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LiveRevolt Re:venge 第一話『魂の唄』

※これは現在開発中のプロトタイプです。製品版とは異なる可能性があります。

暗闇に深々と積もる雪──
灯籠の光が怪しく揺らめき純白に彩られた神の社の境内は、自らを絶った女性の真紅に染まっていた。
それは輝きとても美しく、それは──
それを見た幼い少女の目にはとても残酷だった。

21XX年1月8日、北海道、平取町。
あらゆる物を氷漬けにしてしまいそうな、刺すような気温の朝。
しかし、私、燈色(ひいろ)まいかには、生まれてから15年と繰り返されてきた朝なのだ。
慣れた手つきで布団から飛び起き朝支度の態勢に入る。
とはいっても冬休み。
私は中学3年生だが、学校がなければ何もやることはない、はず。

「昨日はわや降ってたしなぁ……」
「おとーさーん!」

私は、飛び起きた古ぼけた和室から父を呼ぶ。
ただ、その声は板の間に反響して返ってくることはなかった。

「まーた朝から爺様たちとお酒か……」
「まぁ、どうせ居ても雪かきは巫女の役目、とか言われんべ……」

慣れた手つきでパジャマを脱ぎ捨てると、中身が朱と白のみに染まった箪笥の1段から、巫女服を取り出す。
そしてその下の段からは真っ黒なヒートインナーを取り出した。
これがないと冬の北海道では命取りだ。
それらの服に袖を通すと玄関からソリのような大きなショベルを掴まえ、家の外へと飛び出した。

私の家は代々神社を守ってきた家系で、私は神主であるお父さんのお手伝いで中学生になってからは、この神社で巫女をしているのだ。

「と言っても、初詣も一段落して、参拝客は町の爺様婆様ばかり、メインの仕事は冬の雪かきだけ……」
「数少ない友達も、春には高校進学で東京や札幌の高校に行く子も多いし……」
「私も都会の学校で沢山友達作りたかったなぁ」

私は、返事をしない狛犬に向かってブツブツ文句を言いながら淡々と雪かきを進める。
決して東京の学校に行くことをお父さんに止められているわけではないけど、数年前にお母さんが亡くなって、一人になった父を置いて、私だけ東京の学校をエンジョイする気にもなれないだけ。
別の理由もあるけど。

「毎度さま、まいかちゃん」
「日高のお婆ちゃん、どうしました?」

雪かきも中盤戦に差し掛かった頃、町のお婆ちゃんが参拝に来る、これもいつものルーティンだ。
しかし、この雪山の中、車でも一苦労する道を神社まで通うものだ。

「正月に孫と遊びすぎて腰を痛めちまったんべさ【神楽】、お願いできんべ?」
「えぇ、お婆ちゃんまた【神楽】ですか……」
「ええ医者かかるより【神楽】のがなまら良うなるべよ」
「……わかりましたよぅ……本殿の方にどうぞ……」

私が巫女になってから、この神社の巫女に新たな仕事が課せられるようになった。
それが【神楽】だ。
案内したお婆ちゃんは本殿に入ると、御神体に背を向けて座った。
私も後を追って本殿に入る。
私はお婆ちゃんの腰のあたりの洋服を捲ると、手を当てた。

「お婆ちゃん、このあたり?」
「そうそう」
「はぁ……なして私がこんな事」
「そう言わんと、町の爺も婆も皆【神楽】のお陰で助かっとるべさ」
「そうじゃなくて、ちゃんとお医者さん行ってよねっての!」

私は言い捨てると私は【神楽】の準備に入った
本殿の奥から取り出してきたのは抱えるほどの大きなスピーカー。
そして、一緒に取り出したハンドマイクと自分のスマートフォンをスピーカーに接続した。

