ツナ缶

 「コンビーフとツナ、どっちにする?」
「ツナ。」
三年間一緒に暮らした部屋で最後の共有財産の分配。受け取った缶詰1個をそのままコートのポケットに突っ込んだ。
「じゃあね。」
「元気でね。」
対等だった。尊重されていた。楽しかった。けれど、つけ込みあうところも多少は無いと関係は深まらないのかもしれない。生活を一新したくなったと告げるとそれも尊重してくれた。

 電車が来るまで5分ほどあったので、ホームの陽当りのいいベンチに座った。ポケットのツナ缶を思い出して取り出し、取り落した。転がる缶詰は止まれという念を振り切って線路にダイブし、視界から消え去った。コンビーフを選ばなかったことを後悔した。
 「見つかったら連絡を差し上げますので、連絡先をお願いします。」
駅員さんはホームから線路を確認して言った。入線に支障はないみたいだ。連絡は不要であり処分してもらうよう頼んで、入ってきた電車に乗った。

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