『急に具合が悪くなる』〜著者二人が物語を駆け抜けた書
9月下旬に哲学者・宮野真生子さんとの20通の往復書簡、『急に具合が悪くなる』が晶文社より出版されます。
著者が言うのも何ですが、これはずいぶんと風変わりな本です。
とりあえず私は、このような本を今まで読んだことがありません。
なぜならこれは著者二人が物語を駆け抜ける書だからです。
ノンフィクションは、過去にあったことをもう一度再構成する形で描かれます。作品の中では、現在から未来に時間が流れるように見えますが、実際は、書き手が結末をある程度決め、その結末にうまく向かうように書き手が過去の断片を繋げます。その意味で、時間の流れは、著者により作り直されています。
他方、宮野さんと私の往復書簡であるこの書に、そのような作り直しはありません。私たち二人は、物語の結末がいつ来るのか、どう終わるかもわからず、互いの間で生まれる言葉を手がかりにし、それに乗り込みながら先に進み、そして走りました。その意味で、『急に具合が悪くなる』は、通常のノンフィクションの域から外れます。
また、この本を異質にする理由がもう一つあります。
それは、宮野さんの具合がやり取りの最中に本当に悪くなっていくことです。しかもそれは、ちょっと悪くなるといったレベルではなく、ほんとうに、加速度的に悪くなります。
彼女の具合が悪くなるたび、私たちは戸惑い、自分と向き合い、そして互いに出会い直します。私たちは、その出会い直しのあいだで生まれる言葉に勇気をもらい、死がいくら目前に見えたとしても、それに抗って生き抜けるという覚悟を決めながら、未来に進みました。
他方、これはお友達同士の単なる手紙のやり取りでもありません。
このやり取りの中で私たちは、病い、死、生、そして出会いから生まれる「始まり」について、研究者としてのそれぞれ20年のキャリアをかけ、全力でぶつかり合いました。その意味でこの書は、哲学者と人類学者が微塵の手加減もなくボールを投げ合う、学際的な書としての側面も持ちます。
いま私たちはリスク管理の社会に生きています。
中高年どころか、子どもの頃から将来の病気のリスクを見据えるように言われ、それが立派な人としての生き方であるかのように啓蒙されます。でもいくらリスク管理を徹底しても、私たちの生はそこからずれてしまいます。そのくらい私たちの生は不確実なものであり、それでも私たちはその中を生きて行かないといけません。
書簡の前半は、リスク管理を賞賛する現代社会についての私たちの問題意識が、哲学と人類学の観点から語られます。そして後半は「生きる」ことがテーマとなり、病む人と元気な人との関係性の作り方、多様な社会のあり方、そして宮野哲学の本丸である、出逢いと偶然の中で生きることの意味が語られます。
後半に向けて凄みを増す、哲学者としての人生を賭けた宮野さんの筆致。
問いを投げかける役割の磯野が、それをどう引き受け、どう返すのか。
いま病いにある人、病いにある人と共に歩いている人、そして、その中で戸惑いを感じている人。見知らぬ他者と出会い、その他者と共に人生を歩むにはどうしたらいいかと迷っている人。
そんな人たちに、互いの人生と研究歴を賭けた私たちの全力投球が届くことを祈っています。
ここでは今後1週間にいっぺんのペースで、この本の紹介をしてゆく予定です。今後の予定はこちら。
・哲学者・宮野真生子の大勝負(9月5日)
・編集者・江坂祐輔という勇気(9月12日)
・”逆張りの問い”と信頼(9月20日)
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