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「恋する救命救急医~ウィステリアの君へ」あとがきと…ちょっとしたおまけ

こんにちは、春原いずみです
電子書籍オリジナル恒例となりましたあとがきです。
「恋する救命救急医~ウィステリアの君へ~」DLありがとうございました。
楽しんでいただけましたか?

さて、藤枝×宮津編です。
『le cocon』のマスター藤枝の過去編第2弾は大きく飛んで、藤枝の英成学院時代の思い出話となりました。
英成学院の話となると、どうしても賀来や篠川、神城の話になっちゃうんですが、よくよく考えると、藤枝だってルックスはいいし、優しいし、穏やかだし…絶対に後輩たちに慕われ、同級生にも好かれていたはずなんです!というわけで、こんなお話を書いてみました。
彼のパートナーである宮津も、家族との確執というかなり重たい過去を持っていますが、藤枝も一朝一夕にあんな風な人格者になったはずもなく、過去に痛い思いをたくさんして、今のすべてを包み込むような優しい藤枝になったんだと思います。
藤枝の過去と宮津の今…のようなものを対比させたくて、今回のお話になりました。
私は宮津の医師としての顔がわりと好きです。仲間といる時や恋人の前では、どこまでも可愛いいじられキャラですが、医師として患者の前に立つ宮津はとても凜々しいし、誰よりも努力家で頭がよく、優秀です。篠川や神城、森住、貴志は普段の顔と医師としての顔のギャップがあまりないのですが、宮津はかなりそこのギャップが大きいキャラに作ってあります。
そんなところも楽しんでいただけたら、嬉しいです。

ちなみにですが…。
藤枝の後輩として出てきた教師の一条は『無敵の城主』シリーズの姫宮蓮の同級生です。あちらにも彼は顔を出していますので「ああ…」とニヤニヤして下さった方もいらっしゃるかも(笑)。
英成学院という学校の設定は、当初はここまで大きくなかったのですが、シリーズが長くなるに従って、なくてはならないピースの一つとなりました。「恋救」の最初の担当編集が提案してくれたものなのですが、彼女に感謝を捧げたいと思います。

紙では一区切りついた「恋救」ですが、電子書籍オリジナルではまだ続く予定です。「恋救」は電子書籍との親和性が高いらしく、私の今までの作品の中でもダントツに電子書籍が売れています(紙は…(苦笑))。
いつも傍に置いて、ふと読みたくなった時に開いていただけたら…などと思いつつ、今回もショートストーリーもどきを書いて、終わりにしたいと思います。
ではでは!
SEE  YOU  NEXT  TIME!

         誕生日を目の前にした午後に    春原いずみ

『2人の週末』

「レモン?」
藤枝が抱えてきた紙袋からころころと転げだした鮮やかな彩りを見て、宮津はきょとんと目を見開いた。
「どうしたの? こんなに…」
「国産レモンが安かったんだよ」
藤枝はくすりと笑って、テーブルの上にレモンを並べる。
「国産だと皮ごと使えるからね。カクテル用に蜂蜜漬けや砂糖漬けにしようと思って」
「いい匂い…」
宮津はそっと手を伸ばして、レモンを一つ手に取る。
「レモンの香りって好きだな。何となく…懐かしいような気がする」
「柑橘の香りって、何だか胸の奥にわだかまっていたものがすうっと溶けるような気がするよね」
藤枝は優しく言って、宮津の頬に軽くキスをした。
「…あの時は言わなかったんだけど、英成学院の敷地内には、夏みかんの木があるんだよ」
「夏みかん?」
「ものすごく酸っぱいから、そのままでは食べられないんだけどね。でも、毎年挑戦する奴がいて、夏みかんが実る頃には、寮のキッチンのそばを通りかかると柑橘の香りがした」
藤枝もレモンを手に取って、ふわりと微笑む。
「一条に頼めば、送ってもらえると思うよ。今年はもう終わってしまったかもしれないけど、来年は送ってもらおうか。コンフィチュールかピールにするといいと思うよ」
「うん…」
宮津はこくりと頷いた。
「柑橘の香りって、脩一さんの…青春の香りなんだね」
「そんなにいいもんじゃないよ」
藤枝はくすぐったそうに笑う。
「さてと、レモンの始末をしてしまおう。晶も手伝って」

最後に一つだけ残ったレモン。
藤枝は目の細かいおろし金を取り出すと、ぐるりと皮の部分をすり下ろしていく。弾ける強い香り。広いキッチンに満ちる爽やかなレモンの香り。
「あれ? 何を作るの?」
「晶、バターをボウルに入れて、クリーム状にしておいて」
「あ、うん…」
この家で一緒に暮らすようになって、宮津も少しだけお菓子作りなどを手伝うようになった。藤枝の求めるところはすぐにわかった。冷蔵庫から無塩バターを取り出すと、量を確認してから、少しだけレンジにかけてバターを柔らかくし、ボウルに入れて、クリーム状になるまでゴムべらで混ぜていく。
「そこにグラニュー糖を入れて…」
ああ、ケーキを焼くんだなと思った。
"でも、レモンの皮?"

レモンの皮をすり下ろしたもの…レモンゼストとレモン果汁をたっぷりと混ぜ込んだパウンドケーキは、やはりレモン果汁でパウダーシュガーを溶いた白いグラスアローでお化粧して、とても美味しそうに出来上がった。
「さてと…あとはこのグラスアローが固まったらできあがり」
パウンドケーキはどうしても上の部分が膨らんで盛り上がってしまう。そこを平らに切り落として成形し、グラスアローをかける。切り取った部分を何となく名残惜しく眺めているのがわかったのだろう。藤枝はくすりと笑うと、切り落としたケーキをひょいと摘まんで、宮津の口に放り込んでくれる。
「…美味しい…」
レモンの爽やかな酸味と香りが広がる。
「すごく…美味しい…」
「本体はもっと美味しいよ」
藤枝はいたずらっぽく笑うと、自分もケーキの切れ端を一口食べる。
「…晶が手伝ってくれたから、なおさら美味しいね」
「……」
藤枝はよくこういうことをさらっと言う。海外生活が長かったせいなのか、恋人を褒めたり、のろけたりということに対して、まったく抵抗がないらしい。
「晶」
きゅっと抱きしめてくれる藤枝からは、微かなレモンの香り。頬を撫でてくれる指先からも、微かに香る爽やかなレモン。
「このケーキ、なんていうケーキか知ってる?」
「え?」
レモンの…ケーキじゃないの?
「このケーキはね、ウィークエンドシトロンっていうんだよ」
「ウィークエンドシトロン…?」
「そう。フランスの焼き菓子でね、平日に作って、週末に食べるケーキなんだよ。週末に大切な人とね」
大切な人と…大切な時間を楽しむためのケーキ。
しっとりとしたバターケーキに、どこか懐かしい爽やかな香りを添えて。
きっと…週末は晴れるね。
美味しい紅茶をいれて、ゆっくりと時間を過ごそう。
大切な…大切な君と。