優しい光

三年かかってようやく入った魔法省の空気は最悪だ。智寿留という一般人が働いてはいるが、視線が気持ちが悪い。こんな事で項垂れているではダメだと思いつつ。
ソシアの執務室の扉を叩く。
「……どうぞ」
智寿留の冷静な声が響く。
「今日から、こちらに配属になりました、佐知川暁(さちかわ さとり)です。よろしくお願いいたします」
勢い良く頭を下げる。そして、前を向くとそこにソシアはいなかった。今日は俺が配属されるからいるってあいつ言っていたのに薄情……。
「ばぁ!」
突然後ろから声が響く。
「うぉ!?」
こいつはまた……! ここが職場だという緊張感がまず無い。智寿留をみれば驚くことでも内容で、手帳を開いている。
こんな上司は嫌だ。心からそう思ってしまった。
「だーかーらー! お前はァ!!」
「……チッチッチッ! いいのかぁい? 暁ぃ。僕は上司だよ? 上司」
この上なくうざくソシアが言う。確かに正しい。正しいが腹が立つ。仕事場と俺の家とテンションがまるで同じだ。ここは俺ん家かっつーの!
「暁。君にとてもいいものをあげよう」
そう言ってソシアは俺に銀色のカードを差し出す。
「これはマスターカードと言ってね。魔法省の何処でも入れるカードなのさ」
……嫌な予感しかしない。このカードを今すぐ返したいのに、上司であるソシアは笑顔のまま押し付けてくる。
「これで、暁も僕を探せるねっ♪」
何がねっ♪だ。智寿留を見遣ればアイツ、笑ってやがる……。俺がこの役に任命されたからあからさまに喜んでやがる。
「……じゃ!」
と、その一瞬でソシアは行ってしまう。
「智寿留……さん。ソシアは何処に!?」
縋るような気持ちで智寿留に問う。が、涼しい顔で無視された。そうですよね。助けないよな……。
「あぁ! もう! 探してきます!」
ってどこからだよ。ソシアは仕事サボりに家にまで来た奴だぞ。魔法省の中にいる可能性もあるがいない可能性もある。
「ええい。かったっぱしから全部だ」

そう意気込んだのはいいものの、全て開けられるということは、更衣室なんかも開けちゃえるって事で、踏んだり蹴ったりの俺。
魔法省の中庭でセンチメンタルに浸りながら縮こまってる。
「うっうっ」
「大丈夫ですか?」
心配する声の方を向けば、金髪の女性が俺を見下ろしている。美人と言うよりは素朴で可愛らしい人だ。
「……上司がみつからなくて」
だからだろうか、ちょっと愚痴を言ってしまった。
「ああ。ソシア様ですか。有名ですからね。ご愁傷様です」
と俺を労わるように言う彼女のちょっと申し訳なさそうな声音と笑顔に見とれてしまう。
「どうかなさいましたか?」
「あの、お名前は」
完全に落ちた。これはあれだ。恋だ。
「情報支部の、マリー·ドレッドと言います。新人さんでしょう? 見たことがないもの」
縮こまってる姿をいつまでも見られているのが恥ずかしくなった俺は、立ち上がりマリーさんに向かって自己紹介をした。
「俺は、佐知川暁。ソシア様の側近として、走り回ってました」
情けなすぎる。一目惚れをした相手との対面が縮こまってる俺、だなんて運が悪すぎる。
「ああ。貴方が。智寿留さんと同じ一般人の」
なるほどと彼女は納得したように頷く。
「そんなに噂が流れてるんですか?」
「それもありますけど、魔力を感じなかったから。分かるんですよ。第六感みたいな」
そんなものなのかと、初めて知る知識にほうと、呆けた返事しかできない俺を見て、可笑しそうに笑うマリーさんは、後ろを指さしながら言う。
「ソシア様、こちらを見て笑ってますけど」
そう言われ、ハッとして後ろをむくと確かにソシアはマリーさんと俺と言うよりは俺を見て明らかに面白そうに笑っている。
「ソシア! おまっ! そこにいろよ!!」
何だか見られたくない場面を見られた気がして、顔を真っ赤にしながらソシアに近づく。と、逃げることもせずニヤニヤ顔のソシアは、「いや〜面白いね」とからかうように言うものだから、少し絞めた。
「マリーがみてるよ」
と言われて慌てて取り繕うと、マリーさんはちょっと苦笑しながらも手を振ってどこかへ歩いていく。
俺がマリーさんの行方を見つめていると
「まるでストーカーじゃないかぁ」
と減らず口なようだったのでまた締めた。

