論文セルフ解説:3次元的な藤原効果

まずは、こちらのアニメーションをご覧ください。

2つの台風を約1000km離して置いた理想化数値実験(5日分)

2つの台風の動きに関しては、お互いを反時計回りに回転させ、徐々に近づいていくという「藤原効果」が有名です。ところが、この数値実験では、最初こそ、お互いを反時計回りに回転させるものの、相手から離れた側で対流活動が活発になり、徐々に離れていきます。

このアニメーションは、WRFと呼ばれる数値シミュレーションモデルを用いて2つの台風を約1000km離して置いた数値実験における降水強度に対応します。2つの台風以外に高気圧・低気圧・地形などは無く、海面水温は一定だという理想化された状況を想定しています。台風の移動には、緯度ごとに地球回転の効果が異なることも影響するのですが、この実験では台風は北緯15度にあり続けるものとして、その効果も無視しています。つまり、特別なことは何もせず、2つの台風の関係だけを純粋に見ようと思ったところ、古典的な藤原効果とは全く違うことが起こってしまった、ということになります。初めてこの結果を見たときには、強い衝撃を受けました。

過去の文献を調査してみましたが、今回のような「2つの台風があるときに、相手から離れた側に動いていく」という点について述べている論文は見当たりませんでした。そこで、我々はこの効果を新たに発見したものとして「3次元的な藤原効果」と呼ぶことにしました。今回、理想化実験と現実の台風に関してまとめた研究成果が、英国王立気象学会論文誌(QJRMS)と米国気象学会誌Monthly Weather Reviewからそれぞれ(これこれ)出版されたので、簡単にセルフ解説したいと思います。

そもそも、藤原効果って何?

「藤原効果」のネーミングのもととなった藤原咲平博士は、ヨーロッパに留学しておられたある日、水門のところにできる渦を見て、渦に興味をもったのだそうです。そして、渦と渦の動きに関する研究成果を英国王立気象学会論文誌(QJRMS)を始めとする学会誌に多数発表します(Fujiwhara 1921, 1922, 1923a, 1923b, 1925, 1929, 1931; Fujiwhara et al. 1935)。面白いことに、一般に「藤原効果」として知られているのは、2つの台風がその重心に対して反時計回りに回転する効果なのですが、論文を読んでいくと、初期の論文ではむしろお互いが近づいていく効果の話ばかり出てきます。気象研究所の山本哲さんは、1889年に北尾次郎博士が渦と渦の相互作用について議論しており、お互いを回転させる効果については、すでに藤原咲平博士は良く知っていたからではないかと考察されていますが、果たしてどうでしょうか?[参考]

2つの台風がお互いを(北半球において)反時計回りに回転させる効果については、簡単に理解することができます。台風に伴う風は反時計回りの成分が卓越しているため、下の図のようにAの風はBを北に動かすように働き、Bの風はAを南に動かすように働くのです。

2つの台風は互いに相手を動かす

特に、渦のサイズが十分に小さい場合には、反時計回りの回転運動だけが現れるということを示すことができます。

無限小の2つの渦の運動(同じ渦度の場合)

反時計回りに回転することに比べると、相手に近づいていくことを理解するのはかなり難しいのですが、ごく単純な場合として、下の図のような場合を考えてみましょう。ここでは、渦の強さを表す渦度が有限の領域に広がっていて、2つの渦がある場合には、渦度分布は単純な足し算で計算できるとします。

接近した2つの渦における渦度

渦Aと渦Bの重なった部分の渦度(緑色の★)は、反対側の渦度(黄色の★)に比べて、渦Bの外縁の分が加算されて大きくなっています。台風Aの周りでは反時計回りの風が吹いているので、時間がたつと、相対的に大きな渦度は北側に運ばれ、相対的に小さな渦度は南側に運ばれます(本当はもっと細かい議論が必要ですが、渦度は保存性が高い物理量なので、ここでは風に流されて分布が決まると考えます)。

