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フランス語の野球映画:日本未公開野球映画を観る(1)

Un été sans point ni coup sûr(2008)

野球映画が製作された国は何か国?

 「フランス語の野球映画」といえば何を想像されるだろうか。吉田義男氏率いる野球フランス代表チームの映画だろうか。全く違う。
 これまで「野球映画」と呼べる商業映画が製作された国としては、アメリカと日本以外にまずキューバ(『フルカウント』1985)、韓国(『外人球団』1986)、台湾(『KANO 1931海の向こうの甲子園』2014)、香港(『あと半歩』2016)がある。カッコ内は最初に見た作品で、それぞれ日本でも公開されており(ビデオ発売や配信を含む)、韓国や台湾は他にも作品がある。
 これら以外ではどの国で作られているだろうか。中南米諸国は情報が得にくいが、ベネズエラでPapita Mani Tostonという作品が2013年にヒットしたようで、ライバルチームのファン同士が恋に落ちる話らしい。メキシコではなんと1952年にEl beisbolista fenómenoというコメディが白黒で製作されたようだ。またオーストラリアではHome Plateという少年野球を題材にした映画が製作中(2021年公開予定)という情報があり、もしかすると最初の野球映画になるかもしれない。
 あとはカナダである。『バンクーバーの朝日』(2014)は日本映画だが、カナダで製作された野球映画の貴重な一作がある。それが意外なことにフランス語作品で、ということはケベック州を舞台にしている。フランス語圏カナダの野球映画というだけで、その価値はあの『外人球団』に優るとも劣らないはずだ。

『ノーヒットノーランの夏』

 その作品とは、Un été sans point ni coup sûr、英題はA No-Hit No-Run Summerで、直訳。『ノーヒットノーランの夏』ということになる。2008年製作。
 舞台は少年野球で、これはアメリカでひとつのジャンルを成していると言ってもいいが、それをカナダに持ってきただけの作品ではない。本作に野球映画としての普遍性を持たせていて野球ファン的に嬉しいのは、1969年、モントリオール・エクスポズが初のアメリカ国外のメジャー球団として誕生した年のケベックを舞台にしていることだ。
 12歳の主人公マルタンは雪の残る春先にエクスポズのデビューを待ちきれずにキャッチボールに励んだり、教室で開幕戦のテレビ中継を見たいと教師に訴えたり、アメリカから来た同級生の女の子ソフィーも父親の影響で野球に詳しかったりと、メジャー球団の誕生をこの地の人々が待ち望んでいたことが描写される。当初の本拠地ジャリー・パークの映像や、9戦目でのビル・ストーンマンのノーヒッターなど、序盤は心躍る。
 夏休み。マルタンは少年野球チームのトライアウトに参加するも選ばれなかったことを隠していたが、野球に批判的だった父シャルルがそれを知り、落ちた子どもを集めて「Bチーム」を作る。ソフィーも入ってチームは動きだし、ここから「落ちこぼれの快進撃」が始まるかと思いきや、中盤にトーンが転換する。花屋で働き始めたマルタンの母がよその男とキスをしており、それを垣間見た父とバカンスに出かけた先で口論になるのだ。
 バカンスから帰ると、留守の間チームを託したフェルンとその息子で巨漢のピッチャーのピートによってチームは強くなり、観客も増えて変に盛り上がっていることに父子は当惑する。マルタンが独白するように、母をはじめいろいろなことが変わり始めたのに、父はそれについていけないように見える。
 これはこの時代、すなわち60年代末から70年代にかけての社会の急激な変化の暗喩なのだろう。女性の社会進出をはじめ、先進諸国で共振した学生運動やカウンターカルチャーの波は野球界にも押し寄せ、奇抜なユニフォームや長髪、ヒゲなど伝統を壊す動きが広がった。メジャー球団の相次ぐ拡張やカナダ進出もその変動の中にあった。
 とはいえ、終盤にストーリーは「元に戻る」。強くなったBチームに憎きAチームから対戦の申し入れがあり、この決戦がクライマックスとなる。投げ過ぎで肩を傷めたピートに代わってマルタンが登板した試合はBチームが3対0とリードするが、雨で3回ノーゲームになって勝利を逃すのが結末となる。マルタンはここまで強打のAチームをノーヒットノーランに抑えていた。題名はストーンマンのノーヒッターではなく(これは春のことだった)、たった3イニングでも落ちこぼれが成し遂げた偉業のことだったのだ。

ヨーロッパ的なアンニュイさ

 本作のユニークさは時代性を帯びた中盤のトーンだと思う。ストーリーは最後に王道的なところに戻るし、中盤の「変化」が何につながったのか、はっきりとは描かれないが、むしろそのことが全編を流れるフランス語の響きと相まってヨーロッパ的なアンニュイさを加え、類作のない野球映画になっている。
 その一方、雨天ノーゲームで終わるのは、ニグロ・リーグからメジャー・リーグへの統合期の明暗を描いた秀作『栄光のスタジアム』Soul of the Game:1996)と共通する、きわめて「野球的」な処理だと言っておこう。

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