ヒヤリハット16 猫井川、スペイン料理店で昔話を聞く
こんなヒヤリハットがありましたので、対策とともにお話しします。
今回は、鼠川の昔話です。
猫井川、スペイン料理店で昔話を聞く
「今日はなんだか疲れました。」
コンクリート打設の作業を無事終わらせた後、事務所での猫井川の口からは、こんな言葉がこぼれました。
エスパニョール鼠川が、現場復帰1日目。
いつにも増して色々ありました。
「わしも、久々の現場で疲れたよ。」
鼠川も現場に戻ってきて、自分のデスクに座り、いかにもぐったりという感じで、答えました。
「でも、現場の空気は楽しかったよ。
日報は、わしが居た時と同じか?」
今日の現場日報を取り出しながら、書き方を犬尾沢に確認します。
「ええ。変わってませんよ。
書いたものをファイルするのも、当時と同じです。
鼠川さんのも新しくなってますからね。」
日報を書いていると、隣の席の保楠田が思いついたように言いました。
「そういえば、鼠川さんの歓迎会しないとね。」
「おお、確かに。いつやる?」
事務所に帰ってきていた羊井メェも賛同しました。
「いやいや、新入社員でもないしな。
気持だけもらっておくよ。」
「まあ、しばらくはみんな忙しいから、すぐには難しいけど、落ち着いたら、慰労を兼ねて、歓迎会をやろう。」
犬尾沢も賛成のようで、そのように提案しました。
「楽しみですね。鼠川さん。」
猫井川もまんざらではなさそうで、鼠川に話しかけました。
「おう。とりあえず今の現場を無事に終わらせないとだ。
ところで、猫井川。
今日は飲みに付き合え。大丈夫か?」
「えっ、今日ですか?
まあ、後は帰るだけなんで、大丈夫ですけども。」
「そうか、じゃあ飲みに行こう。
お前とは今後のこともあるから、しっかり仲を深めないとな。」
「ま、まじっすか。
他は誰か一緒に行かないんですか?」
猫井川は、突然のことに戸惑いながら、保楠田や犬尾沢の方を向きました。
「う~ん、俺は無理。」
「俺も。今日は帰らないと。」
犬尾沢と羊井たちは、即答で断りました。
「俺も今日は用事があるから、猫ちゃんに任せるよ。」
保楠田も同行しないようでした。
兎耳長はもう事務所にいませんし、他の人たちはまだ帰ってきていないようでした。
「俺だけか。」
やや、心細そうにつぶやく猫井川でしたが、それを見た鼠川が言いました。
「なんだ、わしと2人では不満か?」
「いや、そんなことはないです。一緒に行きます。」
「よし、行くぞ!猫井川!!」
2人は日報を書き、飲みに出かけていったのでした。
~~~
「よし、ここで飲むぞ。」
そう言って鼠川が連れてきたお店は、およそ鼠川には似つかわしくない、おしゃれなレストランでした。
「ここですか?結構おしゃれな店ですけど、いいですか?
俺あんまり、こんな店来たことがないんですけど。。。」
「いいんだよ、そんなこと気にすんな。
入るぞ。」
気にする様子もなく、鼠川は店に店の扉を開けました。
中は、おしゃれな調度で、落ち着いた雰囲気のお店でした。
そんな雰囲気のお店の中を、作業着姿のままの2人は中をずんずん歩いていきました。
「どうも、こんばんは。」
鼠川がお店の人に挨拶をすると、日本人ではない店員さんが笑顔を向けてきたのでした。
「おう、チュウ!おかえり。
仕事どうだった?」
「おう、ただいま。
さすがに少し疲れたよ。
今日は同僚をつけてきたよ。」
猫井川がそんな会話にあっけにとられていると、鼠川はようやく説明してくれました。
「ここは嫁さんの実家のスペイン料理のレストランだよ。
で、こっちが、俺の嫁さんのラータだ。
ラータ、こっちは同じ会社の猫井川だ。」
「初めまして~。」
「は、初めまして。ね、猫井川です。エスパニョールさんにはお世話になっています。」
ニコッと笑顔を向けてくる、きれいな女性に挙動不審に答える猫井川なのでした。
「チュウは、みんなにエスパニョールだと言ってるのね。」
「おう、今のわしはエスパニョール鼠川だからな。」
欧米のノリでキスをする2人を、ただぼんやり見ているしかできません。
「そうそう、これから猫井川と一緒に飯にするよ。
奥の席空いてる?」
「ええ、どうぞ。
猫井川さんもゆっくりしてね。」
店の奥の席に案内され、着席すると、猫井川はようやく落ち着きました。
「先に奥さんが働いているところだと言ってくださいよ。
奥さんきれいですね。若いのは知ってましたけど。
あと、日本語ペラペラなんですね。」
「まあ、嫁さんの本業はダンスインストラクターなんだけど、夜はここで手伝ってるんだよ。
スペイン人とはいえ、日本育ちだからな。日本語はペラペラだ。
じゃないと、そもそも俺と話ができないしな。」
「なるほど。そうなんですか。
ここはスペイン料理やですか?」
「おう、ここの料理はうまいぞ!
