「恋する救命救急医~魔王、ジェラシーの夜」あとがきと…ちょっとしたおまけ
こんにちは、春原いずみです。
「恋する救命救急医 ~魔王、ジェラシーの夜~」をお読みいただきありがとうございます。
電子書籍オリジナルという形式上、あとがきがないのですが、今まで出した「恋救 電子書籍オリジナル」で「あとがきがなくて寂しいです」というご意見を戴いたので、ちょっとだけ書いてみようと思います。
さて、電書名物、濃い(笑)魔王×森住です。この2人に関しては、今までわりと情緒もへったくれもないようなところがあって(多分に魔王のキャラクターによるかと)、即物的なカップルだったのですが、今回は魔王がいつもとちょっと違います。
担当ちゃんから「魔王×森住で」とオファーをもらった時、ぱっと思い浮かんだのが「怒鳴る魔王」(笑)。魔王って、常に落ち着いていて、相手がいきり立てばいきり立つほど冷静になっていくっていうタイプのキャラで来たのですが、ふと「魔王が怒鳴ったら怖いだろうな……」と思ってしまい……。こっちのあとがきから読んでいらっしゃる方は、どこで魔王が怒鳴るか、楽しみにしていてください(笑)。
SSをのぞいて、今までで一番短い「恋救」なので、どこまで書けるかなぁと思いながら書いていたのですが、何せキャラが立っている人たちなので、ちゃんと働いて、えっちもして……(笑)、意外とちゃんと書けたわと、ちょっとびっくりしています。これ、完全新作でキャラ立てをしていると難しいかなとも思いますが、サクサクと読んでいただくには意外といい尺なのかななどと、思ったりもしています。
「恋救」は、文庫版13冊、電子書籍オリジナル4冊(今作を入れて)という、なかなかのボリュームなのですが、電子書籍オリジナルは時間の流れなどをやや曖昧にしているので、文庫版の本編を読んでいなくても、さらっと楽しめると思います。ここから入っていただいて、本編にチャレンジしていただくもよし、「恋救」キャラも出てくる「無敵の城主」や、シリアス寄りの「Dr×Dr」に進んでいただくもよし(こちらは2巻ずつなので「恋救」よりもとっつきやすいかもです)。ホワイトハートメディカルタウンをぜひお楽しみください。
では、最後にちょっとだけ、SSもどきをくっつけておきますね(笑)。
SEE YOU NEXT TIME! & MERRY CHRISTMAS!
大好きなアイラモルトを片手に 春原 いずみ
『クリスマスの夜に~レッツパーティ・クリスマスverその後~』
『le cocon』でのクリスマスパーティがお開きになったのは、零時を回った頃だった。
「しかし、トムくんまで現れるとはなぁ……」
いつものように、貴志家のお抱え運転手に送られて、2人は『オテル・オリヴィエ』に戻ってきていた。
「彼はロンドンにいるんでしたっけ」
貴志が住んでいる部屋に入ると、ふわっと暖かかった。外はそれほど寒くはないのだが、やはり柔らかな空気にほっとしてしまう。
「らしいな。俺も詳しいところは知らない。向こうで働いているってことだから、就労ビザは取れてるんだろうな」
海外で働くことは、意外に難しい。特にイギリスはなかなか規定が厳しくて、かなり特殊な技能を持っていると認められない限り、就労ビザは取れない。
「優真さんはどうなんだ? あの人、イギリスに帰化してるんだろ?」
森住の問いに、貴志が頷く。
「まぁ、彼は大学から向こうに住んでましたし、ビジネスも向こうでやってましたから。もともと、日本語よりも英語の方が話すのが楽な人ですから、イギリスの方が暮らしやすいみたいですね」
「ふぅん……俺としゃべってる時は、颯真と変わらないくらい流暢な日本語だったけど」
ウォークインクローゼットに入り、森住はコートを脱ぐ。ダウンのもこもこ感があまり好きではないので、カシミアの軽いコートだ。さすがに賀来や篠川のようなロングコートは自分のキャラではないので、黒に近いほど濃いチャコールグレイのハーフコートにやはりカシミアのマフラーをぐるっと巻いている。意外に肩こり体質なので、重いコートは苦手だ。
「話すのは得意ですよ。日常会話程度なら、何カ国語を話せるのやら」
貴志もクローゼットに入ってくる。ホテルの一室についているものとは思えないほど、広い場所だ。どうやら、貴志がここに住むことになった時に、改装しているらしい。室内よりも、ここの壁やら何やらが微妙に新しいからだ。