「したっけ、今日は……」
「今日は演歌はなし!たまには私が歌いたいもの歌わせてよ!」
「若い子の歌はどうも煩くて」
「いいの!文句言わない!」
「むぅ……」

あぁ、面倒くさい。
私だって自分の好きな音楽があるんだ。

◇ ◇ ◇

【神楽】とは元々は神様を祀る為に巫女が行う儀式のことだけど、この燈色神社、特に私、燈色まいかにおける【神楽】は違う儀式を指していた。

キッカケはある日、神社の例大祭で私が本当の意味での神楽をすることになった日のこと。
最前列に居た町長さんはそのお祭りの1週間前の準備中に右腕を骨折してしまっていて、なんとも痛ましい格好で私の演舞を見ていたのだ。
私は元々、怪我とか傷とかを見ると『自分も怪我をしている』ような気分になってしまって、ゾクッと意識してしまうのだけど……
その時もその包帯の巻かれた右腕に、痛そうだなぁ……と注意を惹かれたまま、神楽の歌と踊りを披露した。

すると、翌日全治3ヶ月予定だった町長さんの右腕はほぼ完治に近い状態で治ってしまっていたのだった。

この事件の後、町の人達が燈色神社の神楽は怪我の特効薬!とか騒ぎ始めて……
色々と試させられた結果、私が怪我や傷口、病気を意識しながら歌を歌うと、その患部の回復が通常ではありえない程早くなっている、という結論に大人たちの中ではなったらしい。
自分の体の再生能力で最終的に治癒できないもの(壊死してたり、足りない栄養を生み出したり)は不可能、私が歌えばジャンルは問わず歌なら何でもいい──らしい。

以来、町の人達は燈色神社を訪れては私に怪我や傷、病気などを【神楽】で治せとお願いしてくるようになった。
怪我や傷口を見るのが苦手な私からしたら拷問に等しい。
腰痛や肩こり、風邪とか、患部が痛々しくないものならいいけど、【神楽】を始めた最初の頃、町の大工さんの手にノミが突き刺さって噴血しているのを見たときなんか、私は青ざめて気絶してしまった程だ。
以来、血が出ているような怪我は【神楽禁止】とさせてもらっている。

◇ ◇ ◇

「──はい、お婆ちゃん、終わったよ」
「ありがとね、まいかちゃん」
「んで、歌ってたんは何のお歌だべ?」
「ロック!FIREVOLTって古いバンドなんだけど、最近、私の中で流行ってるんだ~♪」

私はスマートフォンに表示された再生画面をお婆ちゃんに見せつける。

「ろっくぅ?あんのギター持ってやかましやつべさ」
「やかましくないし!」
「でも、いいなぁ──」
「ギターとボーカル鳴り響くライブハウス!沢山のお客さんがぎゅうぎゅうになりながらも押し寄せる熱気!そんな場所で私も歌ってみたい!」

昔から音楽は好きだった。
小さい頃、お母さんが沢山歌を私に聞かせてくれた。
お父さんも、私もお母さんの歌が大好きで、私はそんなお母さんみたいに素敵な歌が歌えるようになりたいと思いながら過ごしてた。
だから、いつかは大きなステージで沢山の歌を歌って沢山の人に聞いてもらいたい。
私はそんな気持ちを振り切るように、おもむろに神楽の道具を片付け始めた。

「まいかちゃんが都会に行っちまったら爺婆も困るべよ」
「はいはい、どうせ神社がある以上、そんな所行けないし行けませんよ~」

事実そうだ。
神社があり、頼ってくれる人たちや、お父さんもいる。

「それに、私はもう一つ歌う目標があるからね」
「ほう、そうなんかい」
「私は歌で沢山の人を笑顔にしたいんだ── だから、この町で私の神楽で、お爺ちゃんやお婆ちゃん達が元気になってくれるのは私も嬉しいんだよ」

