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ライバルチームのファンとの恋愛:日本未公開野球映画を観る(31)

Papita, maní, tostón(2013)

※「日本未公開野球映画を観る」カテゴリーの作品については、基本的に結末まで紹介しています。ご了解のうえお読み下さい。

宿敵との恋

 恋に落ちた相手は不倶戴天のライバルチームのファンだったという、ありそうでなかった設定のコメディ。数少ないベネズエラの野球映画。
 ベネズエラ・リーグのレオネス(Leones del Caracas)の熱狂的ファンであるアンドレは、職場でもらったVIP席のチケットで試合に行くと、席はライバルのナベガンテス(Navegantes del Magallanes)側のスイートだった。彼はそこで出会ったジュリッサと、レオネスのファンであることを隠してつき合い始める。やがて素性はばれるが、意外にも二人はあまりこだわらず、アンドレはナベガンテスの歴史を勉強し、ジュリッサはレオネスの下着を身に着けるなど、相手に合わせようとすらする。「チームをとるか恋人をとるか」という葛藤がテーマかと思って観たが、恋は贔屓チームより強いというのが前提になっている。
 しかし、チームを昔から応援してきた双方の家族たちが許さない。アンドレは親代わりに育ててくれた祖父が、ジュリッサはナベガンテスのスポンサーである富豪の父や祖母が障壁となる。両チームの対戦で、相手の家族の席に行くたびユニフォームを着替える二人のドタバタ。
 アンドレの子を身ごもりながら交通事故で一時は心停止したジュリッサが蘇生したことで周囲も祝福し、無事出産する。球場でそれぞれのチームを応援しながら親子三人仲良く観戦するという結末。
 他愛ないラブコメディだが、ベネズエラでは135万人を動員する大ヒットとなり(この国の人口は約2800万人)、2017年には続編Papita 2da Baseも製作された。タイトルのPapita, maní, tostónとは、イージープレーとか簡単に三者凡退といった意味の、ベネズエラでよく使われる野球用語。「アメリカのcan of cornにあたる」と紹介する記事もあった。
 レオネスは首都カラカス、ナベガンテスは第3の都市バレンシアのチームだが、両都市の間は100キロほどで、球場には両チームのファンが入り混じっている。日本にたとえれば東京と横浜といったところだろうか。レオネスでは野茂英雄や渡辺俊介、ナベガンテスでは村田透がプレーしたことがある。

熱狂するファンで埋まる球場

 上述のように本人たちはライバルのファンであることはあまり気にせず、周囲の反発がドラマの鍵になる。それが解消するきっかけとなったのは、盗難に遭ったアンドレの車が戻ってきたとき車内に大金が隠されており、それを探して追ってきた悪党とのカーチェイスで二人が重傷を負ったことだった。しかしこれは主題とは無関係の強引な展開で、周囲が祝福に至るプロセスには野球を絡めてほしかったと思う。そのため、登場人物が皆野球ファンであるにもかかわらず、野球はいわば背景にとどまっている。熱狂的なファンが集まる球場のシーンは多く、それ自体は楽しめるが、チームも試合も優勝争いもほとんど描かれていないのは残念だ。
 筆者はラテンアメリカではプエルトリコのウィンターリーグとメキシコのサマーリーグを何試合か観たことがある程度だが、いずれも本作の球場のシーンほど観客は入っておらず、熱狂的でもなかった。ただプエルトリコではバンドがずっと演奏している球場もあり、これで観客が多ければ絵に描いたようなカリブ海の野球になると思ったものだ。とはいえ、あの種の音楽がずっと鳴っていると、飽きてくるというか、疲れる。

数少ない「野球ファン映画」

 それはともかく、野球ファンが主人公の映画は意外に少ないなかで、本作はコメディらしい設定の貴重な一作だと思うし、ヒットして続編ができた野球映画といえば他に『メジャーリーグ』3部作(1989〜1998)と『がんばれ!ベアーズ』シリーズ(1976〜2005)ぐらいしかない。
 アメリカの「野球ファン映画」としては、やはりラブコメディである『2番目のキス』(Fever Pitch:2005)が代表だろう。主人公の恋愛とレッドソックスの浮沈がシンクロし、野球映画としての中身を濃くしている。他にはリグレー・フィールドの外野席に集まるファンの『外野フリーク狂奏曲』(Bleacher Bums:2001)、1986年ワールドシリーズの第6戦(「バックナー・ゲーム」)の日のあるファンを描いた『ライフ・イズ・ベースボール』(Game 6:2005)ぐらいしか思いつかず、日本未公開作品でもほとんど見あたらない。
 いずれもレッドソックス・ファンが主人公の『2番目のキス』と『ライフ・イズ・ベースボール』は、負けても野球を楽しむ前者と、ワールドシリーズに出ても辛気くさい後者が対照的だ。これは結局、前者は球場に行くファン、後者は行かずにテレビで観てぶつくさ言うだけのファンという違いで、ベネズエラの本作も「球場派」で共感はできる。
 日本では震災後の神戸におけるイチローファンの群像劇『走れ!イチロー』(2001)ぐらいだろうか。ほぼ忘れられているが、大森一樹監督による「球場派」の物語で好きな作品だ。他に、高校野球では最近『アルプススタンドのはしの方』(2020)が公開され、演劇的な小品だが意外に面白かった。日本の野球映画ではプロ野球を舞台にしたものが減り(昭和40年代頃まではわりとあった)、高校野球の比率が高くなって久しいが、筆者はあまり観ていないので、高校野球のファンや観客の映画は他にもあるかもしれない。

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