それから数週間は激動で、何でこう連日の様に抜け出すのか。絶対、アイツ楽しんでやがる。
でも不思議なもので、魔法省を色々見ていくと偏見は自分にもあったことを思い知らされる。中には真剣に一般人の安全を考える人も多くて、俺に意見を求められたりもした。
「頑張っていますね。佐知川さん」
トントンと肩を叩かれ振り向くとマリーさんがいた。
「あ、ああっ!? マ、マリーさん」
驚かせてしまいましたか? と俺に気を遣いつつ笑ってくれる彼女に天使か……と思ってしまう。
「今からお昼ですか?」
そう尋ねられ、いい歳して母親に作ってもらった弁当に目を落とす。
「あ、はい! そうなんですもう、14時ですけどね……ははっ」
「私も情報整理していたらこんな時間で。隣良いですか?」
いきなりの恋愛イベントにこれがギャルゲーならこの場面は絶対スチルがあるとか意味のわからない事が駆け巡るくらい内心動揺しまくりながら、ベンチを少し空ける。
「ど、どうぞ」
ありがとうございますとお礼を言う彼女もやっぱり可愛くて、このところの疲れが吹き飛ぶようだった。
「佐知川さんは、何故魔法省に入ろうと思われたんですか」
それは少し突拍子もない質問だった。でも、力を持たない俺が魔法省に入るというのはやはり異例中の異例なのだろう。
「妹が、魔法使い絡みの事件に巻き込まれて、自殺したんです。それで、夢に妹が出てきて、幻かもしれないけど俺、約束したんです。妹みたいに苦しむ人がいなくなるようにって」
魔法使いのマリーさんに打ち明けるのはちょっと心が重たい。だって何も悪くないマリーさんにとってこの話は苦しいだろうから。
「……すみません。不躾な質問でした。軽率でした」
「でも、幻じゃないですよ。妹さんとの約束果たせると良いですね」
そう笑う彼女は、本当に優しくて少し灯を思い出してしまった。灯もこんな優しい笑顔をしていた。温かい笑顔を。
「ありがとうございます。俺に何が出来るかなんて分からないですけど、こう、不思議と何も出来ない何て思えなくて、仲間と一緒ならきっと道は必ず開けるんだって思ってるんです」
「……素敵ですね。魔法使いが魔法使いを裁ける日が私も来ればいいなって思います。良かったら私も仲間に入れてください。あと、気軽にマリーと呼んで下さい。暁さん」
俺の夢物語みたいな話を素敵だと言ってくれただけでなく仲間に入ってくれると言ってくれた彼女。その後の弁当は、少し塩味がきつい気がした。
その後も、楽しいランチタイムは続き、マリーの能力がサーチだとかそんな話をしていた。