私がそう言うと、お婆ちゃんは少しニッコリ笑った。

「まぁ、そうは言っても、爺さんも、婆さんも生き先は長くねえんだ、婆ちゃんはまいかちゃんがどっか行っちまったら寂しいけど……、まいかちゃんが都会で沢山の人を笑顔にしてんのも見てぇべ」
「……はいはい!お婆ちゃんのお気遣いもありがとうね!」
「でもどこにも行かないから!ほら、腰の調子はどう?」
「あぁ!全く痛くないべ、流石まいかちゃんだねぇ」

話が長くなりそうなので早々にお婆ちゃんを追い返し、再び雪かきの作業へと戻るのだった。

◇ ◇ ◇

少し時間が立ち、冬の北海道はあっという間に真っ暗だ。
まだ夕方の16時だと言うのにもうすでに辺りは真っ暗で、感光センサーが作動して灯籠の光が次々と灯り始める。
こうなってくるといよいよ誰も来ない。
気温もグッと下がり、巫女服の下に着込んだヒートインナーを貫通してしばれる夜の冷気が体を突き刺してくるので、私は9割ほど終えた雪かきを放置し、本殿でオイルヒーターの前にうずくまっていた。
ただ、神社に居ても仕方ないので、家に戻り晩御飯の支度でもしようかと思ったときだった。

「ここが燈色神社で合ってるのかな……」

オイルヒーターに縛り付けられていた私は全く気づかなかったが、賽銭箱の前に一人の女性が立っていた。
参拝客だろうか、でも、この時間にこんな神社に? 初詣?
町の人であれば私が一目見れば気づくはずだが、全く見た覚えが……
いや、でもどこかで見た気もする。
でもこの町の人ではない。
急いで私は本殿から駆け下りる。

「あの、なにか御用でしょうか……」

その女性は30歳ぐらいだろうか、雪の白さにも負けない綺麗な銀髪、スラッと伸びたスレンダーな体系は美しさを体現したような感じを覚えた。
何よりも、この極寒なのにスーツ一枚。
多少は寒さに慣れている私でもこの寒さで外に数分でも居続けるのは嫌だと言うのに、寒そうな素振りすら見せない。
しかし、どこかで見た気がする。
どこだろう。

「あぁ、君、この神社の娘さん?」
「あ、あぁ!はい!そうですけど、あの……御朱印とかお守りとかですか……?」

初詣やお祭りで多少町外の人が来ることはあるが、あっても観光客か、札幌とかの人だ。
いや、わや寒いしとっとと帰しちゃおう。

「あぁ、寒いよねすまない」
「ちょっとあったかくしようか」

そう言うとその女性はポケットから飴玉を取り出して口に含んだ。
飴じゃ暖かくはならないだろ。
飴玉を口に放り込んだ女性は歌を口ずさみ始めた。
何を考えているんだこの人……と思い私が本殿へ戻ろうとしたとき──

体が温かさを感じた。
むしろ暑いぐらいの温かさだ。
これだけ雪が降り積もり、日も落ちているというのに。

「あれ……」
「どうかな、これで多少は暖かくなっただろう?」
「燈色まいかさん」

私の名前を知っている、ということはお父さんの知り合いだろうか。
でも、お父さんの知り合いにこんな女に人が居ただろうか。
帰ってきたら問い詰めてやらなきゃ。

「あの、お父さんの知り合いでしょうか……」
「でしたらちょっと今日は多分飲みに出てて戻らないかもしれないんですけど……」
「あぁ、いやいや、君に用があって来たんだよ」
「私に?」
「そう、私はこういうもんなんだけど」

そう言って女性は名刺を渡してきた。
そこに、書かれた名前はあまりにも私には覚えのある名前だった。
白石まどか。
私が最近ハマっているロックバンドFIREVOLTのボーカルでリーダーの。
そうだ、あまりに見覚えもあるはずだ。
毎日曲のジャケットで見ている。
しかし、嬉しさや感動というよりも驚きすぎて、何も顔にでなかった。
まさに唖然とした表情でその場で立ち尽くすことしかできない。

