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ライトノベルを読んだらライトノベル作家になりたくなったのでライトノベルを書きました。

     1

 Q.夢を食べる動物は?と訊かれたとき、多くの人は迷わずバクと答えるだろう。
 有名な話だ。あまりにも有名すぎる動物だ。この世界に生きていれば、誰だって一度くらいはこの手の話を聞いたことがあるだろう。
 しかし、それでは、青春を食べる動物は?と訊かれて、一体何人の人間が答えられるだろう。おそらく、そう多くはいないはずだ。
 少なくとも、僕以外にその答えを知っている人間を僕は一人しか知らない。
 A.パンダ

 目指す教室は教室棟の最上階、視聴覚室の隣の空き教室。いけ好かない運動部の連中がダベリながら各々のユニフォームに着替える部室棟でも、将来有望な生徒たちが文化的活動に精を出す音楽室や美術室がある特別棟でもなく、かすかな生徒だけがひそかに談笑する教室棟の、さらに最上階というのが肝だ。必然、僕は毎日多くの生徒たちによって形成された人波をかぎ分け、目的の場所へ向かわなくてはならない。
「遅かったですね」
 使われない備品が押し込められ、うず高く積み重ねられた埃っぽい教室の真ん中に、彼はいた。皮肉めいた表情で、サイズのあっていないイスにふんぞり返っている。
「お前が早すぎんだよ」
「負け惜しみですか?先輩、教室どっちが早く辿り着くかな?レースはこれで通算57敗目ですよ」
「なにそれ聞いてないんだけど」
「そりゃ云ってないですからね。ちなみに先輩はあと三敗したら罰ゲームです」
「……それ、僕、勝ち目なくね?」
 ふふふん、と憎たらしくも美しい少年、いちごちゃんは余裕の笑みを浮かべる。いちいち行動のすべてが人を小馬鹿にしたようにしか見えないのはいちごちゃんが数多く持つ才能の一つだ。
「悔しければ、いっそのことここに住んでみてはいかがですか」
「嫌だよこんな埃っぽいところ」
「先輩の部屋とそう大差ないですよ」
「ばっか。僕の部屋はお母さんが毎日掃除してくれてるからな。めっちゃきれいだからな」
 ほんと、お母さんいつもありがとう。エロマンガがきれいに整頓されてたときは死にたくなったけど。
「住めば都なんですけどねぇ」
 いちごちゃんは自嘲気味につぶやくが、まあ、しかし実際そのとおりなのかもしれない。教室棟の四階は視聴覚室や多目的室など、普段あまり使われることのない教室ばかりが並んでいる。そのため生徒の出入りは少なく、同じ教室棟でも一年の教室が並ぶ三階と比べると、もはや別世界のようですらある。
「で、今日は依頼は?」
「ないですよ。そう運良くパンダなんて見つかるものでもないですし」
「そっか。まあ、そうだよな」
 僕も適当なイスを掴みいちごちゃんの近くに腰掛け、二人でメフィスト賞作家のなかで一番不遇なのは誰かを話し合っているうちに日が暮れる。

 書類上、僕といちごちゃんはボランティア部の部員、ということになっている。部員は二人だけ。活動内容は「生徒からの依頼を解決する」といったもの。だけど、僕もいちごちゃんも、別に誰かの役に立ちたいとか、ボランティアを通じて人間的に成長したいといった高尚な目的を持っているわけではない。ボランティア、というのはあくまで建前で、本当の目的は別のところにある。
 パンダの捕獲。
 パンダは人の青春を食べる。夢を追う姿勢を食べ、誰かを愛する想いを食べ、人と人を結びつける友情を食べる。その結果、ラノベ作家とかアホらし、結局イラストじゃん、と腐りシンナーなんかを吸って夢どころか将来を奪われ一人孤独に死んだり、自分には誰かを愛するなんておこがましいと自家中毒に陥り一人孤独に死んだり、ツイッターの裏垢にクラスメイトの悪口を書いているのがバレ教室に居場所を失い一人孤独に死んだりする。本当に死んじゃう。
 そうやって青春を食べられている生徒の心に居座るパンダを捕獲するのが僕たちの本当の活動内容なのだ。その結果、シンナーまず……これならラノベ作家目指したほうがマシ……ともう一度筆を取ってみたり、みんな好き好き大好き超愛してると愛を飛び越え博愛に目覚めたり、集合写真と一緒に「ほんま最高の仲間!」とツイッターにつぶやいたりするようになる。
 と、いうと、なんだか結局やっていることはボランティアとそう大差ないように感じられるかもしれないが、実際は少し違っていて、あくまで僕たちの主目的はパンダの捕獲にある。別に誰がラノベ作家になろうが、博愛に目覚めようが、最高の仲間だろうが、僕たちにとってはどうでもいいのだ。
 僕たちにとって大事なのはパンダ、厳密に云えば青春を食ったパンダなのだ。
 
