「目尻」という表現はひどすぎやしないか。
目の外側の端を指して「目尻(めじり)」という。
これは決して、笑うなどしてしわができた様子がお尻っぽいからではないらしい。
始まりを「頭」、終わりを「尻」と呼ぶのは、何も「目」に限ったことではない。
しかし、身体の部位を表現するのに、身体の部位を用いるのはいかがなものか。
「目尻」などと言われた目の立場からすれば、自分が目なのかお尻なのかわからなくなり、己の存在自体を見失ってしまうだろう。
聞き手の立場からしてみても、「目尻」という言葉は「目みたいな尻」という解釈もできてしまう。
リスみたいなサルを意味する「リスザル」など、このパターンの言葉は無数に存在する。
いちど「目みたいな尻」と解釈してしまえば、我々はおぞましい想像に脳内を支配され、いずれは精神に異常をきたしてしまうだろう。
そうさせないためにも、「目尻」などという言葉を許してはならないのだ。
しかし、いまや「目尻」という言葉は当然とされ、さらには「~を尻目に」などという、「え? 逆にも使っちゃうんだ」と度肝を抜かれるような言い回しさえまかり通る始末だ。
「目尻」「尻目」「目尻」「尻目」——。
私の思考はラビリンスに迷い込んだ。
そこは、「目」と「尻」に埋め尽くされた迷宮だった。
じつのところ、長らくnoteを更新できずにいたのは、その迷宮から出られず、精神崩壊を起こしていたためだ。
ようやく抜け出すことができたのは、ひとまず「目尻」の問題に挑むべきだと、初心にかえったからだった。
目の外側の端が「目尻」と呼ばれるいっぽうで、目の内側の端は「目頭(めがしら)」と称される。
「目の頭」、つまり目のはじまりの部分と言いたいのだろうが、
これもまた理不尽な表現である。
目とは、頭についているパーツなのである。
それなのに「目の頭」と言われたら、そこにも目があるはずだから、その目にも「目頭」が存在することになるのである。
まるで合わせ鏡のように、目頭は延々と連なっていく。
だが、別の捉え方をしたとき、「目頭」はそれほど不幸でないことがわかる。
「目たちの親玉」「目界のドン」
と解釈することができるからだ。
その点「目尻」には、こういった良いほうに解釈する余地がない。
したがって、やはり「目尻」のほうが不幸であることは間違いないのだ。
ひとつ例を挙げよう。
地球の両端は、それぞれ「北極」、「南極」と呼ばれている。
どちらでも構わないのだが、ひとまず
北極を「地球頭(ちきゅうがしら)」、
南極を「地球尻(ちきゅうじり)」と仮定しよう。
調査隊の過酷さはほとんど同じだというのに、地球尻での任務のほうが楽そうに感じられるはずだ。
家族に告げるときも、
「父さん、地球尻の配属になったんだ」
と言ったのでは、妻も子も誇りに思ってくれないどころか、深刻さを感じてくれさえしないだろう。
下手をすればその事実を隠すかもしれない。
ここまで話せば、頭と尻が公平でないことは充分にご理解いただけただろう。
私がすべきは、このかわいそうな「目尻」に、新たな呼び名を与えてやることだ。
北極のように「極」が端を意味するのなら、目の端は「眼極(がんきょく)」と表現できるはずだ。
しかしこれではどちら側の「眼極」なのかが判然としない。
答えは出た。
内側の端、つまりいままで「目頭」と呼ばれていた箇所を「内眼極」、
外側の端、つまりいままで「目尻」と呼ばれていた箇所を「外眼極」
と呼べばいいのではないか。
この結論に至ったとき、私は大いに喜び、そして自分の挑戦を誇りに思った。
これなら本当にそう呼ばれる日がくるかもしれない!
今回は本当に、憐れな存在を救えたのかもしれない!
友人に電話して教えてあげようか!
しかし、現実は厳しかった。
念のためと思い、私は「目尻 正式名称」で検索をかけてみた。
「外眼角(がいがんかく)」
と記されていた。
ちなみに目頭は「内眼角」というらしかった。
私は絶望の穴の中に放り込まれた。
きちんとした呼び名は、すでにあったのだ。
どうやら私は解決済みの問題に、長い歳月を費やしてきたようだ……。
こうなったら意地でも、もっといい呼び名を考えてやる。
イーストエンド
違う!
ウエストエンド
違う!
ジ・アウトサイド
違う!
ティアー・マズル ~涙の銃口~
あ、いいかもしれない。内眼角のほうは、
ティアー・マガジン ~涙の弾倉~
にしてみるか。
いやでも涙が端からこぼれるとは限らないか。
気持ちが少し前向きになってきたとき、私は恐ろしいことに気づいてしまった。
尻の端は、「尻尻(しりじり)」ということになるのか……?
反対側の端は、「尻頭(しりがしら)」……?
お尻の親分、尻界のドン……。
頭のてっぺんは「頭頭(あたまがしら)」なのか?
ふたたび迷宮の入り口が見えてしまった。
尻って何だ? 頭って何だ?
尻、頭、尻——。
う、う、う、
うわああああああああーーーーーーーーーーーーーーー!
……シリ アタマ シリ ハハハハハ オカシイナ ハハハハハ
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