「あ……えっと……」
「あれ、知らなかったか……私ももう少し頑張らなきゃかなぁ」

まどかさんはそう言うと頬を少し掻いた。

「い、いえ!なまら……あっ、すごく好きです!FIREVOLTめっちゃファンです!」
「で、でもその、まどかさんが何でこんな田舎の神社に……」
「そうだな、どう説明するのがいいかな」

そう言いながら、まどかさんはスマートフォンを弄ると、音楽を流し始めた。
初めて聞いた曲だったが、ボーカルにはすごく聞き馴染みがあった。

「これ、お母さんの歌……」
「そう、これは君のお母さん、──だね」
「え、今なんて」
「──だろ」

唐突に、私の知らない名前が出てきた。
──なんて。
あれ、今なんて言ったんだ。
私のお母さんの名前は燈色ましろ。
──、──。
──なんて名前じゃない。

「ひ、人違いじゃないですか?」
「いや、君の母親は──だ」

まどかさんは自信有りげに、且つ冷静に、私のその言葉を否定した。
でも、そんな事ありえない。
私が大好きなお母さんだ、間違うはずはない。
だって私は、お母さんの歌が好きだったから今でもこうして神楽を続けられている。

お母さんは私が小さい頃、この神社で自ら命を絶った。
小さな私には理由とか、そんなものはわからなかったけど、私はお母さんが大好きだった。
今でも片時もお母さんを忘れたことはない。
きっと、まどかさんは誰か別の人と勘違いしているんだろう。

「やっぱり人違いだと思います、私のお母さんは燈色ま──」
「君は──」

私が再び訂正をしようとした時まどかさんは割り込むように言った。

「君は、住民票を見たことはあるかい?」
「住民票ですか……?いえ、今時国民IDがありますし……」
「じゃあ、これ、読んでみてもらえるかな」

そう言ってまどかさんは1枚の紙を私に差し出した。
よくあるお役所でもらえる住民票だ。
私みたいな中学生には特に用のない。
しかし、そこには。
私の母親の欄には──。

「私に何が言いたいんですか、いくらまどかさんでも、私怒りますよ!こんな書類、偽物を作ろうと思えばいくらでも、それに──」
「それに、君の母親は8年前自殺している」
「──っ!?」

そんなこと、調べようと思えばいくらでも調べられる。
一体この人は何が言いたいんだ。
私は、あのすごく悲しい日を忘れないように、でも前向きに今まで生きてきたんだ。
それを馬鹿にするようなことを。

「私だって彼女の死を虐げるつもりはない、むしろ片時も忘れたときはない。」
「なんで、まどかさんが私のお母さんのことを」
「当たり前だろ? 過去にも未来にも、私の大親友はあいつ唯一人だ」
「だから君にも協力してほしい、探さなくてはならないんだ、彼女と、彼女を殺した真犯人を」

殺した……?
だって私のお母さんは自殺で──

「まだ信じられないって顔をしているね、なら彼女の歌をもう一度聞いてほしい、君のお母さんの歌をね」

そういうと、ポケットからスマートフォンとは違う黒い端末を取り出し、音楽をかけ始めた。
また知らない曲だったが、歌声は間違いなく私のお母さんのものだった。

そして、その歌声を聞いた時。
私は天地がひっくり返るような衝撃を頭に受けた気がした。
頭の奥がスーッと冷え込む感覚がして、歌が全身を突き抜けた。
それはまさに、固く閉ざされた私の心の鍵を一気に解き放つような。
そうだ、お母さんがよく言っていた──

「歌は──」
「「魂に刻み込む為に」」

涙が止まらない。
悲しいのか、嬉しいのか、悔しいのかわからない。
でも歌が、私の魂に刻み込まれて、感情が溢れて、涙が、止まらないんだ。

まどかさんは黒い端末を私へ向けた。
そこには私の記憶にはない、でも確かに覚えている女性が、ステージで歌っている姿が写っていた。

思い出した。
私のお母さんの名前は──

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