 さて、ではここで問題です。
 パンダは青春を食べます。では、青春を食べたパンダを食べれば、一体どうなるでしょうか?
 
 僕たちは青春を持っていない。
 パンダに食べられる前から、そもそもそんなものはなかった。
 僕たちは青春がほしい。
 それがこの部活の、唯一の活動目的なのだ。

     2

 次の日、いつもどおり部室に行くと、珍しく先客がいた。
「先輩、遅いですよ。これで58連敗ですね」
「だからそれ、僕に勝ち目ないって」
 罰ゲームどうしよっかなー、といちごちゃんは楽しそうだ。対照的に、いちごちゃんの正面に座る女子生徒は困惑した表情でいちごちゃん、ではなく、僕のことをじっと眺めていた。
「えっと、そちらは?」
 誰にともなく訊いてみる。
「悩める若者です」
 いちごちゃんが返す。
「いや、それはわかる」
 なぜなら、それ以外の用件で誰かがここを訪ねてきたことなんか一度もないのだから。僕といい、いちごちゃんといい、本当に人望がないのだ。ついでに友達もいない。
「えっと、いとう……?だよね?」
 驚くべきことに女子生徒は僕の名前を知っているようだった。誰だこの人。見覚えが……ないこともないような。よくわからない。
「同じクラスの佐藤なんだけど」
 ……?あー、なんか、云われてみたらなんとなく覚えてなくもない。英語のグループワークで何度か同じ班になったことがあるような気がする。いや、ほら、僕、クラスメイトとは一定の距離を保っているっていうか、保たれているっていうか。だからあんまりクラスメイトの顔とかわからないのだ。
 とりあえず最初からわかってましたよといった風にうんうん頷いておく。
「先輩の顔面識別能力は著しく低いですからね。確か人間とチンパンジーの区別がつかないんでしたっけ?」
「僕に変なキャラ付けをするな」
 やめろよ。佐藤さんめっちゃ引いちゃってるじゃん。
「ていうか、いとういるなんて聞いてないんだけど。なんでいるの?」
「なんでって……そりゃ、僕もここの部員だからだよ。え、もしかして僕って、ここにいちゃいけない存在ですか……?」
「うわ、先輩、存在を許容できないレベルでクラスメイトに嫌われてるんですか」
 なにそれ傷つく。
「あ、いや、違う違う。別にいとうのこと嫌ってるとかじゃないから。嫌うほど知らないし」
 や、ごめん。そっちのほうが傷つくかも。
「でもクラスメイトの前で悩み打ち明けるとか、ちょっと、恥ずい……」
 佐藤さんは居心地悪そうにしながら、もじもじと僕、じゃなくていちごちゃんに向かってつぶやいた。
「先輩、先輩の存在が恥ずかしいから消えてほしいそうです」
「そんなこと云ってなくない!?」
 佐藤さんもうんうん頷いてるし。
「あー、わかったよ。じゃあ、外出てるから、終わったら連絡くれよ」
「あ、先輩」
「うん?」
「僕、バナナジュースで」