「いい事あった?」
ワンチャンソシアが戻っていないか執務室を覗きに行くと、後ろからソシアの声がした。
この手は毎回されるものだから本当に無感情になる。智寿留の気持ちがよくわかる。
「あったらどうなんですか。上司殿」
「うわー。暁まで智寿留みたいな反応ー」
面白くなさそうに口を尖らすソシア。この見た目じゃなかったらゾッとする。ただのじじいだったら寒気しかしない。
「……ほら、仕事」
ソシアの襟元を持って執務室に連れて帰ると、智寿留があからさまに落胆したように言う。
「人形掴まされてるぞ」
俺が後ろを振り向くと、服を着たマネキンを掴まされていた。
「あん……あんにゃろーーー!!!」
その日は結局ソシアは帰ってこなかった。
「……ただいまー」
と帰路に着くと
「おかえりー」
と、何故かソシアの声がする。
急いでリビングの扉を開けると、ソシアと何故かマリーがいた。
「遅いじゃないか」
我が物顔でくつろぐソシアと、ちょっと気まずそうなマリー。
「……なっ!? ソシア!? マリー!??」
「ソシア様に捕まってしまって」
追い打ちをかけるように母親が
「暁ったら、こんな可愛い彼女がいただなんて! ソシアくんに教えてもらったのよ〜」
と、なんて余計なことを言うのか。まだ付き合ってないし、告白もマリーの気持ちも知らないのにだな!
ああ、マリーが焦っている。いや、俺の方が焦ってるわ!
「ソシア、お前余計なことするなよ」
ソシアを表に連れ出し言うと、あっけらかんとした表情で
「僕が視るに君たちは遅かれ早かれ結ばれるしいいかなと思って」
良くないんですけど。いや、良い部分もあるが良くはない! なんでこう、こいつはズレてるんだ!
ソシアを中に放り投げ、次はマリーに謝る。
「ごめん! ソシアが! ほんとにアイツズレてて……」
「暁さん、ソシア様の事呼び捨てにできるくらい親しいんだね。ちょっとびっくりしたけど、御家族もいい方で、何だか温かい気持ちになった。妹さんにご焼香させて頂いても?」
ソシアの横暴も邪険にせず笑顔で、しかも灯に焼香まで上げてくれるマリー。絶対、いいお嫁さんになる。
「……でも、一般人の方が住んでいる地区に来るなんて生まれて初めてだったから、ちょっと嬉しかったの」
「え?」
「別に魔法使い側は制限は無いけれど、こちらに赴くことって本当にないの。情報支部なのにね。でも、暁と一緒なら色んな所を回って、魔法使いと一般人の格差を埋めていく上で、良い活動が出来そう」
これも、ソシアの策なんだろうか。アイツは掴みどころがない分何を考えているかも未知数だ。でも、この道を辿ることもきっと視ているのだろう。
リビングからは、楽しそうな声が聞こえる。
「……嬉しいよ。ありがとうマリー。俺に出来ることがあったらなんでも言って欲しい。この格差を無くさない限り道は開かない」
「もちろん。私、貴方の力になりたいもの」

この日からマリーと俺は頻繁にソシアを探しながらも一般人の居住区と魔法使いの居住区を行き来し、どうすれば道が開けるのか、時に智寿留やソシアに相談しては進んで行った。
そうしているうちに、互いに互いが必要になっていき、俺とマリーは付き合うようになった。まるで手繰られた糸が繋がっていたかのように。
付き合うようなってからも支え合い、魔法省の各部署に根気よく時にソシアが握っている弱味をチラつかせながら、丸めていく。
そうやってあっという間に二年が過ぎた。

「マリー、俺と結婚してくれ」
決死の覚悟でそう言う俺は、ソシアが結ばれるとか言ったとか関係なく彼女を幸せにしたいと願った。
「……はい。喜んで」
そう微笑むマリーの瞳にはうっすらと涙が滲んでいた。

マリーと暮らすようになって数ヶ月。昔夢の中の灯に言った言葉を思い出す。
「俺の近くに戻ってこい」
そして、マリーのお腹には新しい命が宿っている。
「どうしたの? 暁」
「いや、灯に言ったんだ生まれ変わったら近くに戻って来いって。幸せにするからって」
「……きっとこの子だわ。暁の話を聞いてこの子笑った気がしたの」
そうだといいな。そうだったら全力で幸せにする。

出産予定日。
産気づいたマリーを病院へ運び、手を繋いで声をかける。
そして。
「……産まれた」
「可愛い。あなたを産めて私幸せだわ」
「暁、抱いてあげて」
恐る恐る、生まれたての赤ん坊を抱く。
「私、ちゃんと帰ってきたよ」
確かにそう、灯の声が聞こえた気がして、俺は涙が止まらなくなった。
「……灯さんだったのね」
凪ぐような、マリーの優しい言葉にまた涙を流す。何度も頷きながら。

「……私ね名前もう決めてるの。灯(ともり)。灯さんと同じ字なんだけど、このこの中には灯りがあって、この子に灯っているの。だから灯。ダメかな」
「うん、凄くいい名前だ。灯。俺は必ずお前を幸せにする。お前が苦しまない世界を作るから」

暖かい光が灯るそれは、誰か一人のためじゃなく、全ての人を包むように。
この灯を絶やさないように、俺は世界を秩序をこれからも仲間と覆していく。

end

時に選択とはボイスドラマ

https://www.youtube.com/playlist?list=PLSN99DXt7WommF4peNYB1Q-EwQEJmuOUK

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