ニンニク臭くはなるけどな。」
そんなことを言いながら、ビールを注ぎ、2人で乾杯しました。
「料理は適当に任せるよ。
こいつには元気に働いてもらわないといけないから、精のつくのを頼むよ。」
ラータにそう言うと、空になったグラスをまた満たしていくのでした。
「猫井川、この仕事をやり始めて何年だ?」
ビールを飲みながら、鼠川は聞いてきました。
「そうですね。2年くらいですね。」
「そうか。この業界は、この会社に入ってからか。
ちょうどわしが辞めたのと、入れ違いだな。
その前は何してたんだ?」
「バイトとかですね。色々やってたんですけど。
しっかり就職しないとなと思って、今の会社に入ったんですよ。」
「なるほどな。実際に建設業に入ってみてどうだ?
前持ってたイメージと同じか?」
「前は、建設業は、危険で汚いとか、乱暴なイメージがありましたけどね。
まあ、確かにその通りではあるんですけど。
でも、イメージしてたのと、違うところも多いですね。
今は、自分には合ってると思います。
少し慣れてきたかなと思うんですけど、まだまだ勉強しなければいけないことが多いです。」
「まあ、3Kとか言われてたもんな。
今日の仕事ぶりを見てても、よく働いていると思ったよ。
でもな、少し慣れてきたときが、危なかったりするんだぞ。」
「危ないですか?」
「うん、今のお前くらいの時期が、事故を起こしやすいんだ。」
「はあ、そんなもんですか。」
「わしの経験上での話だから、実際はわからんぞ。
でもな、わしの周りでは、そんなのが多かった。」
「はあ、なるほど。慣れた頃に、事故ですか。」
「そういのもあってな、お前と少し話そうと思ったんだよ。」
グラスを空にしながら、鼠川は言いました。
「実はわしが、そんな目にあったんだよ。
まあ、聞けよ。
昔こんなことがあってな・・・」
~~~~~~
30年ほど前、鼠川がまだ30代の頃でした。
ビル工事用の足場を組んでいる作業の時でした。
この足場は、ビルをグルリと囲う外足場でした。足場は単管足場という種類のものでした。
これは鉄パイプ(鋼管)を緊結用の金具(クランプ)で固定することで、足場の形に組み上げ、これに作業床や手すりを付けていくものです。
「鼠川!パイプを何本か持ってきてくれ!」
足場の上で作業をしていた先輩が、地上で仕事している鼠川に言いました。
「はーい。」
そう答えると、鼠川は材料置き場に向かい、鋼管を3本抱え、足場に戻ってきました。
「上まで、持っていきますか?」
「おう、4,5本持ってきてくれ。」
そう言われた鼠川は、先に材料置き場から、さらに2本の鋼管を持って来きました。
「よし、持って上がろう。」
足場の作業床や階段は狭く、人がすれ違う程度の幅しかありません。
そんな場所を一度に3本を抱えて、登っていきました。
鋼管を抱えると左右にはみ出し、支柱や手すりに引っかかりました。
そのため足場の作業床を歩くときは、横歩きで歩かざるを得ません。
「おい、気をつけろよ。」
すれ違う同僚は、鼠川に声をかけます。
「大丈夫ですって。」
あまり深く考えていなかった鼠川は、気にせず進んでいきました。
足場の3層目まで上がってきた時でした。
相変わらず横歩きしていると、作業床と作業床のつなぎ目にあった、わずかな段差に足を引っ掛けてしまいました。
今まで何度も歩いてきましたが、一度も気にもとめたことがない程度の段差。
横歩きで、そろそろ歩いていたため、引っかかってしまったのでした。
足がひっかかり、体がよろけてしまいます。
バランスを取ろうにも、両手は鋼管を抱えているので、支えられません。
そのまま作業床の上に、倒れてしまいました。
「やべ。」