 で、僕がわざわざ一番遠い自販機までバナナジュースを買いに行っている間、いちごちゃんが佐藤さんから聞き出した話はだいたいこのようなものだった。
・好きな人がいる。
・だけど好きな人は部活動に夢中らしく、その邪魔はしたくない。
・そもそもその人が恋人をほしいと思っているのかすらわからない。
・できれば今の状態を壊したくない。
・こんなふうに保守的になってしまっている時点で、自分の愛が本物なのか自信がない。
・でも好き。
・大好き。
・私、どうすればいいんだろう……。
・やっぱ付き合えるなら付き合いたい。
「なんだそれ」
「人の恋路に対してその言いぐさはないでしょう」
 僕が買ってきたバナナジュースをちゅーちゅー吸いながら、いちごちゃんが呆れたように云う。ちなみに佐藤さんは話したいことを話すだけ話して、さっさと帰ってしまったらしい。僕が戻ってきたころには、いちごちゃんは一人で優雅にりんごジュースを飲んでいた。ていうか、それあるんだったら僕をパシるな。
「だってさ、それ、パンダが絡んでるか結構微妙な依頼じゃないか?仮にパンダが絡んでたとしても上物は期待できそうにないぞ」
 当たり前だけど、別に生徒が抱える悩みの原因がすべてパンダということはない。中には単純に自身の思想や行動やすれ違いから悩んでいるだけの依頼もあったりする。また、少ししか青春を食べていないパンダであれば、必然的に保有する青春の量も少なくなる。僕たちは悩みが解決するまでそこにパンダが巣食っているかどうか、どんなパンダがいるのかわからないので、散々苦労した挙句、無駄足だったというケースは少なくない。
「それはやってみないとわからないでしょう」
「まあ、そりゃそうだけど」
「それに、これで案外上物が捕まる可能性だってありますよ」
 パンダは青春を食う。しかし、食われた結果、その人にどのような影響が出るのかは個人差がある。もともと強い青春を持っている人間が多少青春を食われても、少し思い悩むくらいで大きな影響はなかったりする。逆に、弱々しい青春を抱えているような人間であれば、普通ならかすり傷程度の量の青春を食べられただけでそのまま死に直行してしまう場合だってある。
「その例でいえば、佐藤さんは間違いなく前者だな」
「それこそわからないですよ。人の青春なんて、傍目には。無理に取り繕っているだけで、実は貧相な青春にすがりついているだけ、なんてことは往々にしてありますからね」
「いちいち正論だな」
 しかし、そのとおりではある。青春なんてものはどうやったって客観的には測れない。毎日、帰り道に古本屋に寄って安い古本を集めているだけのようなやつが実は脳内で大量の青春汁を炸裂させてる、なんてのはよくある話だ。
「でも少なくとも、今回は悩みが単純なぶん、解決は簡単そうだな。ようは、その好きな人が今、誰かと付き合いたいと思ってるかどうかを探ればいいんだろ?イエスであれば佐藤さんに告白させればいいし、ノーであれば現状維持。被害は最小限ですむ」
「そんな簡単にいきますかね」
「いくだろ。佐藤さんくらいの容姿だったら、告白されて断る男子なんていねぇよ。一途に想ってるようなやつがいたりすれば別だろうけど、それは最初に聞き出しておけば問題ない。佐藤さんには、今は部活に専念したいらしいよとか適当云っておけばすむ」
「なるほど。でも、先輩はそれでいいんですか」
「は?今の話、どこかに僕が絡む要素があったよ」
 どこをどう読んだって、僕とは無縁の、よくある恋バナでしかないだろう。ついに埃で脳がやられたのか?僕が名前も知らなかった佐藤さんのこと好きとか壮絶な勘違いを繰り広げてないか?
 なんていうツッコミはいちごちゃんの次の言葉で完全にすべて吹き飛んだ。
「だって香賀美タイガですよ、佐藤さんの好きな人」

