三階建て

 老いた住宅は薄れゆく記憶を行ったり来たりしている。あの子が三階建てに住みたいと言い出したのはたしか中学に上がった時だった。住宅が建っているのは傾斜地を造成した「ニュータウン」だ。ニュータウンの子供はニュータウンの小学校に通っていたが、中学校は学区が広がりニュータウン以外の子供も一緒になった。遊びに行った新しい友達の家が三階建てだったのだ。 三人家族に三階建ては必要ないよと言う父親に、おじいちゃんとおばあちゃんも一緒に住めばいいとあの子はごねた。この家のローンがあるよと父親は笑ってため息をついた。

 あの子は大人になりここを出て戻ってこなかった。ローンを払い終えた親たちもいつしかいなくなった。同様に遺棄された家が周りにいくつもある。
 老いた住宅は見たことのない三階建てを思う。しっかりした地盤が必要な頑強な建物。そこには三世代が住むという。
 夢の中で造成地の果てにある住宅崖を登っている。登りきれば三階建てになれるのだ。

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