時間がたった後の渦Aの渦度の偏差に伴う風の変化

少し時間が経つと、相対的に見て、北に大きな渦度、南に小さな渦度が運ばれることになります。この渦度の変化分を風に直してみると、渦Aを西から東、この場合でいうと、渦Bに接近させる方向に作用していることが分かります(右向きの太い黒矢印)。

2つの渦を接近させた数値実験

ここまで、2つの渦がある場合に、反時計回りに回転させること、そして、互いに接近することを説明しましたが、ここまでの説明は水平2次元的なものです。それでは、鉛直方向を入れて3次元を考えたときには、何が変わるのでしょうか?

台風の移動:それは対流の偏りからも

台風の移動は、上で述べたように、おおむね台風の周辺で吹く風の向きで決まります。だいたい台風の中心から数百キロの半径内で平均した風向・風速と台風の移動はよく一致します。

ただ、台風内部の対流活動ができる方向が偏っている場合には、台風の動きは雲ができていく方向に修正されていきます。たとえば、下層と上層で風向が逆であり、鉛直方向に平均すると台風を動かす水平風が無いけれども、雲が東側に偏ってできるという状況を考えてみましょう(現実問題としては、どの深さで平均を取るかを考えなくてはいけませんがとりあえず無視します)。このような場合、風は台風を動かしませんが、台風中心より東に雲ができることによって、東側の下層に渦度が生成され、海面気圧も東側で下がっていきます。そのため、対流の偏りだけで東に動く成分が出てくるのです。

対流活動に偏りがある場合、台風の移動速度は、場合によっては1m/s程度の影響を受けます。1m/sと書くと小さいように見えますが、5日間では5日×86400秒/日×1m/s=432kmにもなりますから、決して無視できる成分ではありません。

台風にこのような対流活動の偏りを引き起こすものにもいくつか種類がありますが、典型的なのは、水平風の鉛直シアです。これは、対流圏上層の風と対流圏下層で吹いている風の向きや強さが異なることを意味しており、上層風から下層風を引いたもので定義します。また、その矢印の向かう方向を鉛直シアの下流側と呼びます。一般に鉛直シアの下流側で対流活動が活発になることが知られています。

鉛直シアの下流側で対流が強くなることを図を使って説明してみましょう。以下の例では、上層で西風、下層で東風となっていて、鉛直シアベクトルは東向きです。台風中心の東側が鉛直シアの下流側となります。

鉛直シアの下流側に対流活動が偏る

鉛直シアの下流側では、下層の東風に支えられ、吹込みが強くなります。さらに、上層では西風により吹き出しが支えられます。これらの効果により、鉛直シアの下流側では、上流側に比べて、対流活動が活発になると考えられます。対流活動が活発になる領域は、下流側から若干ずれる場合もあり、これは吹込み、吹き出しに加えて台風自身の循環の影響などがあるからだと考えられますが、詳細には踏み込みません。

さて、藤原効果の話に戻りましょう。一般に、台風は下層では強い低気圧性循環になっていますが、上層では吹き出しが高気圧性循環を形成します。特に、2つの台風がある場合、高気圧性循環は重ね合わさり、下の図のように大きな高気圧性循環(赤い矢印を参照)を作ることになります。

理想化実験における風の向き。赤は対流圏上層の風、青は対流圏下層の風。大きなスケールだけを取り出している。横軸と縦軸の単位はkm (Lee et al. (2023)のFigure 4e)。

上層と下層の風の向きが異なっているため、2つの台風が作る風は、個々の台風にとっての鉛直シアとして働くことになります。鉛直シアの向きは、相手の台風を正面に見たときに、その左側後方、つまり、図の白抜きの台風であれば鉛直シアベクトルは東~南向き、黒塗りの台風であれば鉛直シアベクトルは西~北向きとなります。鉛直シアベクトルの下流側で対流活動が活発になるので、それが台風を動かすことになるのです。端的に言うと、我々が3次元的な藤原効果と呼んでいる対流活動の偏りに伴う台風の移動の修正は、時計回りに回転させ、お互いを引き離すように働くことになります。

この話を模式的にまとめたものが以下の図です。

3次元的な藤原効果の模式図

より現実的な状況ではどうか?