     3

 香賀美タイガ。校内のなかでもいわずとしれた有名人。プリズムショーをやっていて、その実力はかなりのもの。普段は一人でいることが多いが、浮いている、という感じではなく、むしろ逆に全校生徒から尊敬の念を抱かれている節すらある。聞けば、ファンクラブまであるとかなんとか。
 そして、僕が好意を寄せる相手でもある。
「いとうさ、昨日の話、あの子から聞いた?」
 不意に話かけられて顔をあげると、佐藤さんがキョロキョロとまわりを伺うようにして立っていた。まさか、教室で寝たふりをしている僕に声をかけてくる人間がいるだなんて思ってもみなかったのですげー胸がばくばくしている。
「あの子って、いちごちゃん?」
「へ、あの子、そんな可愛い名前なの?なに、あだ名?」
「じゃなくて、本名らしいよ」
「親のネーミングセンスを疑う……」
「それについては僕も同感」
「って、じゃなくて!」
 はっとした様子で、佐藤さんの声が急に大きくなる。近くにいた男子グループがなんだ?って顔でこっちをチラ見する。それから、なぜか同情の表情。いや、なんで?
「……じゃなくて、昨日の話」
「まあ、聞いたけど」
「うわ、最悪……。絶対誰にも云わないでよ」
「云わないよ」
 云えるわけがない。だって、云う相手がいないのだから。
 納得した様子で僕の席から離れていく佐藤さんの後ろ姿を眺めながら、僕は考えなくてはいけないと思う。
 胸がもやもやする。
 僕は考えなくてはいけない。
 そして、動き出さなくてはいけない。
 だけど、一体、何を、どうやって?

 放課後、いつものように人波に逆らうようなことはせず、僕は流されるままグラウンドに向かった。
 体育館横に目当ての人物はいつもいて、この日も一人で熱心に練習をしていた。
 香賀美タイガ。
 別に、なにか、不良に囲まれているところを助けてもらったとか、プリズムショーを見て一目惚れしたとか、小学校からずっと仲がよかったとか、そんな、特別素敵なエピソードがあるわけじゃない。
 ただ、気がつけば目で追いかけている回数が増えていた。
 僕が持っているものを、香賀美タイガはすべて持っている。
 香賀美タイガにはプリズムショーの実力がある。
 香賀美タイガには期待される将来がある。
 香賀美タイガには欲されるだけの人望がある。
 香賀美タイガには夢がある。それを叶えるだけの根拠がある。
 香賀美タイガには自分を動機づける過去がある。
 香賀美タイガには疑いようのない自我がある。
 香賀美タイガには倒すべき敵の存在がある。
 香賀美タイガには目標とすべき存在がある。
 香賀美タイガには自分を認める大人の姿がある。
 香賀美タイガには語るに値する物語がある。

 香賀美タイガには才能がある。

 それは、僕が一番欲しているものだ。
 僕は才能がほしい。才能に裏打ちされた青春がほしい。僕は才能がほしいがために青春を食らうパンダを食らっている。
 
 香賀美タイガの様子を見に来た上級生らしき男に見咎められ、僕はそそくさとその場をあとにした。

     4

 次の日、いつも通り教室棟の最上階、視聴覚室の隣の空き教室に行くと、やはりというべきか、すでにいちごちゃんがいた。
 いちごちゃんはいつだってここにいる。登校してまずここに来て、下校するまでここにいる。いちごちゃんがなぜ、自分が本来所属するはずの教室に行かないのか、僕は知らない。なぜ、それでも健気に毎日登校してくるのか、僕は知らない。ただ、そこにはいちごちゃんの求める青春に起因する何かが関わっているのだろうということはなんとなく想像がつく。
「遅かったですね。昨日は無断でサボるし。これで記念すべき通算60連敗ですね」
「だからそのゲーム、僕、勝ち目ないじゃん」
 それこそ本当にここに住むくらいのことをしないと、いちごちゃんより早くこの教室にやってくるなんてのは不可能なのだ。
「言い訳は聞きたくないです。さて、では、罰ゲームの内容ですが」
「それ本当にやるんだ……」
「当たり前じゃないですか」
 さも正当な権利であるようにいちごちゃんは云い放つ。でもその話、僕、3日前にはじめて聞いたんだよなぁ……。
「……まあ、いいよ。なんだってやってやるよ。何だ、今度は駅前でハンバーガーでも買ってくればいいのか?」
「香賀美タイガに告白してきてください」

