秘密の場所

暁が結婚したあたりからソシアがうっとおしい。暁が結婚出来たのはさも、自分の功績の様だと言いたげなのと……
「智寿留〜。君は結婚しないのかぁい?」
これだ。恋愛に、お節介を焼いて結びつけたのがとても楽しかったのだろうそれの矛先は私に向いていた。
「うるさい。仕事しろ」
ピシャリと言い放ってそれ以上何も言わせない雰囲気を出す。
何が結婚だ。自分だってとっくにいい歳を超えているのに、今更私に結婚など、恋愛など、必要は無い。
そんなものにうつつを抜かしていると、本当に大事にしたい目的さえ見失ってしまいそうだ。
「……ちぇ」
そう口を尖らせ拗ねた様子を見せながら私をチラチラと見てくるが、正直気持ちが悪い。よくよく考えてみろじじいだぞ。
「あ! わかったよ! 智寿留! 僕分かっちゃったー」
と、嫌な予感しかしない思いつきをしたようだ。そんなことしている暇があるなら目の前の溜まった書類をどうにかしろ。私は溜息を深くつくと、ソシアをまじまじと見る。これが魔法省のトップ。頭痛がいつにも増してするようだ。
「いいから仕事しろ。クソ上司」
もちろん、他にこんな口を叩く部下はいない。ある意味私は特別だ。同僚も、憐れんだ目で私を見る。そんな目でこちらを見る暇があるなら手なり体を動かして欲しい。使えないやつ共め。と、黒いモヤモヤした煮え切らない気持ちを抑えつつ、そちらを睨むように見遣れば、やっと仕事を始める。やれやれ。
「しょうがないなぁ。可愛い智寿留の為に今日は、仕事してあげるよぉ」
不愉快極まりない気持ちの悪い声音で、ソシアが言う。何が可愛いだ。クソ野郎。
二千歩譲って仕事をするというのだ、休憩のおやつを昆布にして、噛み締めて頂こう。
いつもこうやって仕事をしてくれないだろうか。真面目に書類に目を通す姿は凛々しい。
こういう時は年相応とは言わないが、ソシアが大人であることを自覚する。
昔、ソシアの生い立ちを半ば強制的に聞かされたことがある。
実験体だった過去から良くもまあこんな奴が出来上がったものだと、我ながら友人でもある上司に笑いそうになる。それはきっと、彼女のお陰なのだろう。ふと、壁に掛かる壁を見遣る。
ソシア入っていた彼女は自分の初恋なのだと。恋か、よく分からない。私は父の引いたレール線上で政略結婚をし後継を産ませるのが役割だと思っていた。だが、魔法省に入った時点でそのレールからは外れている。周りが幸せなら俺はそれでいい。そう思っていた。
だから正直、このクソ上司の変な誘いには全く困りきっている。自慢ではないが恋のこの字も恋愛のれの字も分かっていない。そちらの方面で私は赤ん坊同然なのだ。
学生時代に何度か告白をされた覚えはあるが全く興味がなかった。周りからあの子は学年トップの可愛い子なんだとか色々言われたりしたが、顔さえ全く覚えてはいなかった。
今さっき思いついた事も恋愛絡みなのだろうなとおおよその想像はつく。
恐らく、上司の特権である命令でやつは私に押し付けてくるはずだ。
こういう事には、行動が早いソシアだ。今週中には笑いながら私に近付いて来るに違いない。