台風を2つの正の渦と考えた場合、古典的な藤原効果は台風を反時計回りに回転させ近づける効果を持っていますが、さきほど説明した「3次元的な藤原効果」はそれとは逆向きに台風を互いに時計回りに回転させ、引き離す効果を持っていました。最終的な台風の移動方向は、これらの2つの効果が相殺した結果として決まると考えられます。

理想化実験において、2つの台風の最初に置く距離を変えてみます。すると、2つの台風を近づけて置いた場合には互いを反時計回りに回転させ、徐々に近づいていくのに対し、1000km以上離して置いた場合には時計回りに回転させ、離れていくことが分かります。

初期位置を変えた数値実験(DXXがXX度離した実験)。Lee et al. (2023)のFigure 2a。

実際に、渦位方程式と呼ばれる方程式を用いて解析を行うと、近づけて置いた場合には移流の効果、すなわち、古典的な藤原効果が卓越するのに対し、離して置いた場合には加熱の偏りの効果、すなわち、3次元的な藤原効果が卓越していることが確認できます。この違いは、近くに台風がある場合には、台風スケールの数百キロの強い風が効くのに対し、上層の高気圧性循環は2000km程度の広がりを持ちますから、ある程度台風を離して置いた場合には、加熱の偏りの効果が効いてくると考えることができます。

現実的な状況ではどうなっているでしょうか?北西太平洋における過去40年間のデータを調べてみたところ、平均的に見て、1500 km以内に接近した台風の移動方向は(2つの台風の中心に相対的に)反時計回り、かつ、接近となっていました。また、1500-2000km離れた台風ではほとんど動きがありませんでした。つまり、理想化実験のように1000km以上離れたときに、時計回りの回転をして離れていくということはありませんでした。

しかし、その内訳を分析したところ、1000km以内に接近した台風の場合には移流の効果が卓越しているのに対し、1000-1500km離れた台風の場合には加熱の偏りの効果が移流の効果の半分程度に達しており、1500-2000km離れた台風の場合には加熱の偏りと移流の効果が相殺した結果、ほとんど動きがみられないということが分かりました。また、対流活動や降水は、理想化実験と整合的で、相手の台風を正面に見たときに後方左側で強くなっていました。このことは、1000km以上離れた台風については、理想化実験ほどではありませんが、3次元的な藤原効果が働いていたことを意味しています。

現実において、理想化実験よりも3次元的な藤原効果の効きが弱かった理由は完全には分かりません。ただ、上層の高気圧性循環が成長するには数日かかるため、3次元的な藤原効果が卓越するためには、数日以上、2つの台風が接近した状態が持続しなければいけない、ということは理由の一つとして考えられます。現実には、台風以外の様々な現象が存在するため、接近した状態が持続していないというのが背景にはありそうです。

いずれにせよ、3次元的な藤原効果が現実にも効いているとなれば、台風の進路予報を行う上で、加熱の偏りの再現もちゃんとしなきゃだめだよね、ということにつながります。今回の発見で、台風の進路を複雑化させるといわれる藤原効果の理解に、新たな知見を提供できたといえるでしょう。

裏話

実はこのテーマは、6年前には思いついていたものでした(下記の匂わせツイート参照)が、新しいアイデアだったこともあってか、論文の受理にいたるまで、なかなか苦労しました。

私は普段は台風の予報に関する研究をしているのですが、初めて、自分でも納得のいく台風のサイエンスに関する研究ができたように感じていて、論文が受理されたときはとても嬉しく感じました。

これからも頑張ります。

謝辞

本研究は科研費「台風進路に関わる『藤原効果』の再考」の助成を受けて実施されました。