「ただ、優真の場合、書く方がだめなんです。読むのはどうでしょう……契約書なんかも見なきゃいけないから、そっちは大丈夫だと思いますが」
貴志は柔らかいレザーのショートコートを脱いだ。神城もレザーのコートを着ていたが、貴志のコートはびっくりするくらい軽い。薄くなめしたレザーを使っているらしく、軽くて柔らかい。初めて触らせてもらった時、森住はかなり驚いたものだ。
「颯真は? 何カ国語くらいしゃべれる?」
コートをハンガーに掛け、マフラーもその内側に掛けて、森住は軽くブラシではらった。貴志とつき合うようになってから、わりとカジュアルな服も着るようになったのだが、やはり、スーツが一番着慣れている。そのため、手入れも身についている。コートやスーツは脱いだら、きちんと形を整えてハンガーに掛けて、ブラシで埃を払う。この一手間で、クリーニングの回数は減るし、服も長持ちする……らしい。
「そうですね……日常会話程度なら、5カ国語くらいでしょうか。インターにいると、自然にそうなるんです。いろいろな国籍の学生がいますから」
さらりと言われると、やはり育った環境の違いに驚く。ちなみに、森住は英語も怪しいくらいだ。学位論文を通しているので、英語校閲付きだが、論文英語はそれなりに書ける。しかし、話す方は怪しい。海外経験は、学生の頃にハワイに遊びに行った程度だ。
「ふぅん……」
『le cocon』のバリスタだったトムは、中学もろくに出ていないと豪語していたが、英語は森住よりもよほど流暢に話すし、ドイツ語やフランス語もある程度話せるらしい。
「何か……俺の回りって、すげぇやつばっか……」
「いったい、何を言っているんです?」
貴志が不思議そうに森住を見つめている。
「私や優真が何カ国語かを話せるのは、そういう環境にあったからです。日本人の祖父母とアメリカ人の母、イギリス人の父と暮らしていれば、家の中で、日本語とアメリカ英語、イギリス英語が飛び交うことになります。学校に行けば、さまざまな国籍の友達がいます。日本語や英語が話せる子ばかりではありません。友人たちとコミュニケーションを取るには、話さなければなりませんから」
「やっぱりさ、話せた方が……いいよなぁ」
真面目に英会話でもやってみようか……森住がそんなことを考えた時だった。
「……いいえ、話さなくてもわかることもあります」
貴志の柔らかな声が聞こえた。
「……え?」
ぼんやりと考えながら、コートにブラシをかけていた森住は、ふわっと背中に寄り添ってきた恋人を振り返る。
「颯真?」
「……やっぱり、このシャツ、似合いますね……」
貴志の指がすっと、森住の着ているシャツの襟をなぞった。ふんわり柔らかく軽く、セクシーな光沢のあるシルクのシャツは、貴志からのプレゼントである。
「これを見つけた時、あなたに着てもらうことしか考えられませんでした。あなたがこれを素肌にまとっている姿しか、考えられなかった」
「……素肌限定かよ」
森住はブラシを置くと、ゆっくりと振り返る。両手を伸ばすと恋人の肩にかけて、そっと引き寄せる。
「じゃあ、俺もだ。この……スフェーンを見つけた時、颯真の……耳たぶで輝いているところしか、想像できなかった」
貴志の耳たぶで輝いているオリーブグリーンの宝石。揺らめくオレンジ色のファイアが、彼の中にある強い情念を表すかのようだ。
2人はじっと見つめ合う。ただお互いの姿を。
愛しい人の姿。甘やかな体温。肌に馴染んだ香り。そのすべてが、たまらなく愛おしい。
ずいぶん長い間、2人はただ見つめ合っていた。飽くこともなく。そのすべてを自分の瞳に刻み込むかのように。
「……確かに」
軽くキスを交わす。まるでついばむようなキスを幾度か繰り返して……そして、森住がくすりと笑った。
「話さなくても……わかるな」
「ええ……わかります」
もう一度キスを交わす。今度は深く、甘く。ぬくもりを分け合う……奪い合う。そんなキスを交わす。
愛している。あなただけを心から。
恋人たちの間には、言葉がいらなくなる瞬間がある。言葉では伝えきれない……溢れ出す想い。
「……着るものを贈るということは……それを脱がせる権利を得るということです」
不埒な指がシャツのボタンを外していく。
「いや、逆だろ」
森住がくすりと笑った。
「贈ったもの以外は身につけるなってことだよ」
君が身につけるのは、そのピアスだけでいい。
今夜も……きっと眠れない。熱い夜になりそうだ。