仕事を本当にやり切ったソシアが珍しく飯に誘ってきた。こういう時は大体暁の家でアポ無し訪問だ。
仕事をやり切ったという事もあり、渋々承諾した。
今暁は育休中だ。

「何処ですかここは」
失念していた。こいつは行動力の化け物だった。私が連れてこられたのはカラオケボックス。何故私がこいつとこんな所に……。そう訝しんで見ながらも渋々入る。
「やっほー。智寿留つれてきたよー!」
中に入ると、何故か歓声が湧き上がり魔法省内で見た事のある顔がちらほらいた。
「じゃーん! 合コンっていうやつー!」
合コンっていうやつって事はお前も知らないんか!! と思わずツッコミを入れたくなったがぐっと堪える。
男女比は5:5だ。何故私はここに来てしまったのだろうという後悔の海の中にいながら、女性達に取り囲まれ質問攻めという名の事情聴取だこれは。
なぜそんなくだらない事が気になるのだ。どうでもいい話だ。見知った顔もいつもより化粧が濃い気がするし周りから混ざりあった香水の匂いが吐き気を誘う。
「失礼。御手洗に」
と席をたちトイレに逃げ込む。なんだあれは。いや、私にお節介を焼いて優越に浸っているのだろうな。今後ろに気配を感じたので、後ろに手を回し、勢いよく耳を引っ張る。
「い、いででっ! 酷いよ智寿留〜。もう! 折角の合コンなのに、あんな楽しいのに! 智寿留には合わなかった? そっかぁ〜」
お前の基準で楽しいを決めないでいただきたい。
「いくらですか? 帰ります」
「えー! 」
「空気が悪すぎるっ!」
言い切ってソシアに金を押し付け、帰路に着く。
何が飯だ。深いため息と共に腹が鳴る。不愉快極まりないが、何も食べずに寝るのは体に悪すぎる。
ふと、香りの良い珈琲の匂いがして立ち止まる。喫茶店のようだ。喫茶店にしては遅くまで空いているのだなと思いつつも私の体は吸い込まれるようにして店に入る。
「いらっしゃいませ」
落ち着いた女性の声がする。カウンターに目をやれば、店長らしき女性と、はちわれのデブ猫がこちらを見ている。
「お好きな席にどうぞ」
そう言われ、客のいないがらんとした店内で、4人がけのテーブルにつく。間もなく、水とメニューが運ばれてきた。
軽くメニューをみて、軽食と珈琲を頼む。
やがて店内は癒されるジャズと、香りの高い珈琲の香りで満たされていく。
しばらくして、頼んだものがやってきた。あの騒がしさからまるで別世界に来たようだ。
ただ、少し困ったことに店長とお見受けする、彼女が爛々とした目でこちらを見つめるのだ。
「何でしょうか?」
なんだって言うんだ……。
「今さっき思いついたブレンドで煎れた珈琲なんです! 珈琲分のお代は良いので試飲してください!」
客になんてものを出すんだ。しかも私は新規の客だぞ。常連に出せ。そう思いつつも溜息をひとつ。このどうしようもないお節介だが、珈琲代はかからんのだ。理由はまあいい。1口飲む。その瞬間、爽やかな気持ちになった。あれこれ気に病んだ一日が浄化されるような珈琲。
「うまい」
素直にそう言葉が溢れていた。
「ほんとですか!? じゃ、君も今日の気まぐれブレンドの仲間入り!」
「いやいや、私が美味しかっただけで、他の方は知りませんよ」
責任に関わることはよしてほしい。
「だから、今日の気まぐれブレンドなんですよ!」
と誇らしげに言う姿は、どこかソシアに似ている。だが、仕事を真っ当にしているだけで、彼女はあのバカとは違う。
「おかしかったですか?」
「え?」
「お客さん笑ってましたから」
いつの間にか笑えるような精神状態になっていたらしい。あまりにも彼女が最初の落ち着いた雰囲気からかけ離れていたものだから、少しおかしくなったのかもしれない。
「じゃ、ごゆっくり」
彼女がはけていき、ゆっくり食事を楽しんだ。好きな本を持ち運んでここで読んでも良さそうだ。
災難な一日だったが、おかげで、いい一日の最後になりましたよ、上司殿。
いつの間にか横に来ていたはちわれ猫の喉を撫でればご機嫌よくゴロゴロと喉が鳴く。
出来ればここは私だけの秘密の場所にしたいものだ。

end

時に選択とはボイスドラマ

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