ーーわりぃけど。
 香賀美タイガの返答は、まあ、予想できたものだった。あまりにも予想通りすぎて、もはや落ち込みすらしなかった。校舎裏で、泣き出してしまおうかと思ったけど、涙なんてまったく溢れなかった。

ーー香賀美タイガに告白してきてください。

 いちごちゃんにそう云われたとき、僕は一体何の冗談かと思った。
 ただ、それを命じたいちごちゃん自身は、極めて真面目な表情だった。
「冗談じゃないですよ。昨日、先輩が来なくて暇だったので、考えたんですよ。佐藤さんは香賀美タイガが好き。同じく、先輩も香賀美タイガが好き。香賀美タイガが二人同時に付き合うようなたらしでもなければ、この先に待つ未来は3つ。1.佐藤さんが香賀美タイガと付き合う。2.先輩が香賀美タイガと付き合う。3.香賀美タイガは誰とも付き合わない。このなかでおそらく最も可能性が高いのは3。香賀美タイガという人物について、僕は先輩の口から聞いた程度の知識しかないですけど、おそらく今は誰かと付き合うとかそういう状態にない。3のケースであれば、佐藤さんを悩ませている事柄に一応の決着はつく。そして、先輩の方にも。たぶんこれが一番ベターな結末でしょう」
「……それには僕も概ね同意する。でも、そうすると、やっぱり、僕が香賀美タイガに告白するという結論には疑問を抱かざるを得ないんだが」
 僕も同じことはもう考えた。結論としては3しかないのだ。現状維持。おそらく香賀美タイガは誰とも付き合わない。なぜなら、香賀美タイガだから。才能があり、物語がある人間に、僕たちモブが付け入る隙など一ミリもないのだ。
「僕は今、3つのケースのうち、客観的に考えたときにもっとも可能性の高いケースを提示しました。しかし、先輩、一つ大事なことを忘れています」
「大事なこと?」
「青春は客観的には測れないんですよ?」

ーー青春なんてものはどうやったって客観的には測れない。

「ねぇ、先輩。単純な話ですよ。先輩には好きな人がいる。それは憧れや祈りが混じったものかもしれないけれど、それでも好きな人がいる。そこに同じ人を好きだというやつが出てきた。そしてそいつは今にも行動に出てしまいそうなやばいやつなんです。万が一かもしれないけど盗られてしまう可能性だって、ある。だったら簡単ですよ。やる前にやる。先手必勝。たまには我を出してぶちかましてやればいいんですよ」
 いちごちゃんの手のひらが僕の胸に触れる。
「なぜなら、それが青春だから。それが僕たちが切実に切望しているものだから。それに、万が一にでも可能性があるのはこっちだって同じなんですよ」
 いちごちゃんの手のひらが僕の胸を強く押す。
「……ほんと、まったく、いちいち正論なんだな」

「その……やっぱり、僕が男だから……」
「ちげぇよ。男とか、女とか、そんなんじゃねぇ。ただ、オレには遊んでる暇がない。殴らなきゃいけない人がいる」
 ああ、そうだよな。
 それは僕が憧れる香賀美タイガが云うべき言葉だ。
 それこそが、僕が憧れた香賀美タイガが持つべき思想だ。
 僕は今、最も欲している才能に、近いところにいる。
 肌で香賀美タイガの熱を感じる。
 僕は今、何かが見えそうで、
「じゃあ、オレ、もう行くわ。あと、それと、その……ありがとな。気持ちはちゃんと受け止めた」
 だけど、香賀美タイガはそれだけ云って、自分の物語へ戻っていってしまう。僕はその後ろ姿をいつまでも眺めていたいと願って、でもすぐに見えなくなって、何も見えないままでいて。

 その日もパンダはみつからない。

いとうくんのお洋服代になります。