鎧
初めて髪を染めたのは、実は社会人2年目になった時である。
多分、上京しなかったら、都会で社会人になっていなかったら、私は一生髪を染めなかったと思う。
私は自分の地毛が大好きだ。
私の毛は愛すべき赤茶色だ。蛍光灯の下では非常に明るく、小中高の服装検査では、必ず美容院で地毛証明書をもらうくらいだったのだ。
小学校のときに水泳をしていたのが理由のひとつかもしれない。
あるいは、母親譲りという、遺伝的なこともあるかもしれない。
なんにせよとりわけ染める必要もないな、と思っていた。
世間一般でもてはやされるかわいいブラウンではなかったが、
祖母や母とおそろいだったのがなんとなく嬉しかったのだ。
ということで、
地毛が好きな私があえて染めたのは、ポジティブな理由ではない。だからもしかしたら、このタグの題意からは反れるかもしれない。
当時の私は毎朝7時40分台の電車に現れる、
京急線の触り魔野郎、まあ端的に言うと痴漢に本当に悩まされていた。
(20代までで女性は(あるいは一部の男性も)世間一般の美醜に関わらず、結構な割合で痴漢被害にあっている。触りたいひとは触らずにはいられないらしく、誰でもいいのだ。だから痴漢に遭ったという話題を聞いた時は、本当の悩みであって、笑い飛ばすことも、軽んじることもやめてあげてほしい。言う方は恥ずかしいわ情けないわで打ち震えているのだ。
決して自慢や美のステータスになることはありえない、ということだけ理解していただきたい。お願いします。)
当然私も、恥ずかしくて誰にも言ってないけれど、同じ会社の人は同じ電車にたくさん乗っていて、きっとみんな知っていた。
でも当然、だれも助けてくれなかった。
いつも黒ずくめのダッサイ服装にしてもダメ。
電車が揺れるふりして足を踏んでもダメ。
諦めて乗る時刻をずらしたらそいつもずらしてきた。
もう自衛するしかないなと思った。
最後の手段。それが「髪を染める」ことだった。
きっかけはtwitterだったと思う。
当時SNSで見かけた、「髪の毛が派手な女性は絡まれない」という漫画を、私は本当に、一縷の希望をもってお気に入りした。
その女性は金髪だったか、緑髪にしたかだったと思う。そして痴漢ではなくベビーカーのお子さんにたくさん接触されて困っている、という漫画だった。
髪を染めたら突進してくるジジイも我が物論で子育てに口を出す赤の他人も減った。というものだった。
これって痴漢する人にも活かせるよね。
私にも最後の抵抗ぐらいできるかな、と思って検証を始めたのだ。
黒、地毛ぐらいのナチュナルブラウン、ほぼ金髪に近い明るいブラウン。
OLが許される範囲の色で3パターン用意した。
髪型は同じボブにして、それぞれ2か月ずつ痴漢される回数をカウントした。
帰る条件は髪の毛だけだ。乗る電車も車両も、いつも同じにした。
不思議なことに、髪が明るくなるにつれてたしかに回数が減るのである。
最初一度黒染めしたら回数が増えて(週4!)、地毛に戻したら週2回に減った。
金髪にしたら週0回である。そう!まったくなくなったのである!
やつは乗ってる!
目も合ってるし同じ車両にいるのにまったく!触ってこなくなった。
最終的にはその電車から消えた。私は地道に勝ったのだ。ガッツポーズした。
その男の、目に見えて態度が変わるのがおもしろかった。
見てくれがおとなしい女性が、たまたまその痴漢は触りやすいと思ったんだろう。
私は常識の範囲で、ずっと明るい髪色にすることにした。
私にとって電車は15分動けない拷問器具ではなく、普通の移動手段になった。
実は残念ながら、会社での評価も黒>茶>金髪の順に下がっていった。
おとなしい、まじめ、といった見た目は仕事には非常に良い作用をもたらすからだ。
会社での評価が下がっても、それでも得るものは大きかったと思う。
黒髪の時は上司から聞かれたバストサイズも、
金髪にしたら「都会に染まりやがって」「色気づきやがって」「純朴そうな見た目がよかったのに」という上司の悪口に代わっていった。
飲み会でだけ、酔っぱらった上司が戻したほうが言う事ききそうでかわいかったのに、という声も聞こえた。
そういう上司に「おべっか」を使えたら昇進するんだろうな、と自分の世渡りベタさにちょっと落ち込んだりもした。
でも、まともな男性は髪の色で私を差別しなかった。
「おとなしいから声をかける」という男性からは、性的な目で見られることが明らかに減った。
月1万円の美容代で白髪も染まれば厄介な男をもフィルタリングできる。
なんともこれはいいライフハックだ!とニコニコだった。
母に会いに行った時、髪を染めたんだ、と言って明るい髪を指さしたら、母親は染めたことではなく、どうにも色が不満だったらしい。「まだ地味だ」「どうせ染めるんなら派手に」「地毛に似た色はやめたらよかったのに」と再三言われた。
次はもっと自分のオシャレのために染めるね、と私は笑った。
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