転んだ拍子に、鋼管は手を離れ、転がりました。
ガランガラン。
当時の足場には、床かの落下を防ぐ、幅木はつけられていませんでした。
鼠川の手を離れた鋼管は、作業床を転がり、地上に落ちていったのでした。
「こらー!!」
「危ないだろ!」
「気をつけろ!!!!!」
足場の上と地上から、一斉に怒号が飛び交います。
「鼠川!!!何をやっているか!!!」
ひときわ大きい現場監督の怒鳴り声が、響き渡りました。
・・・・
「それで、誰か怪我をしたんですか?」
「いや、その時は幸いなことに、下には誰もいなかったからな。
怪我をした人はいなかった。
でも本当に肝を冷やしたな。
わしも倒れる方向が悪かったら、落ちてたよ。」
「幅木とかはなかったんですか?」
「当時は、今ほど足場の構造も厳しくなかったからな。
つけていない足場も多かったんだよ。」
「今じゃ、考えられないですね。」
「そうだな。でもわしも当時は仕事に慣れたと思っていた頃だからな。
油断するとそんなことになるんだ。
猫井川は、今そんな時期なのかもしれんな。」
「そうですか。
自分ではそんなつもりはないんですけど。
犬尾沢さんも厳しいですし。」
「犬尾沢な。あいつも色々あったからな。」
「どんなことがあったんですか?」
「まあ、詳しくは本人から聞けばいいけども。
聞けば話してくれると思うよ。」
2人の夜は、まだまだ始まったばかりです。
ヒヤリハットの解説
今回は、鼠川の過去のお話です。
2人の飲みの席での話ですね。これは次回も続く予定です。
さて、今回のヒヤリハットは、鼠川若かりし日に起こったものです。
足場組立作業の時に、材料の鋼管を運び上げていたところ、転んでしまい、鋼管を落下させてしまったというものです。
幸い落下地点付近に人はいなかったので、怪我人はいなかったものの、一歩間違えれば、大事故でした。
足場を構成する材料は、鋼管や枠、クサビなどいくつかの種類があります。
鋼管というのは、いうなれば足場用の鉄パイプのことです。単管足場等で使います。
材質は鉄ですから、それなりの重量があります。
もし鉄パイプが落ちてきて、体に当たると。
恐ろしいことです。
実際に落下してきた鋼管で怪我をしたという事故事例はあります。
鼠川の話は、30年ほど前なので、足場も規制も今ほど厳しくなかった時代です。今は法改正され、厳しい基準での組立が義務付けられています。
足場では材料を上げたりしますが、今回のお話しは、頑張って人力で運んでいました。通常であれば、ウインチやクレーンを使うことが多いです。
しかし人力で運ぶのには限界があります。一度に運べる数も限られています。そして今回のように危険も伴います。
長尺のものを足場を使って歩かれては、すれ違うのも難しいですし、あちこちに当たりますからね。
そのため、吊り網や吊り袋などを使い、ウインチなどで荷揚げするのもよいですね。
また落下だけでなく転倒が、墜落・転落になることもあるので、高所作業は相当の注意が必要です。
鼠川との話から、猫井川や犬尾沢の過去など、すこし話が進んでいきそうです。鼠川の奥さんのお店での夜は進んでいきます。
今回のヒヤリハットのまとめ
ヒヤリハットの内容
足場組み立て時に、鋼管を持ち運んでいたら、転んでしまい、鋼管を落下した。
対策
1.足場の材料は、吊り網、吊り袋を使い、ウインチやクレーンで上げる。
私は労働安全コンサルタントとして、職場での労災防止についてのブログを書いております。
ぜひ、こちらも訪問してください。
最後にCMです。
清文社さんより、安全に関しての小冊子を出しております。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?