくれるということはないのだ。
 問題は、それを所与としてどれだけ辛抱強く続けられるかだ。ナカハラの助言もそう取れる。そして、ソニー(とアンジェラ)は時間をかけて続けたからこそ、はじめ冷淡だった保護観察官も、マニーもビリーも次第に彼への態度を変えていった。本作はその意味での希望と、それでも許さず石を投げる人もいるという真実の両方を描いている。

日本公開は?

 これまで紹介した作品にはインディーズ系のものが多いが、本作は演出や撮影が丁寧で美しく、出演者も名の知れた俳優が含まれ(ソニー役のジョー・マンガニエロとアンジェラ役のソフィア・ベルガラは実生活でもパートナーだという)、メジャースタジオ製作ではないものの、全体的に「ゴージャス感」がある。そしてストーリーは野球ファンならずとも飽きないだろう。
 製作にフジテレビが加わり、プロデューサーの一人が石原隆、日本人選手役(小坂正三)も出ており、日本でも公開されれば受け入れられそうだ。

『ナチュラル』

 若いときに過ちを犯して才能を棒に振ったと思われた主人公が年月を経て復活をめざすストーリーは、ロバート・レッドフォード主演の『ナチュラル』(1984)と重なる。そして『ナチュラル』はフィリーズのエディー・ウェイトカスの実話に着想を得ている。これについての原稿を載せておく。

ファンに撃たれたスター選手
(「アメリカ野球雑学概論」第512回、『週刊ベースボール』2012年11月26日号)

 ESPNのウェブサイトが選ぶ「野球史上最もショッキングだった出来事」ベスト10のうち9つは本欄で紹介したことがあるが、7位の事件だけ触れたことがないので、今回はその話をしたい。フィリーズの選手がファンの女性に撃たれて瀕死の重傷を負った事件だ。
 事件は1949年6月14日、シカゴで起こった。この日、ビジターのフィリーズの1塁手エディー・ウェイトカスが夜11時頃にホテルの部屋に帰ると、重要な用件があるので12階の部屋に来てほしいというメモが入っていた。メモにはルース・アン・バーンズという署名があり、バーンズという知人は何人かいたので電話して用件を聞くと、相手の女性はとにかく直接話したいと言う。そこで部屋を訪ねると、いたのはバーンズの友人と名乗る見知らぬ女性で、彼女はすぐ戻ると言ったが、腰掛けたウェイトカスにクローゼットから持ち出したライフルを向け、発射した。このとき彼女が発したとされる言葉は「あなたが私のものにならないのなら、誰のものにもさせない」とか「これ以上私を苦しめさせない」など、いくつか説がある。彼女は自分も死ぬつもりだったが死ねず、フロントに電話して男性を撃ったと告げた。間もなく警察と救急隊が到着してウェイトカスは病院に搬送され、肺に届いていた銃弾は取り出された。搬送が遅れれば命はなかっただろうと言われる。
 逮捕された女性はルース・アン・スタインヘイゲンという19歳のタイピストだった。彼女は前年までカブスにいたウェイトカスの熱狂的なファンで、リグレー・フィールドでの試合をいつも1塁側の席で見ていた。自室は彼の写真で天井まで埋め尽くされ、食事の時は彼のぶんまで用意するという執心ぶりに、家族は医師に診せたほどだった。ウェイトカスがフィリーズにトレードされるとひどく落胆したが、彼が久しぶりにシカゴに来たこの日、同じホテルに投宿していた。裁判では心神喪失と判断され、精神病院に措置入院となったが、3年後に治癒が認められて退院した。彼女はストーカー的な犯人の「草分け」的存在とされるが、ウェイトカスと直接接触したのは事件のときが初めてだった。
 ウェイトカスはこのシーズンを欠場したものの、翌年復帰。全試合に出て打率.284を記録し、カムバック賞を受賞する。結婚して子どもも2人もうけたが、53年は出場が減り、54年にはオリオールズに移籍。翌年途中にフィリーズに復帰したが、この年限りで引退した。撃たれる前年にオールスターに選ばれた彼の輝きはついに戻らなかった。
 引退後は運送会社などで働きながら夏はテッド・ウィリアムズが主宰するベースボール・キャンプを手伝った。しかし60年に離婚してからはふさぎ込むことが多く、「なぜ自分が」と度々つぶやくなど事件は彼の人生に影を落とし続けたようだ。こうして72年に食道ガンのため53歳の若さで亡くなった。
 事件は84年に人々の記憶に戻ることになった。この事件にヒントを得て52年に出版された小説『ナチュラル』(バーナード・マラマッド作)がロバート・レッドフォード主演で映画化され、ヒットしたためだ。天性の素質という意味の「ナチュラル」は、若い頃のウェイトカスのニックネームだった。

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