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Goodnight , My Lady.
ブランカが怖い夢を見たときはいつも、朝食用に作り置いた薄荷水をこくんと一口飲み下すことにしている。
ブランカの怖い夢は北の吹雪とともにやってくる。
寒気が鋭くなって、吐く息が真っ白に染まるようになると、ブランカにはエディルフォーレの雪女王の悲鳴が窓の外からときどき聞こえるようになるのだ。
極寒の記憶。雪女王の悲鳴は憂いを帯びており、触れれば指先から身体の芯を凍りつかせる獰猛な恐ろしさがある。
だから、ブランカは雪女王の悲鳴が聞こえる晩は毛布にくるまって目を閉じるか、あるいは悲鳴がふっと途切れた隙にリビングまで歩いて行って、青磁の水差から薄荷水をコップに注ぎ、これはユメ、わるいユメ、と祈るように思うことにしている。
ミントの葉を数片浮かべた薄荷水は、飲むと胸がすっとして、文字通り夢から覚めたような気分になる。
こくん、と一口飲み下す。
空のコップを置き、ブランカは目を瞑った。
これはユメ。わるいユメ。
繰り返し言い聞かせていると、きぃ、とドアの軋む音。オイルランプの螺子がきりりと回って、視界がにわかに明るくなる。
――おきてたの、ブランカ。
物音を聞きつけてやってきたらしい。耳慣れた声に目を瞬かせると、そのひとはブランカの薄く幼い肩に触れるや、こんなにひやして、と叱るような声を出す。
ベッドから抜け出たのはほんの少しの間だけだったのだけど、身体は指先から芯まですっかり冷え切ってしまっていた。
申し訳ない気分になって弱くうなだれると、こわい夢でも見た?と彼は空のコップに目をやって少し微笑い、ブランカのちいさな身体をふんわり抱き上げる。
――それじゃあ、寝物語をしてあげましょう、おひめさま。どんなおはなしがいい?
恭しく言ってのける彼につられてくすりと微笑い、リユンのおはなし、と少女はそっと彼の耳にちいさなおねだりをした。
** 一日でもはやく、こころやすらかに眠れる夜が訪れますように。
(2011.3.13→2024.1.5再掲)
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